第十一話・2
そうこうしているうちにお客さんがレジにやってくる。宅配便の持ち込みだ。
「これ、宅配便お願いします。元払いで」
「はい、申し込み票をこちらで記入していただいて……」
説明をしているうちに、空野先輩がレジに入ってくる。そして俺の代わりに、荷物の箱を受け取ってサイズを測り、重さを測ってくれる。
「……60サイズ。重さは1キロ」
「ありがとうございます」
お礼を言ってデータを打ち込み、会計する。その間に並んだお客さんを、空野先輩はもう一つのレジで引き受けてくれた。
しばらくしてまたレジが空く。俺はホットスナックが揚がっているので補充をする――その間も視線を感じて、俺は今度は予備動作なしで空野先輩の方を向く。
「っ……」
また先輩が目をそらす。しかし俺が見ていることに気づくと、ちら、と見てから、店長がさっき出てきて置いていった肉まんを加温器に入れる。
「……海原は、肉まんは好き?」
「えっ……え、ええと。嫌いじゃないけど……というか、昔は帰りに買ってよく食べてたな」
「……そう。ジャンボ肉まん? 普通の肉まん? それともあんまん?」
「あんまんは滅多に食べないな。ジャンボ肉まんがあるとつい頼みたくなるけど、やっぱり普通の肉まんが一番かな」
「ふぅん……やっぱり大きい方がいいんだ。男の子だもんね」
他意はないと思うのだが、もしかして大きい胸の方が好きとか、そういう解釈をされてないだろうか――自分も胸が大きい空野先輩がそんなふうに受け取ってしまったら、当然身構えられてしまうことになるわけで。
「……あ、そうだ。空野先輩、さっきは手伝ってくれて……」
言うのを忘れていたのでお礼を言おうとすると、空野先輩はぱっと耳を塞いでしまう。
聞きたくない、ということか。いや、そうでもないようだが、ここで先輩の手を外してまでお礼を言うのも違うし、いかんともしがたい。
「……休憩……先に行っていいよ。もうちょっと後だけど」
「あ、ああ……分かった、入れそうならそうさせてもらうよ」
会話が上手くできない――というか、先輩は場合によってかなりの恥ずかしがり屋になる。
いつも一つは出しておくように言われているジャンボ肉まんを、先輩は二つ出している。これにも深い意味があるのだろうか――なんて深く悩んでいるふりでもしなければ、目立たないように俺の方を伺ってくる空野先輩の視線に耐えられそうもなかった。
◆◇◆
空野先輩は休憩に入っている間に、俺にメッセージを送ってきてくれた。
空野先輩:お疲れ様 仕事中にごめん
空野先輩:今日はバイトが終わったらどうする?
バイト中にはスマホを見ないようにしているが、お客さんに見えないところでなら少しだけ見ていいことになっている。俺はバックヤードでジュースの補充をしながら、先輩に返事をした。
自分:まっすぐ帰るつもりだけど
しばらく空野先輩は「入力中」のまま、返事が戻ってこなかった。聞いてみただけ、ということだろうか。
その後も一時間ほど仕事をして、バイト上がりの時間になった。いつもは空野先輩より俺の方が上がる時間が遅く、今日も空野先輩が一足先に上がった。
「海原くん、お疲れ。もう上がっていいよ、あとは私がやっとくから」
「いいんですか? ありがとうございます、店長」
「いえいえ。それじゃ、帰り道気をつけてね」
俺は夜シフトの人に挨拶をして、更衣室で着替え、裏口から外に出た――すると。
「……空野先輩」
空野先輩が、裏口を出たところにいた。スマホを見るでもなく、俺を見るなりこちらにやってきて、何か飲み物を差し出してくれる。
「飲む?」
「これって……ミルク?」
透明な容器の中に入っているものは、俺には牛乳か何かに見えた。空野先輩は首を振る。
「アミノ酸シェイク。家で作ってきたけど、ちゃんと封をしておいたら結構もつ」
「それはいかにも疲労回復に効きそうだな……」
「プロテインシェイクのときもある。バイト休憩中に飲むと、お腹が空かない」
岸川先生は選手に合わせてプロテインを作ると言っていて、俺もレシピを見せてもらった。家でも良い筋肉をつけるためにプロテインを摂るよう指示しているとのことだったが、エースの空野先輩はしっかり指導を守っているということだ――改めて、憧れに近い感情が湧いてしまう。
「身体づくりのために、自分で作って飲んでるんだな。プロテインって色々栄養が入ってて、食事の代わりにもできるって先生は言ってたけど」
「……プロテインは必要なときに作るけど、普通の料理もする。お母さんの手伝いでしてるから」
「そうなのか……偉いな、奈々姉は……って、いきなり何言ってんだ俺……っ」
空野先輩の口から「お母さん」という言葉が出て、昔会ったときの小母さんの顔を思い出した――そしてその時は、俺は先輩を奈々姉と呼んでいたわけで。
そんなのは口を滑らせた言い訳にはならない。自転車を押して隣を歩いている空野先輩は少しうつむいて、表情は見えない――突然あだ名で呼んだりして、馴れ馴れしいと思われてはいないだろうか。
「……涼太、スーパーとかで買い物はしてる? ご飯の材料とか」
先輩も俺を名前で呼んでくれる。俺はといえば、もう一度『奈々姉』と呼ぶのは照れてしまってできない――昔のように呼び合うには千載一遇のタイミングなのに。
「ええと……ごめん、全然できてない。一人で生活するようになってから、自炊は何度か考えたんだけど、思ってた以上に上手くいかなくて」
「……それで、岸川先生が心配して、お弁当を差し入れしてたんだ」
「そうなんだけど……あまり甘えてちゃいけないと思うんだけどさ」
「先生が作ったお弁当を見たことがあるけど、物凄く上手だった。みんなが分けてもらって、すごく美味しいってびっくりしてて……私も煮物をもらったけど、料亭で修行してきたみたいな味だった」
「本当に、そうなんだよな……岸川先生の料理は、一度食べると忘れられない味っていうか。あのお弁当を早起きして作ってるんだから、凄いとしか言えないし、いつも分けてもらって感激してる。こんなに美味しいものが地上にあっていいのかって」
熱弁してから気がつく――岸川先生の料理に魅了されていることは事実だが、結局俺の言っていることは、自炊ができないがために先生に面倒を見てもらっていて、先生の料理が美味しいから状況を変えるつもりもないと取られかねない。




