第四話・4
十時近くになり、先に空野先輩が上がって、店長が家まで送っていった。俺がバックヤードで先輩と一緒にいたことについてはバレてしまったが、店長はその件について空野先輩に事情聴取をしたいと楽しそうにしていた。
店長は現在のところは未婚で、気さくで魅力的な女性だと思うのだが、男性との縁が少ないらしい。かといって空野先輩の恋バナを聞き出そうというのは、一応当事者である俺としては申し訳ないが――普通に話していただけなので、問題はないだろうか。
「海原君、お疲れ。気をつけて帰れな、男の子でも夜道は危ないから」
「ありがとうございます。お疲れです、松重さん」
深夜シフトの松重さんが入ったので、俺も遅れて店を出ようとする――そこで、本のコーナーにさっきはいなかった女性がいることに気がついた。
帽子をかぶり、マスクをして変装しているが――あの隠せない癒やしのオーラと、何よりも見間違いようがないのは、前にせり出す迫力のあるベクトルだ。
改めて見ると、本当に暴力的な大きさだ。女神先生の慈愛をもってしても、それは暴力的というしかないのである。おっぱいはパワー、あるいはストレングスなのだ。あまりの大きさに思考回路がエラーを起こしてしまった。
俺のバイトを知っているとは言っていたが、なぜ今日も来ているのだろう。そして、あの最も重要な部分をカバーしていない変装で、俺に気づかれないと思ったのか。
歩み寄る途中に、杜山先生はちらりとこちらを見たが、まだ隠しきれると思ったのか、身体を縮こまらせる。小動物のような仕草に多少良心が痛むが、気づいてしまった以上スルーはできない。
「……あの、杜山先生?」
「ひゃいっ……!?」
先生はまさに小動物のような鳴き声を発する――そしてあたふたとしたあと、手近にあった雑誌を手に取り、読んでいるふりをする。
「ふ、ふむふむ、最近の流行りはこうなっているのね……」
「先生……すごく言いにくいんですが……」
「せ、先生って誰ですか? 私は先生なんかじゃありません、ただの杜山……じゃなくて、ち、ちせちゃんです!」
それは単なるニックネームなのだが。正式には『知聖』と読むらしいので、ぎりぎり偽名ということになるだろうか。どのみち杜山先生だ。
「お、お姉さんは本を読んでるので、うみ……バイト少年くんはもう遅いので、気をつけてお家に帰ってください」
「で、ですから先生。その雑誌……エッチなコミックなんですが……」
「……はえ?」
もうこれ以上先生を追い詰めたくはない、しかし他のお客さんの視線が集まってしまっているので、一刻も早くエロ本を立ち読みするマスクをした成人女性という構図からは彼女を脱出させてあげたい。
「エ、エッチなんて、そんなこと……ひゃぅんっ!?」
何がとは言わないが、公共の場で見てはいけないページを見てしまった先生は本を取り落としかける――これは買い取りになりかねないが、そんなことを言ってる場合じゃない。
「っ……せ、先生、とにかく本は戻して、一旦外に出ましょう」
「ふぁぁ……こ、こんなのを置いてるなんて、このお店はエッチすぎます、先生は先生として……先生じゃないですけどっ……ま、待って、急に走ると……っ」
俺は先生の手を引いて連れ出す――大丈夫だとは思うが、騒ぎになったことを後で聞かれたら、そのときは素直に説明するとしよう。
◆◇◆
「……それでエッチな本、持ってきちゃったんですか」
「ごめんね、ごめんね……棚に戻そうと思ったんだけど、気が動転しちゃって……は、はい、お金……あと、お店さんに謝罪の電話もしなきゃ……」
「い、いや、俺が何とか説明しておきますよ。POSコードだけ確認させてもらっていいですか、これを入れて一冊売れたことにすれば、在庫が狂うことはないので。お金は俺が入れておきます」
「あ、ありがとう……海原くん、コンビニのことは何でも知ってるのね」
何でもは知らないし、非常時の措置なので、決して褒められたやり方ではない。慌てて先生を連れ出してしまった俺の落ち度だ。
先生は車で来ていたので、彼女に乗せてもらって近くの公園までやってきた。
駐車場に車を停め、先生がなぜコンビニにいたのかを聞くことになったが、せっかく来たからということで車を降り、夜の公園に入った――誰もいないが街灯がついており、昼は動いている噴水が今は止まっていて、辺りは静かだった。公園の中央にあるベンチに誘われ、先生に続いて隣に座る。
「はぁ~……あっ、忘れてた……怪しかったわよね、こんなマスクしたりして」
「初めは目を疑いました。まさか杜山先生が、うちの店にいると思わなかったので」
先生は恥ずかしそうにマスクを外す。帽子は車の中で脱いできていたので、あとは白衣を着れば元通り、学校で見る杜山先生だ。




