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プロローグ・4

 そのとき先生の顔を直視できずに目を逸らし、視線を下げて、俺はようやく先程から胸に当たっているものが何かを確かめた。


 さっきから当たっているとは思っていたものは、恐るべきことに、先生のバストだった。向き合っていてじりじりと迫られただけで当たるなんて、初めて話したのに距離感もおかしいし、胸の大きさもおかしい。いや、分かっていた、どうしても目を惹かれるほど大きいということは。


 これが女騎士の胸部装甲――もとい、ブレストプレートをつけていない状態のバスト。バストとブレストはほぼ同じ意味だと思うが、それは置いておく。


 その無防備に押し付けられたマシュマロの弾力で、俺は後ろに押されていた。それを堪えようと足を踏ん張ればどうなるか。


「……な、なんだ。そんなふうに先生を押してはだめだぞ」


 むしろ俺が押されているのですが、と言いたくなる。女騎士先生が見せるちょっと困ったような顔はとても新鮮で――と、そんな場合じゃない。


「す、すみません……ですが、その、先生の……」

「ん……? どうした、急に語尾があやしくなったぞ。何を言おうとした?」


 先生は俺の肩に手を置いたまま、俺の口に耳を近づけて、より声が聞こえやすいようにする――さらに身体の密着度が上がるというか、ほぼ抱きしめられているのと変わらなくなってしまう。


「せ、先生の……おっぱい……いえ、バストが……」

「なんだ、急に声が小さくなって……こんなに近づいても聞こえないぞ、もっとはっきりと」

「い、いえ、聞かないでください、これ以上は俺の命に関わるので」

「そ、そうなのか……? いや、先生からお小言のようなことを言うのも何なのだが、言いたいことはちゃんと言うべきだと思うぞ」


 胸が当たっているというだけで、俺は完全にグダグダになっていた。骨抜きにされていたと言ってもいい。


 自慢ではないが、女性のバストが身体に当たった経験なんて、偶然を除けば無いと思う。こんなに大きい人とこの距離で接したこと自体がまずない。


 先生の胸が大きすぎるのがいけないのであって、これは不可抗力だと往生際の悪い自分が言う――その実、頭の中はおっぱいでいっぱいになっていた。


 マシュマロ攻めで骨抜きにされたところに、さらに甘い良い香りが追い打ちをかけてくる。先生の使っているシャンプーの香りは、やはり俺の家で使っているものとは違っていた。それとも先生自身がいい香りなのだろうか――もはやまともな思考を維持することができていなかった。


「さっきから、何か様子が変だな……それはそうか、私は君の授業を持っていないし、話したのは初めてだからな。緊張するのは無理もないか」

「は、はい……すみません、先生……」


 そう言って先生が離れていくとき、名残惜しいと感じた俺を誰が責められるだろう。


 彼女が動くたびにたゆん、と胸が弾む。抗いがたい引力に目を惹かれながら、俺はやっとの思いで先生の顔を見続ける。それくらい引力が尋常ではなかったのだ。いわゆる思春期だからと言ってしまえばそれまでなのだが。


「そろそろ部活に戻らなければ。先程の親御さんに呼ばれて出てきていたのでな」

「は、はい……先生、頑張ってください」

「私はいつも頑張っているつもりだぞ……と言っても、確かに吉田に対しては、最近たるんでいるというようなことを言ってしまった。あまり厳しくしない方が伸びる生徒だと分かっているのだが、なかなか練習に出席してくれなくてな」


 先生も良かれと思ってしたことで保護者に叱責されてしまった。そういうことなら、俺はやはり先生を助けようとしてよかったのだと思った。


「先生の考えは、きっと伝わると思います。実際に吉田さんのことを知らない俺が、簡単に言うことでもないですが……」

「いや、そう言ってくれるだけでも励みになる。私ももっと生徒のことを理解できるよう、努力しなくてはな」

「先生、頑張ってください。じゃあ俺はそろそろ……」


 そう言って帰ろうとしたのだが、先生が少し怒っているというか、不満そうに見える。


「……こほん。何か忘れていないか?」


「え……?」


「君は、このまま私にお礼をさせないつもりなのか?」


 お礼とかそういう話が全く頭になかった――いや、もうお礼をされてしまったような気分でいた俺は、先生の言っていることがすぐに飲み込めなかった。


 これ以上何をしてもらえるのか。先生の中では、まだ何もしていないことになっている――それはそうだ、俺が彼女の胸で押されてどう思ったかなんて、口に出していないのだから。


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