2話
「………!!!」
王子の迷いなき宣言に、王、そして王妃の顔色が、明らかに青ざめた。
そして、話を聞いていた人々は、呆気に取られた表情で、その場に立ち尽くす。
寒々しい空気が流れる中、王子だけがはつらつとした様子で口を開いた。
「侯爵令嬢であるフランセア・マナミートは、その地位を利用し、ラビナ・フィルタス嬢に数々の誹謗中傷を投げかけ、彼女を仲間から孤立させました。時には、配下の者を使って、彼女の机の中にガラスの欠片を入れて、怪我をさせたとの報告も受けております。そのような女は、聖女の加護を受ける我が国の王妃に、わたしの妻に相応しくありません!」
まっすぐ王を見据えて言い切るカリトス。
「………」
しかし、王の視線は、意見を述べる息子にではなく、告発を受けたフランセアに向けられていた。
普段、うすい桃色に染まっているやわらかいほおは、すっかり色を無くし、毅然とした輝きを放っていた薄紫色の双眸には、うっすらと涙がたまっている。
まるで目の前で矢をつがえられた小鹿のように、細い指を口もとにあてがい、小刻みに震えている様は、見るからに痛々しかった。
王子の上奏が終わると、続いて、4人の少年が王の前へと進み出た。
現国王の弟ランセスの息子、セラム・リグル。
公爵であり、宰相の地位も担っているサートス家嫡男の、ウルマ・サートス。
侯爵子息のレグルス・ラフド。
そして、カタニカル伯爵家嫡男、ロイズだ。
それぞれ個性はあるものの、全員が美男子と言っていい外見をしており、学院の成績も優秀で、親にとっては自慢の息子たちだった。
彼らは、第1王子とラビナの後ろで立ち止まると、互いにうなずき合う。
「王、わたしたちからも、申し上げる議がございます」
彼らを代表して声をあげたのは、王弟の息子、セラムだった。
「………発言を許す」
王は疲れた様子で、ぞんざいに手を振った。
貴族たちには、その仕草が、食べ物にたかろうとした蠅を追い払うように見えた。
しかし、王や名だたる貴族たちを前にして、まるで晴れの舞台に立っているかのように錯覚しているセラムたちに、王の心境を推し量る余裕はないようだった。
「はっ!」
セラムは、さわやかに王へ一礼をすると、右手をあげて、壁の端に控えているフランセアを指した。
「そこにいるフランセア・マナミートは、ラビナ嬢の可憐さに嫉妬し、ラビナ嬢の顔に傷をつけようとしました」
「突き飛ばしてケガをさせた上に、ラビナ嬢に泥をかけたこともあります」
「フランセア・マナミートがラビナ嬢に向ける憎悪は、人の域を遥かに越え、禍々しく思えました」
セラムに続いて、ウルマ、レグルス、ロイズの順に意見を述べる。
爵位順に整然と述べたことから、彼らが事前に入念な打ち合わせをしていた様子がうかがえた。
3人が上奏を終えると、再びセラムがその場を引き取る。
「殿下が仰る通り、フランセア・マナミートは、公平正大な陛下が治め、やさしき聖女に護られしこの国に、相応しくない存在と思われます」
そこまで告げると、セラムは口を閉ざし、今度は第1王子カリトスが声をあげる。
「つきましては、父上、この女、フランセア・マナミートを、聖女の加護を受ける王家への反逆罪とみなし、エルジナ国第1王子、カリトスの名に於いて、国外追放の刑に処すことに致したく存じます!! わかったな? フランセア」
カリトスは、会場に入ってから初めて、フランセアに目線を向けた。
それは、まるで汚物を見るかのような、侮蔑に満ちたまなざしだった。
「…!」
フランセアは、その暗い瞳に押されて、数歩ほど後ろによろけた。
カリトスは、そんな彼女を、フンと鼻で笑う。
「お前は、醜い嫉妬に溺れた今でさえも、美しいドレスを身にまとい、裕福な暮らしをしている。それができるのは、お前が、聖女の加護を受けているからだ。人の域を越えた憎悪を身にまとった今ですらだ。わたしは、お前を見ていて、聖女は、どのような愚かな者でも、決して見捨てたりしないのだと知ったよ。まったく聖女は素晴らしい。だからこそ、わたしも、お前の命までは取らん。だが、王家にお前の醜い血が混ざるのだけは、到底許しがたいのだ。だから、お前の罪を、国外に追放することで許してやろうと言うのだ」
「………っ」
王子の言葉を真向から受けたフランセアは、もはや立っていることもままならず、ふらりと膝から崩れ落ちる。
そこへ手を差し出したのは、彼女の父、オッテスだった。
「……お父さま…」
薄紫色の瞳が、弱弱しく父を見上げると、父は、娘に向かってわずかにほほえんだ。
「辛いなら、寄りかかっていろ」
「……はい…」
フランセアは、小さくうなずくと、父のたくましい腕に身体を預ける。
ほう、と少し安心したように息を吐き、瞳を閉じると、まなじりから、一滴の涙がこぼれ落ちた。
そこへ、面白くなさそうなカリトスの声が上がる。
「罪人をかばうか、マナミート候」
「娘は、罪人ではありません」
フランセアと同じ、薄紫色の瞳が、カリトスを見据える。
オッテスの視線は、まるで、往年の時を経た宝石のように、深く静かな輝きを放っていた。
カリトスは、ぎりりと歯を噛みしめた。
「…っ! 何を言うか! お前の娘は罪人だ! わたしの愛した娘を、嫉妬のあまり殺そうとした、醜い女だ!!」
カリトスが叫ぶ様は、まるでライオンに怯える犬のよう。
立場はカリトスの方が強いはずなのに、何故か雰囲気でオッテスに押されている。
「証拠は?」
「……何?」
「ですから、娘がそこの…ラビナ嬢を攻撃したという証拠はどこにありますか?」
「証拠か」
カリトスは、フンと鼻で笑いながら、背後にいる、セラムたち4人を指した。
「先ほど、この場で意見を述べた、この者たちが証人だ」
得意気に言うカリトスに、オッテスは、小さく息をついた。
「彼らでは、証人になりません」
「何だと…!?」
「聞けば、彼らは、そこのラビナ嬢と非常に懇意にしていた様子。よって、彼らの意見は、参考にはなりません」
「彼らとは何だ! マナミート候!!」
「そうだ! 王弟のご子息様と、公爵を父に持つわたしに対して、不敬であるぞ!!」
オッテスの言動に吼えたのは、王弟子息のセラムと、公爵子息のウルマだった。
侯爵家のマナミートの方が立場が下なので、本来ならば、彼らの言い分が正しい。
だが、オッテスが、自分の言動を取り消すことはなかった。
「構わぬ。どうせ我らは国外に追われる身。今となっては、この国の爵位など、関係ない」
開き直った、と言われても仕方のないほど堂々と答えたオッテスに、セラムとウルマの怒りが爆発する。
「貴様ぁ!! 殿下! このような不届き者を、野放しにしておかれるおつもりか!!」
「セラムさまの仰る通りです! 殿下! ご采配を!!」
「う、うむ…!」
鬼の形相で詰め寄る2人の迫力に、すこし引き気味になりながらも、カリトスは瞬時に考えついたオッテスへの沙汰を出すために口を開く。
しかし、カリトスが言葉を発する前に、小さな、それでいて、重圧のある低い声が、カリトスを遮った。
「待て、カリトス。―――――わたしが裁く」
声の先に居たのは、エルジナ国王、ザカリアスだった。
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(C)結羽2017
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