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一節 サクラ・ホワイトは舌バカであった

 ――西暦二一二九年 四月三一日


 十六才の少年ジョウ・キサラギは、ベッドから体を起こした。

 「久し振りによく眠れた」と伸びをすると、窓際においてあったヘッドホンのような物を手に取り、その黒い髪の上から頭につける。


 ジョウ・キサラギ――ジョーという愛称で呼ばれる彼は、幼き日に事故で両親を亡くしている。

 ジョー自身もその事故に巻き込まれたのだが、多目的重機『マシン・ワーカー』によって命を救われた。

 以来彼は、自身もその操縦士となるべく、『マシン・ワーカー』の製造会社の社長であり、彼の命の恩人でもある男に弟子入りしている。

 ジョーが今しがた頭に着けたヘッドホン状の機械は、『ヘッドギア』と呼ばれる『マシン・ワーカー』の操作機器だ。


 ――ちなみにそれらの事実は、この物語に『全く関係がない』。

 詳しく知りたければ、『異界閃機ブレイバー』本編を見よう。


「おはようございまぁす」


 制服に着替えて部屋からでたジョーは、リビングへと顔を出した。

 そして恐ろしく間の抜けた挨拶を、保護者である叔父と叔母に向けて放つ。

 テーブルの上のトーストに手を伸ばすと、ジョーはそれを二口ほどで食べきってみせた。


「おはよう、ジョー君。今日もサクラちゃんは来ないのかい?」

「最近手作りのランチボックスにこだわってるって言ってましたから、多分その関係だと思いますよ」

「そうかい。いや、元気ならいいんだけどね。このところは来てないようだから……」


 『サクラ』というのはジョーの幼馴染で、隣の家に住んでいる少女の名だ。

 いつもは朝にジョーを迎えに来るのだが、ここ一週間程は来ていないのである。

 ジョーは毎日学校で顔を合わせているので、全く心配していない。


「まあ、多分そのうち飽きると思いますよ。じゃ、いってきまぁす」


 叔父の心配する気持ちもわからなくもないと、理解を示すジョー。

 ミルクを口の中に流し込むと、ジョーは一言だけ残してリビングを出た。


「ああ、いってらっしゃい……」

「気を付けてね」


 背中から叔父と叔母の言葉を受け取ると、靴を履いて玄関を出る。

 外は晴天。曇り一つない青空で、孤独な登校を祝福しているジョーには思えた。

 サクラのいない朝は、彼にとってはとても晴れやかで、癒しともいえる時間であった。


 ――当然だが、これから起こる悲劇など想像もしていなかったのだ。



――――――



 時は流れて昼。午前の授業は終わり、チャイムが昼休みの到来を告げたしばらく後。

 ジョーが買ってきた惣菜パンを一人で食べていると、彼の座る席の前に一人の男が現れた。

 その男は前の席の椅子を反転させ、腰かける。


「よお、いつもながら寂しく食ってんな」

「うるさいな。別にいいじゃないか……」


 男の名は、ナオヤ・ヤマシタと言う。ジョーの数少ない友人だ。

 ジョーと同じ黒い髪を持つ、この国では珍しくもない容姿の人物である。

 ただジョーと違うのは、少々色黒である点だ。インドア派のジョーと違い、アウトドア派なのかもしれない。


「それはいいけどよ。この前貸した分、そろそろ返してくれよな」

「わかってるよ。ちょっと待って――」


 金銭的な借りを返そうと、ジョーが財布を取り出そうとしたそのとき――


 力強く、スライド式のドアが開かれた。そのけたたましい響きに、誰も彼もが注目した。

 入室してきたのは、この国では珍しい金髪碧眼の少女であった。

 ジョーのクラスメイトたちは皆一様に、「またか」とでも言いたげな冷めた視線で彼女を出迎えた。


「ジョーはいるかしら!?」

「いるよ。うるさいな」


 そう、彼女こそはサクラ・ホワイト。

 ジョーの居候先の隣人である、幼馴染の少女だ。歳はジョーと同じである。


 サクラの左手には、四角いプラスチックの箱が二つ、重ねて乗せられていた。

 ジョーには、サクラの持っている『箱』が昼食の詰め込まれた弁当箱であると、容易に想像することが出来た。


「お昼まだよね? 多く作ったからアンタにもあげるわ」

「いや、今まさに食べてる最中なんだけど――」


 ――そして、その中身も容易く予想することが出来ていた。

 ジョーとサクラはそこそこに長い付き合いである。互いの好みは、それなりに把握している。

 危機感を覚えたジョーは、少しばかり考え込むように唸ると、視線をナオヤへと向ける。


「……僕はもうおなかいっぱいだから、ヤマシタ君が食べるといいよ」

「はぁ!?」

「おいおい、ジョー……そりゃないだろ」


 サクラが驚愕の声を上げ、ナオヤは呆れたようにジョーを責めた。

 そのジョーにだって、他人からもらった食事を人に渡すことが失礼だということは分かっている。

 だが、彼は無理やりにでも押し付けることを決意していたのだ。ジョーは、まくしたてるように饒舌に語りだす。


「仕方ないじゃないか。僕だって本当は受け取りたい。でも、僕もう食べられないし、それなら食べられる人が食べたほうがいい。その方がサクラのためだし、何より食材が無駄にならない」

