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流れ時…5プラント・ガーデン・メモリー17

 「……。」


 「あの呆然と立ち尽くす間にもう一つ、記憶が抜けているわ~。よく見ると記憶を張りつけたようにくっつけているのがわかるの~。」


 アヤにはわからない。ヒエンにもわかっていない。

これも木の記憶から読み取ったのか。


 「中に入り込みましょう~。」


 草姫がそう言った途端、透明な壁が裂け、埋め立てられた泉の上にうっすらとキツネと天記神が現れた。


 「天記神と……キツネ?ここもはしょったのね……?」

 「大事なところをはしょる歴史書ってなんなのかしらね~……。」


 草姫がふうとため息をつく。先程からどうやって中の歴史を持って来ているのかはアヤ達にはわからなかった。


 「一体何をしているのでしょうか……。」


 ヒエンはキツネと天記神を素早く観察した。キツネはおそらくミノさんだろう。


そしてその横にいる天記神には女性的な面影はない。キリッとしたオレンジの瞳が花姫をじっと見据えていた。


 「俺に頼るとは殊勝な心がけだな。」

 天記神が低い声で花姫に言葉を発した。


 「……あなたの言った通りにキツネを一匹連れてきたわ。それに無理に男ぶらなくてもいいわよ。私にはわかっているんだから。」


 「花姫ちゃん……俺はやっぱり女になりきる事も男になりきる事もできないらしい……。」


 「大丈夫でしょ。あなたはちゃんと女になって私も誰の手も借りずにこの状況を変えられる。術を使えば……でしょ?」


 花姫は切羽つまった様子でもなく天記神を見上げる。


 「このキツネはメスで老いているか?」

 「ええ。もう歩くこともギリギリのメスよ。」


 「大丈夫。人間だとすぐに高天原に気がつかれてしまうからできないが天寿を全うしようとしているキツネならばできるかもしれない。じゃあ、やるよ。」


 キツネはミノさんではなかったのか。アヤ達は険しい顔で天記神と花姫を眺めた。


 男と女が揺れ動いている天記神は今現在天秤状態だ。男にもなり女にもなる。


 「何をする気なの?」

 そんな不安定な天記神を見上げながら花姫は質問をした。


 「このキツネを生まれる前に戻し、オスとしてもう一度やり直してもらう。


 そしてそのメスの生を俺がいただく。

 そして新しく生まれたオスのキツネはお前の手足となり動くだろう。


 俺の生をこのキツネに渡すからかなり知性を持ったキツネに出来上がるだろう。」


 天記神は花姫を鋭い瞳で一瞥する。


 「どうやるか知らないけど……じゃあ、あなたはどうなるの?メスのキツネにでもなるわけ?」


 「それは違うな。生だと言っただろう?心ではない。

 

 キツネはキツネでオスとしての本能を持って生まれ、俺は俺で女の精神、心を持って生まれ変わる。


 キツネは一度生きた時間を戻されるが俺はそのままだ。それにメスの生を持つという事は人間や神だと精神が女になる。

 

 つまり俺は女に変わるだけで対して変わらない。」


 「難しいわね。まあ、つまりは……精神は人間でいう心の事。

 

 生は本能に近い部分ね。キツネは本能に近い部分で動いているけど人間や神は精神が働くってわけね。

 

 だからキツネはオスとして、あなたは女として生まれるって事か。

 で、どうやるの?」


 「このキツネを本にしてしまい、このキツネの歴史を焼く。

 

 俺は本を読んだ者の精神を糧とする神、キツネの魂くらいなら簡単に取り出せる。花姫ちゃん、このキツネの記憶を持っている木はあったか?」


 天記神はただぼうっと座っているキツネを眺めながら聞いた。


 「ええ。苦労したけど縄張りがあって同じところにずっといたみたいでこのキツネが生まれた時からを覚えている木はあったわ。」


 「その木の元へ案内してくれ。」

 「……ええ。」


 花姫と天記神は歩き出した。

 キツネはおいてけぼりだ。

 

