第二話・2
短時間に二つの拮抗した存在に触れてしまうと、どうしても比較してしまう。
岸川先生は張りと柔らかさでいうとどちらかと張りを感じるのだが、杜山先生は指の受け止められかたがとても肉感的で、たっぷりとしている。お餅のようだというのか、もっと感触を確かめてみたくなる――と、指を動かす前に辛うじて正気に戻る。
「海原くん、先生の鼓動は伝わった?」
「わ、分かるような、分からないような……」
「それなら、もうちょっとこっちのほうに……ここなら分かるかしら……?」
明らかに恥ずかしがっている先生が、さらに大胆な行動に出るなど想像がつかず、うかつにも俺はまたなすがままに手を取られていた。もっと先生の鼓動がわかりやすい位置――とても直視できない。
とくん、とくんと先生の鼓動が伝わってくる。さっきの位置ではわかりにくかったので、先生の行動は医学的に正しいことなのだ。しかし触れているうちに俺の手がしっとり汗ばみ、トクントクントクン、と鼓動が際限なく早まり始める。
「え、ええと……先生こそ、鼓動がどんどん早くなってるような……」
「ご、ごめんなさい……さっき職員室でいただいたコーヒーのせいね。コーヒーには、そういう作用があるのよ。こんなに鼓動が早かったら、海原くんも落ち着かないわね」
ようやく先生が俺の手を離してくれた――俺の胸に触れていた手もそっと離れていく。俺はといえばまたも頭がおっぱいで満たされており、知的活動が極限まで停滞している。鏡を見たら、さぞ惚けた顔をしていることだろう。
「だんだん熱が引いてきたみたいね……良かった。でも、そういうことなら、他に痛いところがあったりするのかしら……」
「は、はい。ちょっと、バレーをやってるときに着地でポカをしまして……恥ずかしながら、足を挫いたんじゃないかと思うんですが」
「っ……どうして我慢していたの、こんなに腫れているのに。海原くん、我慢強い子なんだから……お姉さんの前では我慢しなくてもいいのに」
杜山先生は俺を椅子に座らせ、上履きを脱がせてくれる。それほど重傷ではないようだが、右足の足首が腫れていた。
「とにかく冷やさないと……氷水につけた方がいいかしら。いえ、まず固定してから、アイスノンを当てた方がよさそうね」
「すみません先生、手間をかけてしまって……」
申し訳なさを口にすると、包帯と湿布などを持ってきた先生は、床に座り込んで俺の方を見上げる。
それはまさに、女神の微笑みと表現するしかない。
杜山先生の笑顔に魅了され、一度保健室に来た男子がわざと怪我をしてリピートしたがり、保健室が混雑するという事態が生じたため、掲示板には今も『保健室の利用は緊急を要するときのみにすること』と貼り出されている。
その状態で何度も保健室に行けば杜山先生目当てだと丸わかりなので、クラスで噂になってまでも保健室に行くような生徒はいなくなった――杜山先生は去年赴任してきたばかりなのでかなり困っていたが、今は解決して安心しているようだった。
「海原くん、あまり曲げたりしないように固定するわね。湿布の上からテーピングをするから、お風呂のときは……自分で外してつけ直すのは大変ね……」
「あ、ありがとうございます。とりあえず痛みが抑えられれば有り難いです」
「ふふっ……海原くんったら。いつもはインテリメガネさんなんて呼ばれてるのに、先生の前だとかしこまっちゃうんだから……可愛いわね」
先生の慈母のような心では、インテリヤクザという言葉は耳に入っても他の言葉に変換されてしまうらしい。
「あ……ごめんなさい、インテリメガネさんって、あまり良くない呼び方かしら。いやな気持ちになったりしてない? 平気?」
「は、はい……そう言われる理由も、分からないではないので」
「海原くん、とっても成績がいいものね……先生ね、試験の結果が張り出されたときはいつも見ているの。海原くんが頑張っていると、自分のことみたいに嬉しいし、もっと応援しなきゃって……頑張れ、頑張れって」
先生が俺の足に湿布を貼り、足首にテーピングを巻いてくれる――動きながら頑張れ頑張れと言うたびに、ゆさっ、ゆさっと胸が揺れている。
「……勝手にお姉さんって言ったりしないでほしい?」
「確かに、恥ずかしいですが……他に誰も聞いてなければ、問題は……というのも、俺が甘えてるわけで駄目なんですが……っ、せ、先生……っ」
「……? どうしたの、海原くん」
先生の位置がまずい――俺から見下ろせる位置に来ると、先生の襟元から覗いている谷間が見えてしまう。
膝を突いて座るときに覗いた脚にも目を向けないようにしていたのに、合わせ技で視線を吸引されてしまう。
「あ……もしかして、そういうことだったりする?」
「す、すみません、見ようとして見たわけじゃ……っ」
平和の象徴的な存在である杜山先生でも、さすがにこの距離で見られたら気がつくだろう。「いやらしい子」と冷たい目で見られても仕方がない、そう思ったのだが。
「この足だと、誰かに補助をしてもらわないと帰り道が心配ね……だからお姉さんに、送り迎えをお願いしてくれるとか……そうだったりしない?」
物凄く期待を込めて見つめられる――俺が言おうとしていたことはもちろん違うが、胸の谷間を見ていましたと訂正もできない。
そもそも、俺と杜山先生の接点はそんなに多いわけではなく、彼女が自分のことを「お姉さん」と言ったり、送り迎えをするような関係でもないはずだ。
しかし先生は、いつそういうことをしてもいいと思っていたような態度で――と考えていると、先生は何かに気がついたように「あっ」と声を出した。




