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お姉さん先生は男子高生に餌づけしたい。  作者: とーわ/朱月十話
第五話 水泳部の女騎士先生
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第五話・5

 大学で現役だった頃のタイムは、県でトップクラスの空野と比べて少し速いといったところだ。それで空野と勝負になるのかは分からない――しかし練習を見ている限りでは、私がペースを牽引できるように思える。


「……駄目、ですか?」

「いや、そんなことはない。生徒にそういった申し出をされることは初めてで、驚いたが……そうだな、私も久しぶりにどれくらい泳げるか試してみよう。試すといっても、本気で空野を負かす気持ちで泳ぐ。大きく差をつけられるかもしれないがな」

「ありがとうございます、先生。次に時計がてっぺんにきたときにスタートでいいですか?」

「ああ、分かった」


 プールには時刻を示すもの以外に、練習ペースの基準とするためのペースクロックというものがある。赤い針は一分で一周し、黒い針は一時間で一周する。


 赤い針が上に来たときを「てっぺん」と言い、決まった時間に何かを始めるときの合図とするのが慣習となっていた。


 私は帽子とゴーグルをつけて入水すると、4コースのスタート位置につく。空野は5コースに入って、私と同じように、背泳ぎのスタート準備をする――そしてペースクロックが0秒を通過するとき、合図の電子音が鳴った。


 スタートしてすぐに理解する、空野の速さを。


 自分で指導している教え子の成長を、肌で実感させられる――スタートで大きく離されそうなほど、立ち上がりのスピードが速い。


 しかし私も簡単に負けては、空野の練習にならない。25メートルを過ぎる頃には、半身差くらいまで追いつき、食らいついていく。


 空野は毎日ターンの練習をしているだけはあり、50メートルのターンで再び身体一つ分ほどの差をつけられる。


 このまま置いていかれそうなところだが、私は空野の鍛えなければならない急所を知っていた。それは、スタミナ。後半で尻上がりに速くなるような選手と勝負をすると、どうしても疲れが出てしまう。


 それでも100メートルなら、ターンで差をつけられれば大きなアドバンテージが生まれる。現に、75メートルまで空野は失速しなかった――だが。


 背泳ぎの勝負でも、隣のコースを泳ぐ選手がどのあたりにいるかは感じ取れる。私は空野との差が縮まり始めたように感じた――そのまま、ゴールまでは一心に泳ぎ、スタート地点にタッチする。


「っ……はぁっ、はぁっ……」


 荒く息をつき、ようやく呼吸を整えたところで、私は隣のコースの空野を見る。


「……私の……負け、ですか……?」


 そして私は気がつく――ずっとこのコースで部員たちを見てきたのに、こうして二人だけで練習をするのは初めてで、大事なことを見落としていた。


「……二人だけでほぼ同時にゴールしては、どちらが勝ったか分からないな。まして、背泳ぎではなおさらだ」


 私は思わず笑ってしまう――真剣に泳いでいたのに、笑うところではないと分かっているが。


 空野はしばらく何も言わなかった。しかしゴーグルを上に上げて、私の顔を見るなり、その表情が和らいだ。


 ――空野が笑った。他の部員と一緒にいても、滅多に笑顔を見せることのない彼女が。


「ふふっ……おかしいな、こんな見落としをしているなんて気づかないまま、真剣に泳いで……」

「あははっ……先生、物凄い勢いで追い上げてきて、私、負けちゃったかと思って……」

「私も追いつけたかと思ったが……どうやら、この勝負は引き分けのようだな。空野、これで良かったのか? それとも、もう一度……」

「……いえ。先生が、本気で泳いでくれて嬉しかったです」


 空野が私と泳ぎたかった理由は、何となく、言葉にしなくても伝わるような気がした。


 私と空野の間で変わったことといえば、一つしかない。


 私が海原と一緒にお弁当を食べることがあると知ってから、空野の私に対する視線が少し変化したように感じていた。


 それは私も同じ。海原と空野が一緒に登校するところを見て、ずっと胸にもやもやを抱えていて、先生なのにそんなことを考えてはいけないと、抑えつけていた。


 海原をわずらわせてしまうように思えて、今までは何でもなかったような言葉をかけることもできなくなっているのに。


 ◆◇◆


 空野のクールダウンに付き合いながら、私は彼女に、後半の失速については強い意識を持って克服するしかないと伝えた。


「先生……地区大会が終わったら、また一緒に泳いでくれますか?」


 一緒にシャワーを浴びていると、隣のブースにいる空野が声をかけてくる。


「ああ。次は空野にスタートで置いていかれないよう、練習をしておこう。私も久しぶりに本気で泳いで、現役のころの気持ちを思い出すことができた」

「……大学選手権で二位だった人が本気を出したら、今度こそ勝てないです」

「あれから二年もブランクが空いている。それに空野にはまだ伸びしろがある……今日は良い勝負ができても、次は分からない。だが、私も簡単に負けるつもりはない」


 私は先にシャワーブースから出て、タオルで髪を拭いたあと、更衣室の床に水滴を落とさないように身体を拭く。


 そして、肩紐を外して水着を脱ぐ。着るときは少しきつく感じたが、やはり脱ぐときもきつい。締め付けが強い競泳水着を着ていても胸が小さくなるということはなく、大学時代もすくすくと育ってしまった。

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