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No.09 魔王日記

東洋暦2045年 7月8日 天気:快晴


 今日、私は魔王陛下から日記帳を頂いた。


 私を王の間に召し出された陛下は不機嫌そうなお顔をされてただ一言「やる」と仰せられ、

私にこれを差し出した。

最初は何の事だかわからずに首をひねったが、よくよく考えてみると今日は私の誕生日だった。


 今から考えると陛下は公務の間もどこか上の空であったような気もするし、私にこれを渡されるとき いつもは精悍な顔つきをなされている陛下の頬が少し朱に染まっていたような気もする。


 素直ではないのだ。 それは彼の御方の長所でも短所でもある。


 私のような者のためにこんな品を贈って下さる陛下には感謝してもしきれない。

 せっかく貰い受けたのだから、毎日は無理でも出来うる限りその日のあったことを記そうと思う。

最近は仕事がなかなかに忙しく、東奔西走している状態なので次はいつになるか分からないが。


 何気なく窓の外を見やると漆黒の闇と澄んだ光が私の瞳に飛び込んできた。

空には一片の雲もない。恐ろしいほど美しく輝く月が私を見下ろしている。

こんな光景を生まれた日に見ることのできる私はなんと贅沢なことであろうか。


 さて、ではそろそろ夜も深まってきたようだしこのあたりで筆を置くとしよう。


それでは、おやすみ



東洋暦2045年 7月21日 天気:曇り時々雨


 今日は久方ぶりにのんびりとした一日となっている。


 陛下の公務が少ない日は同時に陛下の側近である私もゆっくりできる日となる。


 こうして私たちがのどかに日々を過ごしてゆくことができるのも、陛下が苦労を(いと)わず国を良くすることに力を尽くして下さっているおかげだ。


 窓の外を眺め悠然と構えられている陛下はやはり今日も気高くお美しい。

 しかし、今日のあの方にはいつもとはまた違った美しさがあった。

普段の落ち着いた雰囲気ではなく、どこか精巧なガラス細工のように儚い印象を持つ。


 唐突に陛下がこちらを向かれた。

 まずい、今は仕事の合間にこれを書いている状態だ。そんな所を陛下がご覧になったら……。


「どうかしたか?」


 非常に短く、それでいて簡潔に自身の疑問を問われた。

 私は慌てぬよう出来るだけゆっくりと落ち着いて言葉を選ぶ。

 頬にツゥと冷たい汗が流れた……。

そして結局、何でもありませんとだけ答える。

 あぁ情けない。


「そうか、ならいい」


 陛下はまた書類に目を移すと少し中断していた仕事を始められた。

私もホッと息をついた。 

 さて、陛下に怒られる前に私も仕事を再開するとしよう。

 と言う訳で一度筆をおく。



  さっきの続きだ。

この日記は部屋で書いているので問題はない。


 あのあと私は真面目に仕事を続け、普段よりだいぶ早く仕事を終えて陛下を手伝おうと彼の御方に書類の残量を尋ねた。


「三枚だ」


陛下はそっけなくお答えになった。 いつものことだが。

 その間にまた一枚新しく署名がなされた書類が増える。陛下は目を書類から離さぬまま仰った。


「特に手伝うこともない、下がれ」


 私は肯定の返事を返し、自室に戻ろうと陛下に背を向けた。


 その時だ。

不意に後ろから陛下のお声が聞こえた。


「私が贈った物を使ってくれるのは嬉しいが、仕事中は自重しろ」


 咄嗟のことであった。

私は羞恥で顔が熱くなったが、失礼にならぬよう一礼をして部屋を出た。


『贈った物』とは日記のことであろう。

 やはり陛下は気づいていらしたのだ。


 あぁ、今思い出しても本当に情けない。

 これからはどんなに余裕があっても日記は部屋で書こうと思う。


 陛下にもうあんなお顔をしてもらいたくはない。



東洋暦2045年 8月14日 天気:雷雨


 今日は嫌な日だった。 

 嫌な予感ほどよく当たるというが、まさかこんな形で当たってしまうとは思ってもみなかった。


