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第七話・B面

 学校から帰るとき、涼太のことを見つけたことは何度かあった。


 でも、他の女の子と話しているところを見たことはなかった。先生じゃなくて、同じクラスの女の子みたいで、とても親しそうだった。


「ああ、気にしないでくれ。気をつけてな」


 涼太は、傘のない子に貸してあげてるみたいだった。


 私も傘をとられて職員室に行ってきたばかりで、真っ直ぐここに来ていたら、涼太と話しているのはあの子じゃなくて、私だったかもしれない。


「あっ、う、うん、ありがと……また勉強教えてね、ってそれは駄目か」


 それを聞いて、胸が痛くなって、私は物陰に隠れてしまう。


 涼太と話していた女の子は帰っていって、残った涼太は外を見ていて、その後ろ姿が少し寂しそうに見える。


 ――涼太は、自分の傘が一本しかないのに、貸してあげたのかもしれない。


 そう思ったとき、私は隠れるのをやめて、涼太の前に出ていた。


「……海原」

「うわっ……そ、空野先輩……」


 そんなに驚かなくてもいいのに、と思った。


 私がいつも涼太を遠くから見てるから、急に出てきたら驚くのも無理はなくて、それも少し胸が痛かった。


「えーと……先輩が見てたなら自分から言うけど、傘を盗られて困ってるみたいだったから、貸しただけだよ」


 私が聞かないうちに笑って言うから、やっぱり私の予想が当たってると思った。


 置き傘はもう私が借りてきたもので最後だった。涼太の性格だと、他の子の傘を持っていったりはしないって分かっていた。


「……絶対、大丈夫? 傘、本当に持ってる?」


 疑ってるみたいなことを言ったら、涼太にもっと嫌われるかもしれないと思った。


「持ってるよ。そう聞かれると出しづらくなるから、先に行っててくれ」


 その声は怒っているふうではなかったけど、拒絶されてるみたいに聞こえた。


 私が考えすぎてるだけ。涼太は、昔のことなんて覚えてない。


 涼太が私のことを嫌いになったきっかけも、もう忘れてる。忘れてなかったら、こんなふうに話してくれるわけない。


「……分かった。今日のバイト、遅れないようにね」


 そんなふうに先輩ぶったことを言って、今でも涼太のお姉さんみたいな気持ちで、そんなふうにしたら鬱陶しがられるって分かっていて――。


 この場にいても涼太が困ってしまうから、私は傘を差して外に出て――振り返って、涼太がこっちを見てないことを確かめてから、校門に向かう途中の木陰に隠れる。


 涼太のことを、全然信用してない。こんなふうに、監視してるみたいにしたいわけじゃないのに。


 涼太は折り畳み傘なんて持ってない。鞄の中を見て、それを確かめて、私と一緒に帰らなくたっていいから、バス停までくらい送ってあげたい。この雨じゃ、バス停に行くだけでもずぶ濡れになってしまう。


 でも、私が何もできないでいるうちに、涼太は雨の中に飛び出してきて、バシャバシャと音を立てて走っていってしまう。


 足が動かない。そんなことしたら風邪を引くからって、涼太を止めたいのに、もう間に合わなかったからって諦めてしまう。


 いつだってそう。私に、今さら涼太に優しくする資格なんてない。


 涼太が同じ学校に来てくれたことを、喜ぶことだって許されてない。


 同じコンビニでバイトをするようになっても、ずっとまともに話せなくて、杜山先生や岸川先生のことがあってからようやく少し話せるようになっただけ。


 一つ年上でご近所だっていうだけで、いつまで幼馴染みのつもりでいるんだって、涼太にいつ言われるかって、いつも怖くて仕方ないのに、落ち着いているってふりをしてる。


 こんなふうに笑えない私じゃ、涼太のことを誘っても、気味悪がられるに決まってる。


 一緒に傘を差して帰ろうなんて。バイト先に、一緒に行こうなんて――。


 ◆◇◆


 涼太の体調が悪いことも、バイト中から気がついていたのに、私にできたことは、岸川先生と杜山先生に知らせるくらいだった。


 先生たちにお願いすれば、涼太は大丈夫。私が心配する必要なんてない。


 それなのに、先生たちが涼太と仲良くしているところを想像すると、自分の部屋で勉強していても全然手につかない。


 杜山先生は、私たち水泳部を応援したいって言ってくれた。


 涼太は勉強とアルバイトを頑張ってるから、部活には入らないんだって店長から聞いた。店長から聞かないと、直接涼太にそんなことは聞けなかった。


 中学校のとき、涼太の演奏を見たことがある。でも私は、楽器に詳しくなくて、涼太がどの楽器をやってるか分からなかった。


 でも、楽しそうだと思った。高校で吹奏楽をやらないのが、ずっと不思議だった。


 話すことができるようになっても、何も聞けないまま。人から聞いて一喜一憂して、本人の前では自分の気持ちを上手く伝えられなくて、そっけなくしてしまう。


 そんな私を応援するためになんて言われても、涼太は困ってしまうと思う。


 岸川先生のために来てくれるのなら、それでもいい。私が涼太に応援してもらうなんておこがましいけど、岸川先生と杜山先生のことは、涼太はきっと慕ってるから。


 二人にお願いしておいて、そんなふうに考えるのは、ただの嫉妬だと分かってる。


 涼太が元気になって、吹奏楽部と一緒に水泳部の試合を応援に来てくれても、それは私のためじゃない。


 でも、本当は――。


 涼太が来てくれるだけでも嬉しい。自分が部活をしてるところなんて、涼太には全然関係なくて、興味だってないかもしれない、それでもいい。


 水泳を習い始めたのは、涼太と一緒にいたときに起きたある出来事が理由だった。でも、そんなこと涼太はずっと知らなくてもいい。


 私は棚に置いてある、伏せた写真立てを手に取った。


 小学校のとき、涼太の家と、私の家とで一緒にキャンプに行ったときの写真。


 涼太はカメラを恥ずかしそうに見ていて、隣にいる私は嬉しそうに笑っていた。

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