第一話・2
「ちなみに屈伸とスクワットは似ているが、スクワットは上半身を意識しながらする運動でもある。このようにな」
なぜかスクワットの仕方まで教えてくれる先生――両腕を顔の横に上げた姿勢はさらなる揺れの増大と、豊かな部分が屈伸よりも無防備に晒されている印象を受け、俺はさらに理性の限界へと追い込まれていく。
屈伸とスクワットがこんなに魅力的な運動だとは思わなかった。いや、俺は先生のカリスマ性に圧倒されているだけだ。女騎士先生のスクワットはバレーコートという戦場に出るための神聖な準備運動であって、決して豊かな胸を上下に揺らすところを俺が観察するためのものではない。ないのだが、俺の黒目はおそらくスクワットのリズムに合わせて上下に動いていることだろう。
「では、次に移ろう。海原、足を広げて座りなさい」
「っ……は、はい、先生」
先生に言われるままに座り、足を開く。柔軟性はスポーツテストでも調べたが、去年より微妙に固くなってしまった――と思っていると。
「少しずつ柔らかくしていったほうがいいからな。前にゆっくりと倒して……そうだ、先生が押してやろう」
バレーボールの前にこれほど本格的な準備運動が必要だろうか、とぼんやり思った矢先――背中に、大きくて柔らかいものが二つ、ぷにゅんと押しつけられた。
「っ……せ、先生、準備運動でそこまでしなくても……」
「先生の方がストレッチには詳しいからな、任せてくれていい。痛くはないか?」
痛くはないが、耐えがたい。先生が俺の背中に寄り添うようにして、ゆっくり体重をかけてくる――マシュマロの表面を覆ったブラの凹凸を背中で確かめさせられているかのようだ。
「お、おい……ついに海原君が先生に捕まってるぞ……!」
「じわじわと体重をかけて海原君を……さすが女騎士先生、あれはサブミッションを得意とする武道家の動きだ……!」
俺がある意味で苦しんでいるのは確かだが、苦痛というわけではもちろんない。
俺が戦っているのは自分自身――背中に密着したマシュマロに思考力を奪われ、変な声が出そうになる。ストレッチで筋を伸ばされることなど全く気にならない。
「右足のほうに身体を倒して……そうだ。うぅむ、なかなか硬いな……これでは怪我をしやすいから、継続的にストレッチをした方がいい……聞いているか?」
「き、効いてます……かなり……」
「うん、ちゃんと聞いているな。では、左の方も伸ばしてくいくぞ。息をゆっくり吐いて、1、2、3、4……」
右側を押す時は右の胸が、左側を押す時は左の胸が押し付けられる――体育とは、こんなに何かに耐えなくてはならない授業だっただろうか。
生徒は先生を異性として意識してはいけないのに、これはあまりに卑怯過ぎる。おっぱいは原始の本能、人間のカルマを呼び覚ます兵器とか、そういう類の何かなのではないだろうか。
スーツ姿のときとは当たってくる感触が違い、生マシュマロという言葉を連想させる。ジャージの前が閉じられないゆえに下に着ている厚めのTシャツと、さらにその下に身に付けているブラは、スポーツ用だからなのかワイヤーが入っていないが、先生の大きすぎる胸をしっかりサポートしていた。先生を支えてくれてありがとう、とブラを作った会社の方面に感謝したくなる。
「5、6、7、8……では、最後に前に身体を倒すぞ」
「っ……せ、先生、もうストレッチは十分です。十分すぎるほど柔らかかったですから……っ」
「なにを言う、君の身体はかなり硬いぞ。十分に柔らかくするまで、先生がストレッチを手伝ってもいいほどだからな」
先生は頬を上気させながらも、まだまだやる気に満ちあふれていた。
女騎士先生がついにインテリヤクザを屈服させたと周囲に誤解されつつ、俺は再びマシュマロプレスを受けながらストレッチを継続する。
純、次からは絶対休むなよ、絶対だぞ。期待なんてしてないからな。
「急に大人しくなったな……海原、自分でも筋肉を意識して伸ばさなくては」
優しく耳元で囁きかけられる。先生のためなら何でもできる――いや、おっぱいを押し付けられただけで洗脳されてはいけない。
ようやく解放された俺は身体を火照らせ、足元がおぼつかない状態になりながら、心配そうなチームメイトたちのもとに戻る。
「海原君、だ、大丈夫……?」
「大丈夫だ……問題ない。試合に出るには支障はないから」
「すげえ……あれだけこってり絞られたら、普通だったら体育どころじゃないって」
やはり岸川先生に厳しい指導を受けていたように見られているが、勘違いしておいてもらった方がいいような気はする。