4話
「おおお…!」
「これは…!」
それまで状況を見守っていた貴族たちから、大きなどよめきがあがる。
無理もない。彼らは今まさしく、「奇跡」を目の当たりにしたのだから。
黄色の花が完全に開ききると、王は、植木鉢をみなの前に大きく掲げた。
「見たであろう。今、フランセア嬢は、一瞬にして、種の状態だった花を見事に咲かせた。これは、フランセア嬢が、まごうことなき聖女であらせられる証である」
貴族たちの瞳が、希望で光った。
「何ということだ…!」
「まさか、聖女さまを、この目で拝見することができるなんて…!」
「聖女さま…!」
「フランセアさま!」
聖女フランセアが起こした小さな奇跡が、会場を喜びで満たして行く。
だが、そんな中で、たった一人だけ、現状に物申す者が現れた。
「嘘よ! フランセアが聖女の訳ないわ!!」
歓喜の声を打ち消すように、金切り声をあげたのは、カリトス王子の想い人であり、ゲームの主役でもあるヒロイン、ラビナだった。
ラビナは、素足が見えるのも構わず、乱暴にドレスの裾を持ち上げ、大股でフランセアに近づくと、フランセアを睨みつけた。
「フランセアは…、この女は、わたしにひどいことをしたのよ! わたしが殿下のご寵愛を受けたことが気に入らなくて、散々嫌がらせをしてきたのよ…! そんなろくでもない女が、聖女の訳ないじゃない!!」
ラビナは、今にも掴みかかろうとする勢いで、フランセアを断罪した。
「…っ」
フランセアが、びくりと肩を震わせる。
そこへ、低い声が聞こえた。
「騎士団長、ラビナ・フィルタスを捕らえよ。罪状は、聖女への侮辱罪だ」
「はっ」
声の主は、国王ザカリアスだった。
そばに控えていた騎士団長は、国王の命に従い、あっという間にラビナの両手を後ろ手に掴んで拘束する。
「い、痛い! 放してよ! 何この人! カリトスさま、助けて!!」
必死になって、カリトス王子に助けを求めるラビナ。
フランセアが聖女だったと目の前で見せられ、呆然としていたカリトスだったが、愛おしい女が乱暴な扱いを受けるのは見逃せなかった。
「ラビナ! おい騎士団長! ラビナを放せ!」
しかし、カリトスは、ラビナのもとへ、辿り着くことはできなかった。
騎士団員たちが、自らの団長を守るようにカリトスの前に立ちふさがったからだ。
「お前達…! わたしを誰と思って前に立つ!? 不敬であるぞ!!」
カリトスは、唾を飛ばしながら叫んだが、団員たちは、首を振った。
「恐れながら殿下。我々の主は国王陛下にございます」
「1年後には、わたしが国王だ!!」
「確かに。でも現国王は、ザカリアス陛下です」
「お前ら…!!」
淡々と言い放つ騎士団員に、カリトスは、歯をぎりぎりと噛みしめた。
「その顔、確かに覚えたぞ!! わたしが国王になった時には、どうなるかわかっているだろうな!? お前らの一族もろとも全員鉱山送りだ!! もちろん、女子供もな!!」
カリトスの言葉に、方々から息を詰めたような叫び声があがる。
鉱山送りとは、いわゆる強制労働だ。
男たちは、毎日大量の土や岩の塊を運び、女は、採掘された石をひたすら加工し続ける。
300百年前までは、食事も衛生事情もひどいもので、鉱山送りになることは、いわゆる死刑とされていた。
しかし、その有様を知った聖女が、罪人たちへ情けをかけたことで、食事は人並みになり、職場や寝床も定期的に清掃されるようになった。
それでも、騎士団に所属しているのは、比較的恵まれた家庭で育った者たちだ。
厳しい訓練を積んだ騎士本人ならばともかく、その家族たちに耐えられる環境ではない。
にもかかわらず、騎士団員たちは、一歩も引かなかった。
そんな部下の堂々とした姿を引き受けるように、騎士団長は、ラビナを拘束したまま言い放った。
