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1話

 マナミート侯爵の当主オッテスは、目に映る光景の不自然さに眉をひそめた。

 エルジナ国第1王子であるカリトスが、彼の婚約者であるはずの愛娘、フランセアを伴っていないのだ。

 今日は、王国一の広さと豪華さを誇るこの大聖堂で、王子が無事に学業を修めた祝いと同時に、彼が次代の王になるための誓いを、主だった貴族の前でする予定となっている。

 王子が王の誓いを立てるのであれば、そのとなりに次の王妃となる者が立つのは、ごく当然のことであるにもかかわらず、王子は、将来の妻をエスコートしていないのだ。その代わり…とは言い難いが、まるで天使のような、かわいらしい少女が、王子にぴったりとくっついている。

 ああ、これが噂の、王子が懸想しているという娘か。オッテスは、冷めた目つきで、王子の腕に寄りかかるように手を添えている少女を見据えた。

 会場に訪れた貴婦人たちも、眉を顰めながら、小さな声で話している。

「…いったいどういうことですの?」

「殿下とご婚約なさっているのは、マナミート侯爵家の、フランセア嬢ではなくて?」

「ええ、確かにわたくしもそう伺っていたわ」

  その後、フランセアがなんと1人で会場入りをし、入口で淑女の礼を取ると、大きなざわめきが起きた。

「まあ…! フランセア嬢が、おひとりでいらっしゃったわ…!」

「まさか、おひとりで来られるなんて…」

「…でも、殿下と婚約されているフランセア嬢が、他の男性とご一緒されては、殿下を侮辱することにもなりますし…」

「おひとりで来られれば、好奇の視線にさらされるのは、お分かりでしたでしょうに…。ご英断をなさったわね、フランセア嬢」

 噂をしている貴婦人たちも、オッテスにとっては、娘を好奇な目で見ている者なのだが…。

 フランセアを悪く言う者は、今のところいないようなので、とりあえずよしとしておいた。

 話し声がまわりに漏れないよう配慮しながら、貴婦人たちの密かな会話は続く。

「ところで、殿下がエスコートされていらっしゃるあの女性、どなたかご存知?」

「いいえ、存じ上げませんわ」

「わたくしもよ」

「わたくしも」

「まあ…! 社交界の花形、ベネゼア公爵夫人でさえご存知ないなんて…」

「ほんとうに…」

 それぞれ美しく着飾った貴婦人たちが、大きく肩を上下させて驚く。

「あの…」

 そんな中、ひとりの女性が小さく声をあげた。

「何かしら? ラバンダ伯爵夫人」

 集まっている貴婦人の中で、一番地位の高いベネゼア公爵夫人がうながすと、ラバンダ伯爵夫人は、おずおずといった感で話し出した。

「……あの方、フィルタス伯爵家の養女になった、ラビナ嬢だと思いますわ」

「養女?」

 ベネゼア公爵夫人がいぶかしげに訊ねたので、ラバンダ伯爵夫人は、すこし怯えた様子でうなずいた。

「ええ…。実は、フィルタス伯爵が、3年ほど前に、あの少女と一緒に我が家を訪れまして…。その時に、伯爵のご息女として彼女を引き取ったと伺いました」

「……」

 ラバンダ伯爵の言葉に、貴婦人たちが顔を見合わせる。

「確か、フィルタス伯の奥方さまも、3年前に亡くなったはず……」

「ということは…」

「……隠し子…、かしら?」

「おそらく…」

「まあ! だとしたら何てことでしょう…!」

 貴婦人たちが、頭を振りながら嘆き合う。

 亡くなった伯爵夫人を悼んでのことなのか、それとも、夫人というものがありながら、他の女に手を出した男への侮蔑なのか。

 恐らく、両方だろう。

「でも…、正式にご息女とされたのなら、まずはベネゼア公爵家にご挨拶をされるのが社交界の筋でしょうに…」

 貴婦人の1人が首をかしげると、ラバンダ伯爵夫人が答えた。

「それが…、当時のラビナ嬢は、こう申し上げてはなんですけれども、淑女のマナーというものが、まったく身についていらっしゃらなかったようです。お紅茶は音を立ててすすり、ケーキを手でつかみ、握りつぶしながら食べようとする始末」

「……まあ…」

「それにあの方、わたくしとフィルタス伯爵の会話をさえぎって突然話し出すものですから……。あれではとても、わたくしはともかく、宮中で一番社交をご存知のベネゼア公爵夫人さまと会われるのは…、あちらもかなりの勇気が必要かと」