 嫌な予感がし始めたのは隣国から使者が来たときからだ。

 普段ならそんなことはない、むしろ歓迎さえする。


 しかし、使者が伝えに来た その内容に問題があった。


『我が国は彼の国に宣戦布告する所存であることを通告いたす。』


これが凶報でなくて一体なんだというのだ。


 唐突な隣国からの宣戦布告。


理由はわからない。しかし、おおよそ見当は付いている。

 我が国の民族の髪や目の色が気に入らないのだ。


【漆黒の光は世を壊す】


 隣国の王はそんな伝承を信じている。

一度あいまみえた時、陛下の純黒な髪と蒼黒の瞳の色を見て恐ろしげに悲鳴を上げた。


 我が国の人民が何をした。平和に暮らしているだけではないか。


《漆黒の光》? 瞳の色で未来を決めてかかる者の気がしれない。

我が国王の髪と瞳の色がそんなに気に入らぬということか。


 ならば受けて立とう。


 今までは魔王という通り名を陛下は甘んじて受け入れてきたが、もう許さない。

許すわけにはいかない。


私はいくらでも貶すがいい。

しかし、我が国民を、偉大なる魔王陛下を貶めた罪は深い。


そのような口、二度と開かせてなるものか。



 東洋暦2045年 8月26日 天気:晴れ


 今日、陛下が危険な目にあわれた。


陛下が自室で仮眠をとっている所に暗殺者が紛れ込んだのだ。

幸い私がその現場に居合わせ、撃退したから良かったものの……。


 暗殺者を追おうとした私は陛下に止められた。

私の腕を決して離そうとしなかったその手は、震えていた。


「誰も傷つかぬ道をゆきたい」


陛下は小さく呟かれた。


生来、臆病な方なのだ。

このような環境に耐えられるはずがない。


 前述の日記の次の日、我が国は隣国に宣戦布告をした。

その日からこんな日々が続いている。

 一時でも気を抜くことなどできない。


 敬愛する陛下へ


どうか、どうか強くおなり下さい。

切にお願い申しあげます。


そして、

ごめんなさい。


 次にこの日記を書く日がいつになるか分からない。

ひょっとしたらもう書くこともできないかもしれない。

だからここで一度区切りをつけようと思う。


 我が身が滅びようとも、我が国に幸いの光が舞い降りんことを。



東洋暦2045年 9月3日 天気:雨 所によりみぞれ


 悪化していく戦況と、敵の攻撃が日増しに激化して行く。


そんな中、人民たちは文句も言わず必死に戦ってくれている。

 傷つき、苦しみ、悲しんでいるはずなのに。


 ただただ自国の王を慕い、王が誹謗されればそれを自分のことのように怒る国民が

私は愛おしくてたまらない。

陛下も「民たちのために我らは立つ。目的を見失ってはいけない」と再度我が身を奮い立たせていた。


私も彼らの信頼にこたえるためにも頑張らねば。


 先ほど『文句も言わずに』などと書いてしまったが人々の中には慟哭しながら申し出てくる者もいる。

戦争などやめてほしい、と。

 唇を噛み締めて泣いていた。


 しかし私たちは止まらない。

決して。


涙を見せぬための戦いで見せる涙……。

これほど辛いものはない。


誰にも、涙など流してほしくはないというのに。



東洋暦2045年 9月12日 天気:曇り


 今日陛下が倒れられた。


無理もない。

陛下のお体はもともと健康とは到底言えない。

血の病に侵されたその重い体をよくここまで保たせたものだと思う。


病名は【小球性低色素性貧血】という。


簡単に言うと、血が薄いのだ。

だから一度血が出るとずっと止まらないし、常に体中に空気が行き届いていない状態となる。


私の失態だ。陛下のご様態を気にしている暇がなかった。

いや、それも言い訳だ。とにかく今は陛下の一時も早い快復を祈るばかりである。



東洋暦2045年 9月20日 天気:曇り


 とんでもないことが起きた。


私が襲われたのだ。


 不覚だった。

背を取られた私になすすべはなかった。

剣が振り上げられ、もう駄目だと思った。