 もう動く気力もないのかその場からまったく動かない。


 「……追った方がいいかしら?」

 アヤが草姫に問いかけた。


 「いいえ~。大丈夫~。行かなくてもここら辺を何歩か歩けば自然に話は先に進むわ~。木を取りに行っただけでしょ~?大した話じゃないわ~。」


 「そういうものですか……。」


 とりあえず、三人は付近を歩いてみる事にした。

 この歴史は天記神が隠した歴史。見るにはけっこう労力がいた。

 

 歩きながら歴史の綻びを見つけ入り込む。

 

 普通に見ているだけでは決してわからない歴史だ。

 無理やり入り込んでみていると天記神と花姫が一冊の本を手に走ってきた。


 本をどうやって作ったのかはわからないが草姫が見たがらなかった所からするとその木を消したか切ったか何かしたのだろう。


 「や~っぱり戻ってきたわ~。ここで術を使うみたいね~。」

 草姫の言葉にアヤは眉をひそめた。


 「あなたはなんでここに彼らが戻ってくる事がわかったの?」


 「それはね~、これの後の歴史書に入った時に、埋め立てられた泉からへ~んな神力がしてたのよねぇ~。

 

 怪しいとは思ってたけど~、あの時はタケル様を探す事で頭いっぱいだったから~。」


 草姫は指で髪の毛をクルクルと動かしていた。


 「そうですね。それは私も感じていました。だから祭事をやるところだと思ったんです。」


 草姫の言葉に頷いたヒエンはアヤに目を向ける。


 「そうだったのね……。私には何も感じなかったわ。」

 アヤが頷いた時、キツネの元に天記神と花姫が戻ってきた。


 するとすぐに天記神の持っていた本が勢いよく燃え始めた。

 

 天記神は無造作にその本を地面に捨てた。轟々と燃えている間、キツネがどんどん薄れていく。

 

 そのキツネの歴史が焼かれ、なかった事にされていく。

 だがキツネは動かなかった。

 今、何が行われているのかおそらくわかっていないのだろう。


そしてその埋め立てられた泉全体に五芒星の大きな陣が出来上がった。

 キツネはやがて完全に消えてしまった。


 天記神は瞳を閉じて手を前にかざす。すぐに本は跡形もなくなった。

 その後、天記神はそっと目を開ける。


 「なるほどね。よくわかったわ。花姫ちゃん。これが……あなた達が感じている女の子の感情……。素敵じゃない。」


 天記神は人が変わったようにホホホと笑った。


 「お、女になったの?なんか物腰が全然違うわね……。」


 花姫は陣が消えてから恐る恐る天記神に近づいて行った。天記神はもう女性そのものだった。だが身体は男のままである。


 「おかげさまで。これで術は完了したわ。

 あのキツネは今、オスとして生まれ変わった。


 あのキツネの母親は死んでいるから別の母親になっちゃったけど問題ないと思うわ。

 

 これであのキツネを使ってあなたは自分一人でこの絶体絶命の状態を改善する。これがあなたの望みでしょ。


 他の神に頼らずに一人で状況をすべてもとに戻したい。


 キツネがうろうろしているくらいなら神も人間も絶対に気がつかない。

 これからはあなた次第よ。」


 「わかったわ。ありがとう。天記神。あのキツネには初めてあったかのように接した方がいいのよね?」


 「それはそうよ。

 

 もう一度生をやり直しているんだから。……禁忌なんだから絶対に見つかっちゃダメよ。あくまであなたはキツネを手伝うの。

 

 泉を戻したいと思っているキツネの手助けをするのよ。わかったわね。」


 「……わかったわ。ありがとう。」


 天記神と花姫はクスクスと笑い合った。その笑い声のさ中……


 ……ブツンッ!