「それは…」

「……ちょっと無理そうですわね」

 2人の貴婦人がちらりとベネゼア公爵夫人を見る。

「………」

 口もとこそ扇子に隠れているものの、眉間に寄っているしわの多さが、社交界にこの人あり、と言われるベネゼア公爵夫人の嫌悪感を示していた。

「まっ…、ちょっとご覧になって、みなさま」

 貴婦人の1人が、小さく声をあげて、みなの視線をうながす。

 その先には、噂の第1王子とラビス嬢がいた。

 ラビス嬢は、王子の腕に両腕をからみつかせ、身体を密着させている。

 王子も、まんざらでもない様子で、ラビスのほおを指でなでていた。

「まあ…」

 金髪碧眼は王ゆずりで、容姿は、エルジナ国建国以来の美妃と名高いナターシャ王妃とよく似たカリトス王子と、人を引き付ける愛くるしい容姿を持つラビナ嬢が寄り添う姿は、見るだけならば確かに美しい一対だ。

 だが、他に婚約者がいる者の行動としては、不誠実極まりない。

 この場にいた誰もがそう思ったが、口に出せば不敬にあたる。

「………」

 だから貴婦人たちは、目くばせをすることで、互いの不快感を理解し合った。

 ベネゼア侯爵夫人が、小さくつぶやく。

「……今、もしもこの場に、かの聖女さまがおられたら、…嘆かれることでしょうね」

「…!」

 侯爵夫人の言葉に、他の婦人たちもはっとしながら、静かにうなずく。

「そうですわね…」

 聖女とは、今からおよそ300年前、日照りが続き、王国がかつてない飢饉に襲われた時に、国を救った少女のことだ。

 不思議なことに、その少女が歩いた土は、まるで、雨が降ったあとのように湿り気を帯びて行き、そこに種を蒔けば、驚きの速さで成長し実を成したと言う。

 それを、飢えた人々に均等に分け与えることで、少女は、国を、飢餓の苦しみから救ったのだ。

 当時の若き王は、この少女を歓迎し、王妃に迎えることにした。

 少女は王に嫁ぐ際、ひとつの条件を出したと言う。

 それは、『生涯、自分だけを愛すること』

 王は、妻は生涯少女ひとりだけと誓い、死を迎えるその時まで、固く約束を守った。

 そして、聖女が没してから300年経つ今も、この国は、毎年豊作に恵まれ、大雨による土砂崩れや大津波などの自然災害に見舞われることもない。

 それは、王が誓いを守り、聖女に深い愛をそそいだからだと言われている。

 聖女は、神ではなかったので、人と同じ長さの生を全うして、その命を終えた。

 けれど、聖女は、死してなお、この国を守っているのだ。

 自分を愛してくれた国王と、自分が愛した国王の為に。

 だというのに、今、目の前で繰り広げられている光景は何だろう。

 聖女が王妃になってから、国では、一夫一妻制が原則となっていた。

 誠実に生きるものには、聖女の恩恵が多く与えられると信じられているからだ。

 それなのに、次期国王となるはずの王子は、カリトス王子は、一体何をしているのだろうか。

 婚約者がいるにもかかわらず、公衆の面前で、堂々と他の女の手を取っている。

 これは、国にとって、忌々しき事態ではないのだろうか。

「……、」

 公爵夫人が、扇子の向こうで息を飲むと同時に、それまで会場に流れていたやさしげなピアノソナタが止み、トランペットの音を主とするファンファーレが、大きく鳴り響く。

 貴婦人たちは、すっと身を引き締め、身体を入場口へと向けた。

 視線の先には、頭に王冠をかぶった男女―――エルジナ国王ザカリアスと、王妃ナターシャの姿があった。

 会場にいた全員の貴族たちが、慎ましやかにお辞儀をする。

 王と王妃は、悠然とした態度で、会場の中心を進むと、一番奥に設置されている玉座に腰を下ろした。

 同時に、ファンファーレがぴたりと止む。

「みなのもの、顔をあげよ」

 王の言葉で、全員が静かに背筋を伸ばす。

 そこへ、恐れ多くも玉座の前に進み出る者の姿があった。

 1人は、今しがたまで貴婦人たちの噂の的になっていた少女、ラビナ。

 そして、もう1人は。

「…一体どうしたというのだ、我が息子にして未来の王、カリトスよ」

 王は、何かを確かめるように、彼の名を呼んだ。

 名を呼ばれた―――発言の許可がもらえた王子カリトスは、誇らしげに胸を張ると、王に向かって堂々と告げた。

「国王にして我が父、ザカリアスさま。わたしは、たった今をもって、侯爵令嬢、フランセア・マナミート嬢との婚約を破棄し、わたしのとなりにおります、ラビナ・フィルタス伯爵令嬢と、あらためて婚約を結びたく願います!」



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(C)結羽2017

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