第十一話・4
「……もっと食べて」
先輩に促されて、俺はしばらくもくもくと食べる――バイトの後で腹と背中がくっつきそうだったこともあるが、どれも美味しくて箸が止まらない。
カップラーメンとおにぎりという炭水化物ラッシュで夕食を済ませることも想定していたが、やはりバランスのいい食事は心まで安定させる。これは夜の勉強が捗りそうだ――というところまで考えていた俺は、先輩が次に何を言うのか、まったく想定できていなかった。
「……岸川先生と、どっちが美味しい?」
「ぐっ……ごほっ、ごほっ」
それを聞かれるとは――つい先生たちの料理を思い出してしまっていたので、不意を突かれてむせてしまう。
先輩は席を立ち、俺の方にやってくる。そして背中をさすりながら、お茶のグラスを差し出してくれた。
「涼太、大丈夫?」
「あ、ああ、大丈夫……ありがとう。その、どっちが美味しいとか、そういうのは比べられないっていうか……」
「……私のご飯より先生の方が美味しいから、がっかりしてない?」
「それはない。料理には色々な良さがあると思うし……先輩の料理も間違いなく美味しい。そうじゃなきゃ、こんなにがっついて食べてないよ」
誤解されてしまうわけにはいかないので、ありったけの誠意を込めて感想を伝える。
先輩はじっと俺を見ていたが――頬を赤らめると、俺から離れ、席に戻った。
「……涼太が気に入ってくれたなら、それでいい。作りに来たのに美味しくなかったら、迷惑になっちゃうから」
「これは例えだけど、もし先輩が料理が上手じゃなかったとしても、俺は文句なんて絶対言わない。作ってもらえるだけで嬉しいし、実際には先輩の料理は美味しいんだから、ますます迷惑なんてありえないよ。ありがとうしかない」
そう言って、俺はオムライスを平らげる。先輩はそれを見て、まだほとんど手つかずの自分の皿を見ると――俺に自分のぶんを分けてくれた。
「せ、先輩。先輩も食べないと、後でお腹が空くんじゃ……」
「……涼太がお腹いっぱい食べてくれたら、私もお腹いっぱいだから」
そんなふうに微笑まれたら――先輩に貰った分のオムライスも、ますます美味しく感じてしまう。
俺は先輩の視線をくすぐったく思いながら、オムライスを口に運ぶ。改めて親指を立ててみせると、先輩も微笑み、同じ仕草を返してくれた。
◆◇◆
食事が終わったあと、俺は洗い物を任せてもらおうとしたのだが――先輩もやってきて、手伝ってくれる。座って休んでいていいと言っても、それでは落ち着かないみたいだ。
「……涼太がごはん食べに来るなら、うちに来てもいいってお母さんが言ってた」
「そう言ってもらえるとすごく有り難い。でも、あまり迷惑はかけられないよ」
「全然迷惑じゃない。お母さん、涼太と仲直りしたって言ったら、すぐに涼太に会いたいっていうくらい感激してたから。今度、お菓子を持って来ちゃうかも」
空野先輩のお母さんは、空野先輩に容姿はとてもよく似ているのだが、性格はかなり違う。空野先輩のクールなところは、どうやらお父さんに似たらしかった。
俺が食器を洗い、先輩が拭く――この分担だと仕事が終わるのも早い。先輩は全部洗い終えたあと、エプロンを外して、そろそろ帰るのかと思いきや。
「……涼太が言ってた、スマートフォンのフィルム。お父さんが買ってきてくれた」
「それなら、これから貼ろうか。時間はそんなにかからないから……先輩、ここで待っててくれるか?」
空野先輩は小さく首を振る。そしてじっと俺を見る――この目には弱いが、さすがに自分から部屋に来たいのかとは言いにくい。
「……涼太が貼る所を見てたい。ついていっていい?」
「あ、ああ……いいけど。まあ最近片付けはしたから、大丈夫かな」
俺は二階にある自分の部屋に向かう。後ろから先輩が登ってきているというのが、あまりにも落ち着かない。
先輩は俺の部屋に入ると、何も言わずに部屋を見回し――そして言った。
「……エッチなポスターが貼ってない。いい子」
「い、いい子って……まあ、風景とかの方が落ち着くよな」
俺の部屋に貼ってあるポスターは、ウユニ塩湖という場所を絵にしたものだ。海に空が鏡のように反射している幻想的な光景で、見ていると癒やされるものがある。
「じゃあ、俺はフィルムを貼るから。先輩はその辺りに座ってゆっくりしててくれ」
「……わかった」
先輩はスカートを押さえながら、俺のベッドに座る。フィルムを貼るところが見たいと言っていたのに、別に目的があるのが何となく伝わってきて落ち着かない。
フィルムを貼っているときはホコリが入るといけないので、集中する必要がある。丁寧に、ずれないように貼り付けて、振り返ると――先輩は、俺の本棚から本を取って見ていた。
「先輩、何か読みたいものがあったら貸すけど」
そう言ってみても先輩は返事をしてくれない。一冊ずつ本を取っては開き、取っては開きを繰り返す。
「……海原は、岸川先生と杜山先生みたいな大きい胸が好きだから。そういうエッチな本があるかと思って」
「っ……い、いや、あるとしてもそんな分かりやすいところには置かないだろ」
「カモフラージュかもしれない。灯台下暗し……あっ。このファイル……」
空野先輩が手にとったのは、吹奏楽部の定期演奏会で使う楽譜の入ったファイルだった――それは構わないが、その隣にはアルバムがある。