 と隠れていた記憶が唐突に閉められた。先程、呆然と立っていた花姫と今の花姫が重なる。


 「なるほどね~……こんな記憶を隠していたなんて……。大変な犯罪よ~。

 

 まだ存在しなければならない木を殺し、キツネの魂を弄び、歴史を変換させた……とんでもないわね~。」

 

 怒りが爆発しそうな草姫の横でアヤは動揺していた。


 ……ミノは……偶然ではなくて必然で作られてしまった神様って事なの……?

 天記神と花姫のためにいいように使われたってだけなの……?


 自分には関係のない事なのに何故か怒りが込み上げてきた。


 「とりあえずキツネさんの謎とかは解けました。皆さん、冷静に先へ進みましょう……。」


 アヤと草姫の顔が険しくなっているのを見たヒエンは二人をなだめた。


 「……ええそうね~……タケル様云々の話じゃなくなってきたわ~。まったくトリカブトよ!あ、花言葉は怒り……ね~。」


 草姫は大きく深呼吸して怒りを静めた。

 アヤも相当頭に血が上ったらしく無言で花姫を睨みつけていた。


 アヤは本当に怒りが爆発すると何も話さなくなる。


 「あ、アヤさん……行きましょう……。イライラする気持ちわかります……。」

 「え?あ……ええ。そうね。」


 アヤはヒエンに背中を撫でられ我に返った。

 少し気分の落ち着いたアヤはヒエンに連れられてゆっくりと歩き出した。


 自然の香りをかぐと心が安らぐというがヒエンもさすが木種の神で話しかけられただけで心が和んだ。


 三人は無言で歩いた。


 泉の反対側に近づくにつれて埋め立てられている面積は広くなっていった。


 しばらく歩くとキツネが現れはじめた。

 おそらくミノさんであろうそのキツネは作業している人間を必死に妨害している。

 

 それを眺めていた幼い男の子がダッとキツネに向かって走り出した。

 遠くで女が名前を呼びながら男の子を追いかける。


 「あの女の人……。」

 アヤとヒエンには見覚えがあった。


 「前の歴史書で……『キツネがざまあみろって言っている』って言ってた人じゃないですか?」


 ヒエンとアヤは顔を見合わせた。

 

 目の下にクマがある、あの痩せていた女だ。

 この時はクマもなく痩せてもいなかったが顔を見たらすぐにわかった。


 作業している人間をすり抜け男の子はキツネの前に立つと大きな声で怒鳴った。


 「みてよ!キツネさんもこの泉を埋めちゃうことに反対しているんだ!


 やめてって言っているんだ!ここの神様も怒っているよ!この泉には神様がいるんだって……」


 男の子はそこまで言ったところで後から追って来た女に頭を下げさせられていた。


 女はおそらく母親だ。男の子は必死に抗おうとしているが女が許さなかった。作業をしている人達が一斉に女と男の子を睨みつける。


 「申し訳ありません……。子供の戯言です……。許してやってください!」

 「下民が我らの意向に反すると申すか。」

 作業を指揮していたと思われる男性が女に鋭い声をあげた。


 「滅相もございません……。」


 男の子の口を塞ぎながら女は必死に頭を下げている。

 作業をしている内の何人かは刀を差していた。


 逆らうと打ち首になる恐れがあると村人達は恐れているらしい。

 その内、作業をしている人間達も男の前で土下座をした。

 

 ここで働いている人間のほとんどがこの村の人間、もしくは別の村の人間らしい。村の壊滅を恐れた者達が男に頭を下げている。


 「どうか許してやってください……。幼子です。

 

 なんだかわからず発言したのでしょう……。わたしらが代わりにお詫び申し上げます……。申し訳ございません……。」


 その中ひときわ歳をとった男が震える声で男の前へと現れ、頭を垂れた。


 「……おぬしが村長か。」

 男はそう言うと突然刀を抜き、村長だと思われる男性の首をはねた。


 「ひっ……」


 土下座をしている村民、そして男の子は身体を震わせながら目の前で絶命した男を見ていた。男の子の瞳孔は開き、恐怖と悲しみが混ざり合う。


 逆らったらこうなる……男の子はすぐに感じ取ったようだ。


 「坊主、お前もこうなりたいか?」

 「あ……ああ……。」


 男の子は涙を浮かべながら首を横に振った。怯えた目で男を見ていた。

 

