第八話・9
先輩が居ない日にもバイトに入るのは今までと変わらない習慣なのだが。
店長と、今日は夕方までシフトに入っている伊角さんが、ニヤニヤとこちらを見てきて落ち着かない。
「良かったですよ、本当に。私は元からちょっとだけ聞いてましたけどね、奈々ちゃんから。やっとですか、って一息つけた感じです」
つまりは、空野先輩と俺の関係性というのは、傍から見ると「じれったい」ものだったらしく――店長と伊角さんは、それをネタにして楽しそうにしているのである。
「いいわよねえ、小さい頃から一緒で、バイトも一緒で。高校生になっても仲良くできるって、もう奇跡みたいなもんでしょ」
「うちの幼馴染みは女の子ばっかだし、男はあんまりかわいくないし、面白みがないっていうか。はぁ~、海原君みたいに、ツンツンしてるけど実は優しいみたいな男の子ってその辺りにいないんですかね?」
「それがなかなかいないのよね~。空野さん、今度来たら色々聞かせてくれると思う? 私にはまだ心を開いてくれてないんだけど」
「そんなことないですよ、奈々ちゃんはいい子ですよ。って、私より海原君のほうがよく分かってますよねぇ」
「……あの、話が膨らんでるみたいですが。俺は空野先輩の応援には行きましたが、物凄く仲良くなったとかじゃないですよ」
もし空野先輩が俺とのことで茶化されたら、昔の悲劇を繰り返すことになる――という大袈裟な話にはならなそうなのが救いだが、女性はこういう話が本当に好きなのだと改めて思う。
「私も煽るようなこと言っちゃったから、ちょっと後悔してたのね。これで空野さんが戻ってきてくれたから万々歳だけど、やっぱり心配だったから」
「店長がしょんぼりして電話してきたから、ヘルプで入ってほしいのかと思ったら全然違ってて笑っちゃいましたよ。この人、よせばいいのにかっこつけちゃうんですよね。海原君もそう思いません?」
店長と伊角さんは年が近いこともあって、友達のような関係性だ。だからこその遠慮のないやりとりだが、俺はもちろん店長にも、伊角さんにも目上として、しっかり敬意を表して接したい――向こうの距離の詰め方は、俺の遠慮を飛び越えてきそうなのだが。
「い、いや……声をかけてくれて、感謝してます。うちの店にとっても、空野先輩がいてくれた方が助かると思いますし」
そこははっきり言っておきたいと思った。下手をすると俺より接客が苦手かもしれない空野先輩だが、真面目でまめに仕事をするし、何より男性のお客さんからの人気が絶大だ。
しかし言い方が遠回しだったのがまずかったらしく、店長と、伊角さんまでがため息をつく。
「そこで『僕にとっても』って言わないうちは、まだまだって感じかしらね」
「少年、そこはもう一歩踏み込まないと。そうだ店長、今度の夕方のシフトなんですけど、私の代わりに奈々ちゃんに入ってもらいません?」
「空野さん次第だけど、それはなかなか名案ね。あ、海原君、成年向け雑誌の棚はうちではしばらく撤去しないことになったから」
「なぜ俺に報告を……そ、そのシフトなんですけど、それって俺と先輩が……っ」
「さて、仕事仕事。今日は本部から視察が来るから、次の時間帯はしっかりねー」
「了解でーす。海原君、あと一時間よろしくね」
「は、はい……」
軽いノリの大人たちは、俺の追及を柳のように回避して仕事に戻る。そうなると俺から追いかけることはできない。
ひとまず言えることは、俺と空野先輩の二人シフトという時間が設けられる可能性があるので、心構えをしておかないといけない――実際は店長がいるのだが、事務室で仕事をしている時間帯は表に高校生二人だけという状況もありうる。
考えすぎも良くないので、せっかく先輩がスマホを買ったのだから、それで少し事前に話せば緊張せずに済むだろうか――と考えつつ、今は無心に仕事に励んだ。
◆◇◆
今日も上がりの時間になり、タイムカードを押して、後の人に挨拶をして出てきた――すると。
「……あ、あれ? 杜山先生……ですか?」
なぜか、前に店に来たときと同じように帽子を被り、サングラスをかけている杜山先生が、ちょうど店に着いたというように車から降りて歩いてきた。
店の近くは明るいとはいえ、夜にサングラスは見えにくいだろう――と思っていると、案の定足元が見えづらかったのか、先生が途中で蹴躓いてしまう。
「きゃぁっ……!」
「っ……あ、危ないですよ、夜にサングラスなんてかけて歩いたら」
「はぅ……ごめんなさい、いざここに来ようと思ったら、海原くんのことを先生が待ち構えてたみたいになったら良くないって思って、変装しなきゃって……」
「そ、それはいいんですが……っ、く……」
思わず思考を寸断されるほどの圧倒的なボリューム――受け止めた拍子にすごい弾力を感じてはいたが、やはり意識をそらしきれなかった。
「あっ……ご、ごめんなさい、ごめんなさい。こんな暗い中で、二人で抱き合ってるみたいに見えちゃうわよね、こんなことしてたら」
「そ、そうです……杜山先生、足元には気をつけてください。海原がいたから良かったようなものの、常にいてくれるとは限らないのですよ」
杜山先生だけでなく、岸川先生も――見られていたと自覚した途端に、心臓が物凄い早さで脈を打ち始める。
これは後ろめたいという感情か、それとも何なのか。これを冷静そのもので切り抜けるほど、俺は人生の経験値を積んでいない。
「……岸川先生も、いつもと違う格好なんですね」
「そ、それは……私も杜山先生のおっしゃることに一理あると思って……」
岸川先生は帽子とマスクという、中途半端な変装になっている――といっても、目元とスタイルだけで美人と分かるし、コンビニに入っていくお客さんが驚いているのが分かる。
二人で俺のところに来て、変装をしてきたほうがいい理由とは何か。
先生たちが何をしに来たかは深く考えなくても思い当たるのだが、健全たる男子高生が、
その申し出を二つ返事で受けるには、短くも長い熟考が必要だった。
※お読み頂きありがとうございます!
ブックマーク、評価、ご感想などありがとうございます、励みになっております。
次回の更新は7月9日(火曜日)になります。