 しかしその瞬間、別の人物が私と暗殺者の間に割り込んだ。


「陛下!?」


私は叫んだ。

 あの方が、私に向って振り下ろされはずだった剣を宙で受け止めていた。

傷つくことにあれほど臆していた陛下が。

 敵は暫くの間打ち合いをしていたが、誰かに邪魔された以上失敗ということか窓のガラスを割って逃走した。

 抱きすくめられた私は陛下の腕の中でジッとしているしかなかった。


敵が去った後、私は陛下がお怪我をされていないかひどくあせって問うた。


「ない、お前は?」


私のことなど……。


「私はお前に傷ついて欲しくはないのだ。 なぜわからない? どうして気づかない?私は………。」


 とくとくとくとく


「陛下?」と私は尋ねた。なんだか陛下の鼓動が早まっているような気がしたのだ。

 ふと見上げると……。


ん? もしかして私はとんでもないものを見たのではないか?


 困ったような、怒ったような、照れたような、陛下のお顔。

それは普通の、何の変哲もないただの男性の、表情だった。

 刹那、苦しいほどにきつく私を擁かれていた陛下はポツリと呟かれた。


「……惚れた女(・・・・)を抱きしめていたら誰だってこうなる。」


 それを聞いた私は混乱して動揺してついには声にならない声を上げた。


 頭の中では「身分が違いすぎるのでは?!」とか「ここ戦場!」などと下らないことを考えていたが、やはり声にならない。


 パクパクと口を開閉する私を見て、陛下はふうとため息をつかれ呆れた顔で見下ろす。


「お前はさっき何を聞いていた?」


 私の口から出る言葉は「いや、あのえっとその……」ばかりだ。


陛下ははもう一度小さく嘆息すると


 「もういい…………黙れ。」


 やわらかく彼の唇が私の唇を塞いだ。


  *  *  *  


東洋暦2048年 10月10日 天気:快晴時々天気雨(所により虹)


今日、久方ぶりにこれを見つけた。

 棚の片隅にあった赤い表紙に黒と金の刺繍……見間違えるはずがない。

部屋の整理をしていたのだが、運よく一区切り付いた処だったのでなんとなく書いてみようかと思う。

 戦中の、あの日書いたきり無くしていたと思っていたのだが、こんな所にしまいこんであったとはな。


 さて、久々に書くこととなって気づいたのだが、どうも日記と言うものは長い時間をおくと書かなければならないことが多くなりすぎる。

正直少し動揺している。


 そうだな……。

では、まずはあの後会ったことを少しだけ記しておく。 だいぶ時間がたっているので本当に断片的なことだけだが。


 あのあと我が国は戦争に見事勝利し、隣国から払われた賠償で国を再生した。


 国民にはつらい思いをさせたと陛下は直々に城下に赴き謝罪をした。

 みな最初はポカンとした表情を見せ暫く時間がたったが、一人が困った顔で近づいて来て「顔をお上げください。私たちはあなたを怨んではいません」と告げた時、そこにいた者がこぞって陛下のもとへ集まり一斉に「あなたが悪いわけではありません」「悪いのは難癖をつけてきた隣国です。謝らないでください」と口々に言い合った。


恥ずかしながら、私は感涙が出た。

陛下も、戦争が終わったあともずっと強ばったままだったお顔を、ほんの少しだけ和らげられていた。

それを見て皆笑みがこぼれた。


 そしてあれから数年が経った今日、この部屋ともお別れだ。

引っ越しの時が来た。

長年慣れ親しんできたゆえか、少し寂しい気もする。

この部屋では本当に多くの幸せと悲しみを共にしてきた。


 おっと危ない、また泣いてしまうところだった。気をつけねば、日記が滲んでしまう。


 しかし、そんなことで涙を流すことももうないと思う。

引っ越した先にはもっと多くの幸せが待っている。


さぁそろそろ行くとしよう。

これを見ればきっと彼も喜んでくれるだろう。



 美しき黒の瞳を持つ、優しい魔王のところへ。


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