「かまいません。わたしたちは、あなたの浅慮で国外追放となった聖女と、共に参りますので」
「…!」
その言葉に、カリトスは息を詰まらせた。
「い、いや…、……国外追放は…、…」
もごもごと小さく訴える声は、カリトスの周囲にいるものでさえ、かすかにしか聞こえない。
そんな息子の様子に、ザカリアス国王は、深いため息をついた。
「カリトス。お前は既に、エルジナ王国第1王子の名に於いて、フランセアを国外追放に処した。第1王子として下した采配は、そう簡単に取り消せるものではない。わかっておるな?」
「……っ!」
王の言葉に、カリトスは、びくりと肩を震わせた。
「で、ですが父上…」
「言い訳は聞かぬ。そして、このような大勢の貴族たちの前で放った言葉は、取り消すことも出来ん。お前も1年後には王になるのだから、よく心しておくが良い。――――もっとも、お前のもとに、臣下が残ればの話だがな」
「は?」
王の言葉の意味がわからず、カリトスはきょとんとして首をかしげる。
そんな無防備な息子の姿に、ザカリアスは、すこしだけ、幼少のころの無邪気な息子の笑顔を思い出した。
………甘やかしすぎたか…。
ほんの数秒、心の中で自嘲したものの、すぐに威厳ある王の顔を取り戻す。
そして、カリトスをはじめ、会場内にいるすべての人々に聞こえるよう、声を張り上げた。
「わたしは、1年後、王位から退き次第、聖女の後を追う。実は、数年前からわかっていたのだが、この国の土はすでに痩せ細っており、今後は、聖女の力をもってしても、これまでのような豊作続きにはならぬのだ。そこで我らは、新しい土地を探した。国民全員が豊かに暮らせる、実りある大地を。そして、海の向こうに見つけることができた。こちらにおわす聖女フランセアさまのお導きゆえだ。国民が暮らせるよう、少しずつではあるが、準備もしてきた。移住を数年早めなくてはいけなくなったのは、予想外だったが、聖女のご加護があれば、きっと乗り越えられるだろう」
「――――」
王の言葉は、長年の安寧に慣れ切っていた貴族たちを驚愕させた。
扇で口を隠すのも忘れてぽかんと口を開いている貴婦人がいれば、経験のない不安定な暮らしに恐怖を覚え、歯をかたかたと鳴らしている貴公子もいた。
そんな中、毅然と言葉を発したものがいる。
「わたくしも、ご一緒させていただきますわ。陛下」
王の話の途中から、となりに寄り添っていた王妃だ。
「お前はそう言ってくれると思っていた」
王が満足そうに微笑むと、妻も、その美しい顔を花のようにほころばせた。
「わたくしは、どこまでも陛下と共に参ります」
「うむ」
王妃の言葉に王はうなずいて答えると、目線を棒立ち状態になっている貴族たちに向けた。
「お前たちには、選択する権利を与えよう。聖女とともに、新たな大陸に向かうか、あるいは、第1王子カリトスの治世に未来をゆだねるか。我が国と同盟を結んでいる隣国への移住も選択肢に上がるであろうが、かの国は貧しい。そこで、聖女さまは、許可さえ降りれば、隣国の希望者も共に新大陸に渡ろうと仰っておられる」
「…!!」
とたん、貴族たちの間に、まるで荒波のようなどよめきが起こった。
「も、もちろん、わたしは陛下のお供をいたします!!」
「わたしもだ!」
「わたくしは、聖女さまと参りますわ!!」
「わたくしも!」
まるで、つられるように声をあげる貴族たちだったが、その言葉には、確かに彼らの意思が宿っていた。
王は、この場にいるもの全員が、新しい大陸へ渡ると決めたことに満足する。
だが、やはり、納得のいっていない者はいるようだった。
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(C)結羽2017
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