「そりゃそうかもしれないけどよ……」

「それに、これで借金をチャラにしてもらえると助かるよ」

「お前、最低だよな……」


 ジョーが提案を耳打ちすると、目に見えてナオヤの眼差しが軽蔑へと変わった。

 しかしそんなやり取りを知らないであろうサクラは、まるで落胆したかのような少し落ち着いた声で話し始める。


「まあ、食べられないなら仕方ないわね。んじゃ、ナオヤにでも味見してもらおうかしら」

「え? いいのかよ」

「別にいいわよ。ジョーのために作ったわけでもないし。ただ、今日は作りすぎただけだし」

「……んじゃ、頂いとくわ。後悔するなよ、ジョー」


 ナオヤがジョーを睨んだ。

 内心嘲笑うジョーは、心の中で告げる。『後悔するのはそちらだ』――と。


「さて、何が入ってるのかなぁ? キャビア? トリュフ? フォアグラ?」

「アンタさてはバカね? そんなもの入ってるわけないじゃない」

「そりゃそうか。いくら金持ちでも、そんなもの昼飯にはしねーよな。じゃあ、この弁当は何なんだ?」

「ふふふ、見て驚きなさい……!」


 ジョーに見せつけるように上機嫌にふるまいだすナオヤに、それにつられるかのように気分よく語りだすサクラ。

 少し面白いと思いながら、ジョーはその茶番を一歩下がった立ち位置で見ていた。


「これが! アタシの提案する究極のランチボックス――!」


 そして、サクラが『箱』の片方を机の上に置き、その蓋を開ける――


「『マスタードサンドボックス』よ!」


 ランチボックスの中から『それ』が姿を現すと、ジョーは一切の興味を失った。

 概ね想像通りであったし、それを口にするのは自身ではないからだ。


 淡白な反応のジョーとは裏腹に、ナオヤの顔は引きつっていた。

 まるで、注文した料理と違うものを出されてしまったかのような、呆気にとられた顔だ。

 そうなるのも、無理はないとジョーは思っていた。何故なら、箱の中身があまりにも味気ないものだったからだ。


「……なあジョー。サクラちゃんの家って、金持ちだったはずだよな?」

「うん、そうだね」


 サクラ・ホワイトの家は、誰もが認める大金持ちである。ちょっとした資産家だとか、地元の名士だとかいう次元ではない。

 彼女の父親は、世界を股にかける大企業の社長なのだ。世界中のありとあらゆる金が、そこには集まってくるのだ。

 それはナオヤだって知っているはずだと、ジョーは認識している。


「食べ物には困ってないはずなんだよな?」

「うん、そのはずだよ」

「じゃあ……その……これはなんだ?」

「『マスタードサンドボックス』って言ってたじゃないか」


 困惑しているナオヤに対して、ジョーはあっさりと答える。

 ご機嫌なランチボックスの中身は、確かにマスタードサンドであった。

 ――黄色い粒無しマスタードだけが挟まれた、なんとも味気なさそうなサンドイッチが所狭しと詰め込まれていた。


 その事実を知らされると、ナオヤはサクラの方へと振り返った。それはまるで、救いを求める子羊の眼だと、ジョーには思えた。


「なによ? ジロジロと見て……。これはアタシの分だからあげないわよ」


 サクラの持って来たもう片方の箱も、やはり『マスタードサンドボックス』である。

 その中の一切れを手に取ると、サクラは二口ほどで食べてみせた。


「うーん……美味しい! 最高に美味! もう、これなしの生活なんて考えられないわね!」


 満面の笑みを浮かべると、サクラは最高の自画自賛を叫ぶ。

 ジョーのクラスメイトたちはその様子を白い目で見ていたが、ジョーは気にしないことにした。

 そしてマスタードサンドを一口(かじ)ったナオヤは、恐る恐るジョーに提案を持ち掛ける。


「ジョ、ジョー……やっぱお前も食わない……?」

「……頑張ってね」


 ジョーはそう言うと、買ってきたコロッケパンの封を切った。

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