6話 限りなく説明に近くてブルー
今、俺とルーナは冒険者ギルドの中にいる。
『とりあえず、さっさと起きた方が恥ずかしくないと思うぞ』
「ふえぇい」
『幸い中には一人だけのようだしな』
ルーナはギルドの入り口で“ドジっ娘の見本のような転び方”をして、そのまま中にお入りになられた。転がり込んだとは、まさにこのことだが、昼時のせいか中にいたのはギルド職員の女性一人きりだった。
彼女はカウンターから身を乗り出し、心配そうにルーナに声をかけた。
「あの、大丈夫ですか?」
「はい、なんともないのです」
大丈夫なはずだ。。
ドジっ娘は派手に転ぶが、怪我はしないことになっている
女性はルーナが起き上がり、服を整えるのを待つと、再び声をかけた。
「冒険者ギルドへようこそ!私は当ギルド職員のエフィルと申します」
声をかけられたルーナがカウンターの前に行ったので、俺もカウンターに飛び乗った。
エフィルと名乗った女性は、少し驚いたような顔はしたが、他に特別な反応はない。近くで見る彼女は、ポニーテールに結った髪と同じ深碧の瞳と、長い耳の美しい顔立ちしていた。
どうやら彼女はエルフのようだ。
「わたしはルーナなのです」
「ではルーナさん。ご用件は? 何かの依頼ですか?」
「えーっと、冒険者の登録をしたいんです」
「冒険者の登録、ですか?」
「えっ、あなた15歳なの? もしかしてこの猫は召喚魔なのかな?」
エフィルは俺とルーナを交互に見て、少し怪訝な表情をして見せた。
当然の反応だ。俺が見てもルーナは15歳には見えないし、俺もただの猫だと思ったのだろう。
さらにエフィルは、ルーナの返事を待たず言葉を続けた。
「15歳なら“誰でも”冒険者に登録できますが、あなた―」
「えっ? 誰でも?」
エフィルが話し終える前に、ルーナが疑問の言葉を投げかけた。
それはそうだろう。
ルーナは“誰でも”冒険者になれるとは思っていないからだ。なぜなら、金貸しのジャコモがそう言ったからに他ならない。
「そうですね。特別な問題がなければ、基本的には誰でも冒険者になれます」
「えーっと、高位召喚魔と契約しないとなれないんじゃないんですか?」
「そんな制約はないですね。それなら私のようなエルフは冒険者にはなれませんよ」
「あぅ! そういえば……」
早い話がルーナ(と両親)は、ジャコモの都合の良いように騙されていただけだ。
しかし実際の話、ルーナが普通に召喚魔と契約をして冒険者になったとしても、到底高利の借金を返せるほど稼げるとは思えない。そう考えるなら、ジャコモの嘘はあながち間違いともいえないだろう。
「あれ、そう思ってるのにギルドに来たってことは、あなたまさか“高位召喚魔持ち”なの?」
「はいすぺっく?」
「ハイスペックっていうのは高位召喚魔持ちのことで―」
冒険者界隈では、高位召喚魔持ちや高位召喚魔のことをハイスペックと言うそうだ。ちなみに普通召喚魔はノーマル、使えない召喚魔持ちのことをロースペックと揶揄するらしい。
「そんなことよりあなたたち、本当に高位召喚魔持ちなの?」
そう言うとエフィルはまたも俺とルーナを交互に見た
。
まだハイスペックだとは一言も言っていないが、ハイスペックなのは本当だ。また驚かれると面倒なので、ずっと黙っていたが声を出すことにしよう。話せる召喚魔=高位というのなら、そのほうが早い。
「護符を見せたらいいだろ」
「「えっ!話し(た)(てもいいの?)」」
ルーナとエフィルは同時に驚いたが、俺は無視して話し続けた。
「あの銀の護符は高位の証なんだろ」
「あ! そうだった」
今更ながらルーナはバッグから銀の護符を出し、カウンターに置いた。エフィルはカウンターの護符と、その横にいる俺、そしてルーナを見て深碧の瞳を丸くしている。
「この猫も話すし、護符も本物だわ! いや、でも」
でもも何もこれ以上疑いようがないだろ。しいて言うなら疑うのはルーナの年齢ぐらいだが、召喚契約している時点で15歳なのは確定だろ。
ああ、だから「いや、でも」なのか。
「あっ!いや、決してハイスペックを疑った訳ではなく、年齢が……ゴニョゴニョ―」
そんなに焦らなくてもだれも責めないから大丈夫。せっかくの美人が台無しだぞ。ルーナなら疑って当たり前だ。
逆によく召喚所がスルーしたのか不思議なくらいだ。まあ、年齢詐称しても召喚魔が降りてこないから無意味だしな。
「とにかく、年齢もハイスペックなのも確認できたわけですから、登録についての説明しますね」
なんとか持ち直したようだ。
「まず先ほど勘違いしていたようなのでもう一度説明しますが、冒険者ギルドには、高位召喚魔持ちどころか召喚魔を持っていなくても登録できます。年齢以外の制約はありません。ギルドへの登録が完了したら登録証をお渡しします。次に冒険者のランクについてですが―」
エフィルの説明が長々と続いたが要約するとこうだ。
冒険者は実績でランク分けしてあり、AからFまで6ランクに分かれていて、登録証がAからゴールド、シルバー、ブロンズ、D以下がアイアンらしく、高位持ち(ハイスペック)ならDランクスタートだそうだ。。
護衛などではランク指定があったり報酬額の違いがあるようで、ランクがかなり影響するが、魔物に関しては魔物の危険度ランクがあるのみで、基本は自由に狩って、得た魔物の素材などをギルドに売るだけだそうだ。
ただ、討伐依頼が出たときは討伐報酬も追加されるということらしい。
「つまりはルーナはDランクからスタートで、そのランクのお仕事が出来るってことなのですね」
「とてつもなく簡潔にまとめると、そういうことです」
間違ってはいないが、まとめすぎだ。長い説明をしたエフェルが、苦笑いしているぞ。
「依頼や魔物情報はそちらの掲示板に貼っています。魔物討伐は依頼が出たら自由に倒しに行って結構です。それ以外は受付を通してくださいね」
普通の依頼は早い者勝ち、魔物は倒した者勝ちということだな。
「説明は以上です。詳しくは手引書をお渡しするので、よく読んでくださいね」
そんなものがあるなら、長い説明は不要だったんじゃないのか?
元の世界でもそうだったが、読めばわかることをなぜ長々と説明するのだろう。そんな俺の不満を知る由もなくエフェルは手続きを進める。
「では登録の手続きに移りますね。こちらにサインをお願いします」
ルーナがエフェルに渡された誓約書の中身は「全て自己責任です」的な内容だったが、ろくに確かめもせずサインをした。
たぶん親父似だな。騙されるタイプだ。
「あとは登録料が必要ですね。ルーナさんはDランクからなので金貨1枚。100レオネですね」
「「えっ!」」
なんだその貧乏人に優しくない価格設定は!
100レオネと言ったら1万円くらいなはずだ。ルーナは肉まんも買う金がないのにどうしろというのだ。
案の定ルーナが困った顔で俺を見ている。そんな目で見られても、俺は金などないぞ。
何度も言うが、猫だしな。
しかし困ったな。どうするべきか……
タイトルは、限りなく透明に近いブルー/村上龍 より拝借しました
エフィルの名前があちこち間違っていたので訂正しました
すいませんでした