第十話・2
しかし、クラスを出れば、まだ俺は『インテリヤクザ』として見られているままで。
「お、おい、海原……ここで会ったが百年目ってか、元気してたかよ」
「ちょ、それじゃ心配してるみたいじゃねーか……相手に塩を送ってる場合じゃねえぞ?」
グラウンドでの開会式を終えたあと、俺たちはテニスコートにやってきた。三面あるテニスコートで、今日は一日中試合が行われるわけだ。
そして一試合目で、B組のペアと当たった。
顔自体には覚えはあるのだが、いまいち名前が覚えられていない――覚えるべきでないことは覚えない、それが俺の記憶術だ。
「……何で不思議そうな顔してんだよ。俺だよ俺、俺のことを忘れたのかよ?」
「海原よ、お前が忘れても俺たちは覚えてるぜ。ってか体育で一緒じゃねえかよ」
校則ギリギリの茶髪にしたチャラめの男子生徒と、こちらもまた校則ギリギリのアッシュグレーがかった髪の男子生徒。どちらも進学校であるところの姉ヶ崎においては、『エンジョイ組』と言われるような、あまり勉強熱心でないグループの生徒だ。
「……んで、海原大明神。覚えてね―なら俺が教えっけど? ヒントはなんとか崎だ」
「ああ、そうだ……川……いや、浜崎だったか」
「山崎テツヤだ! ちょっといい感じの勘違いすんなコラァ!」
「山崎、慣れあってんじゃねえよ。今日こそ積年の恨みを晴らさせてもらうぜ……ちなみに俺の名前は長谷川だよ……!」
また聞いても脳のメモリーが勝手に整理されて消えそうだが、もちろん名前を聞いても俺には恨まれる覚えは特にない。
「インテリヤクザの支配からの脱却だ……今日こそ革命起こしてやっからよ……!」
何というか、Bクラスはこんな血の気の多い連中がいてよく普段は静かなものだと思う。
「支配とか脱却とか、テニスをする気が無いなら試合をスキップさせてもらうぞ」
「あぁん!? とぼけてんじゃねえよ……お前は支配してんだよ。恐怖で俺たちを支配し、モテカーストの上にまで立ちやがって……!」
「……モテ?」
モテカーストという言葉自体も耳慣れないが、それの上に立っているとは一体誰のことを言っているのだろう。
もしや、俺が先生に餌付け――もとい、弁当をお裾分けされているところを見られていたりして、それを勘違いされたなんてことがあったりするのか。
「海原、おまえ……俺の知らないうちに変わっちまってたんだな……」
「純……話がややこしくなるから勝手に傷つかないでくれるか」
「これが傷つかないでいられるか! 俺の心はダイアモンドじゃない!」
「身に覚えがないなら教えてやるよ、海原。お前が犯した大罪を……!」
いつもは山崎がBクラスを代表して挑んできている気がするが、今日は長谷川の方がよく喋っている。俺が犯した罪とやらが人聞きの悪いものだったら、不本意だが実力行使でも学校中に広まるのは避けなくては――と、いつでも動けるように構えていると。
「姉ヶ崎高校、ミスコン隠れ一位……空野奈々海と通学した件について、海原、お前には説明の義務が……!」
「あ、あれは……知り合いだから、ちょっと世話になったというかだな……」
「待てよインテリヤクザ。あんなにべったり寄り添われて、甲斐甲斐しく自転車を押されて、それでちょっと世話になったなんて……羨ましすぎだコラァ!」
「「いいぞ山崎ィ!」」
「「かましたれ山崎ィ!」」
ギャラリーがあからさまに暴力を促しているのだが――テニスコートを見ている先生は多少のことには動じないおじいさん先生で、介入してくる気配はない。これくらいで引くようなら、これまで比較的平穏な学校生活は送れていないが。
「……で、どうなんだ。何か申し開きは?」
「俺は何もやましいことはしてないが……空野先輩に迷惑がかかるから、変に騒ぎ立てられるのは困る。いいだろう、相手してやるよ」
「ひぃっ……ど、恫喝か……それくらいじゃこっちも引かねえぞ……!」
「ガチのマジのヤクザじゃねえかよ……膝関節がバカになっちまったぜ……!」
「それはもうテニスしない方がいいんじゃねーの? ってわけにもいかねーんだろうなぁ。人気者は大変だな、海原」
「言ってろ。やるからには勝つぞ、純」
「おう。二度とメガネを直視できない身体にしてやろうぜ」
純はいつも軽いノリだが、一つ信頼できるところがある。
それは、肝心な時に空気を読むということ。そして、やたらと友情に厚いということ。
――と、これでは二つになってしまった。
つまり何が言いたいかというと、上杉純というやつは俺にとって数少ない、一緒になって熱くなってくれる友人だということだ。




