表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/7

3話

 その姿は、つい先ほど堂々と会場入りした時とはうって変わり、まるで、一気に10年以上年を取ってしまったかのようにやつれ切っていた。

「父上…?」

 明らかに憔悴している父に気づき、カリトスは、不思議そうに声をかける。

 そんな息子の視線を受け流し、ザカリアスは、ちらりと隣を見る。

 隣に座している王妃ナターシャは、扇を最大まで広げて、目から下をすっかり隠してしまっていた。

 恐らく、苦悩に歪んでいる美しい顔を、みなに見せまいとしているのだろう。

 しかしそれでも、慈愛深い海の色と称えられた、紺碧色の双眸だけは、毅然と前を向いている。

 ―――――まったく、見上げた女だ、お前は。

 王妃に背中を押された王もまた、奥歯をぐっと噛みしめ、覚悟を決めて、前を見据えた。

「まずは宣言しよう。今日から1年後、わたしはエルジナ国王の座を退き、王位を、我が息子、カリトスに譲るものとする」

「…!!」

「王…!」

「何を…!!」

「ええっ…?!」

 突然の退位宣言。

 それは、この場にいる有力貴族たちを驚かすには、十分過ぎる内容だった。

「父上…!!」

「やった…!」

 これに喜んだのは、カリトスと、そして、彼を取り巻く4人の子息だ。

 自分たちの意見が認められた、そう思ったのだろう。

 そんな彼らを後目に、王はあっさりとした口調で言った。

「そして、フランセア・マナミート嬢であるが…、これを無罪とする」

「?!」

「は…?!」

 これに驚いたのは、カリトスと4人の子息だ。

 今の今まで喜んでいた表情を、一気に曇らせる。

「どういうことですか! 父上!!」

 カリトスは、王を睨みつけると、青い顔で父オッテスに寄りかかっているフランセアを、勢いよくゆびで指した。

「この女の罪を、すべて許すおつもりですか! 父上!!」

 まるでしつけのなっていない犬のように、きゃんきゃんと吼えるカリトス。

 そんな彼の様子に、王は深いため息で答えた。

「許すも何も、フランセア嬢は何ひとつ罪を犯していない」

「!! 何を証拠にそん」

「お前が言ったのだ、カリトス」

 王子の薄っぺらい咆哮は、小さくはあっても、力強い王の声に、完全にさえぎられた。

「は…?」

 威厳に押された王子がようやく口を閉ざすと、王は静かに告げた。

「お前が自ら、フランセアの無罪を証明したのだ。先ほど言っていたろう。――――聖女は、どのような愚か者にも、ご加護を下さるのだ、と」

 この時、会場にいたほとんどの者が、思わず息を飲み込んだ。

 そして一瞬息をすることすら忘れ、その視線を、じっと1人の少女、―――――フランセアに向けていた。

 彼らの意識がフランセアに向いている間に、王は、従者の手にあった、小さな鉢植えを手に取り、立ち上がった。

 そして、フランセアのそばまで行くと、恭しい仕草で、フランセアに、湿った土が入った鉢植えを差し出す。

「フランセア嬢…。いや、フランセアさま。……約束の時が参りました。今こそ、ここに聖女の証を立てていただきとう存じます」

「………」

 フランセアは、薄紫色の瞳を、すっと伏せた。

 今ここで、証を立てたからと言って、何が変わるのだろうか。

 身に覚えのない罪で裁かれた心は、すでにボロボロだった。

 前世の記憶を思い出したのは、8歳のころ。

 婚約者として、初めてカリトス王子に出会った時だった。

 それから、今生きているのが、前世でプレイした恋愛ゲームの世界で、自分は、その中の登場人物、悪役令嬢として生まれ変わったことを知り、絶望した。

 ヒロインであるラビナと5人の攻略対象者。

 ヒロインが誰と結びついたとしても、悪役令嬢である自分は、命を落とす運命にある。

 小さな頭で悩みに悩んで、結局フランセアは、「何もしない」ことに決めた。

 たとえこれから何が起こっても、自分は、ゲームの展開には一切関与しないと。

 そう決意を固め、ゲームの舞台である学院に入学したのに。

 だが、ヒロインが攻略対象者たちと出会い、親密になって行くにつれて、知らないうちにゲームの展開に巻き込まれていた。

 ヒロインとすれ違えば、突然彼女が転んだり、顔を抑えてうずくまったり。

 学院の植木に元気がなかったので世話をしていたら、突然悲鳴があがり、振り返ると、ラビナ嬢が泥だらけで倒れていたこともあった。

 何もしなくても、ゲームのシナリオから逃れることはできないのか。

 そう思って泣き明かした夜もあった。

 さらに、日を追うごとに、ヒロインの取り巻きが、フランセアに対する憎しみを募らせていった。

 彼らが向ける冷たい視線は、フランセアの心を常に凍らせ、怯えさせた。

 そんな辛い日々の中、たったひとつ、フランセアを支えた事実があった。

 それは、ゲームの悪役令嬢にはなかった力を、フランセアが持っていたこと。

「――――」

 フランセアは、王の持つ植木鉢に手をかざした。

 こうすることで、無実が証明できるなら。

 フランセアの罪状に、家族を巻き込まないで済むのなら。

 フランセアは、いつも元気のない植物に語りかけるのと同じように、静かに祈った。

 そして、手をかざしてからほんの数秒。

 王が手にする植木鉢に、変化がおとずれた。

 土の中から小さな芽が出て、するすると茎や葉が伸びる。

 やがてつぼみがそっと開き、まばゆいほどの黄色い花びらが、ふわりと広がった。



#######

(C)結羽2017

#######

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