 男は目をそっと閉じ、血のついた刀を布でぬぐうと鞘に戻した。


 「見せしめだ。……さっさと作業をはじめる事だな。」


 男の言葉で震えあがっている村民が徐々に動きはじめた。

 

 大人達は逆らうとこうなる事がわかっていた。

 本当は皆、泉を埋め立てる事に反対していたのだ。


 この村人達はこの泉には神様が宿っていると信じていた。


 そしてこのキツネがたびたび邪魔をしてくる事でやはりこの泉には神がいたのだと村人達は確信した。

 

 だが村人達は逆らう事ができなかった。作業を指揮している男もそんな神に恐怖しながら仕事をしていた。


 彼もまた、自分よりも上の人間に逆らえなかった。


 「俺にも家族がいるんだ……。妻と子供を人質にとられているんだ……。

 

 あの坊主と同じくらいの子だ……。泉を埋め立てられたくなかったら……俺の家族を助けてくれ……。」


 指揮をしていた男は誰にも聞こえない声でぼそりとそうつぶやいた。

 アヤは震えていた。目の前で首を飛ばされた男が無残に転がっているからだ。


 「アヤさん……見ない方がいいです。」

 ヒエンに背中をさすられていても胸の動悸がおさまる事はなかった。


 「吐きそう……。もうダメ……いや……。」

 アヤの足がガクンと落ちかけたのを見て草姫がアヤを引っ張った。

 

 そのままアヤを連れて歩き出す。ヒエンも続いた。


 歩いている内に風景が変わってきた。もう泉の反対側に来ており、泉はほぼ埋め立てられていた。

 

 先程までアヤ達がいた岸部に今度は沢山の人間が集まっている。


 「……この村の人間はなぜ私がこの泉に住んでいると知っているのに作業を止めないのだろう。」

 アヤ達の前にまた花姫が現れる。


 そのさらに横にミノさんと思われるキツネが立っていた。

 

 「あなたはよく頑張ってくれた。私がここに住んでいるという事を村の人間にも外の人間にも知ってもらう事ができた。……だが泉の埋め立ては止まらなかった。……なぜなのだろう。」


 花姫はキツネに目を向ける。キツネは作業している人間を眺めているだけで何も言わなかった。


 花姫はキツネに何かしらの指示を出すとすっと消えて行った。


 「あの子は……人間の事がよくわかっていなかったのね~。冷林に頼っていればよかったのよ~。」

 草姫は困惑した顔で歩き出した。


 「どこへ行くの?」


 草姫の背中越しにアヤは声をかけた。歴史が動いたせいかアヤは少し落ち着きを取り戻していた。


まだあの男性の映像が頭に残るがあまり思い出さないようにした。


 「村よ~。歴史の綻びがまだあるかもしれないじゃない~。」

 「兄はどこにいるのでしょう?」

 「……さあね~。まあ、とりあえず色々動いてみるしかないわ~。」


 ヒエンとアヤを引っ張り草姫は村へと足を向けた。


 短い林をぬけて草が覆い茂る道を歩いて行くとあの歴史書とはまったく違う村が現れた。


 まだ日照りの被害を受けていないのか村は作物であふれ、沢山の村人が畑仕事に精を出していた。


 村長と思われる男性はもういないが村はそこそこ統率がとれているようだ。


 幼い子供達が村中を駆けまわり少し大きくなった子供は笑いながら畑仕事を手伝っている。


 「あ、おキツネさんだ。一緒に頑張ってくれたおキツネさんだ。」

 騒いでいる子供の内の一人が声を上げた。他の子供達も騒ぎ出した。


 子供達の前にミノさんと思われるキツネがしっぽをゆらゆらと揺らしながら座っていた。


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