5話 私をギルドに連れてって
「あら…えーっと……ルーナちゃん? だったかしら?」
ルーナに抱かれて儀式の間を出ると、一人の女性に声を掛けられた。
「え? あ! 昨日の受付のお姉さん!? たしか、セシルさん?」
どうやら昨日、ルーナの受付をした女性らしい。
「そうよ。 嬉しそうだけど……もしかして、召喚出来たの?」
「はい! この子がそうなのです」
ルーナは抱いている猫、つまり俺を少し掲げてみせた。
それを見たセシルはどこか複雑な表情を浮かべている。
「その子猫が…召喚魔?」
その言葉の意図は「子猫が高位召喚魔なの?」なのか「あなた本当に召喚出来たの?」なのかはわからない。おそらく両方の意味だろう。
その顔は「召喚失敗で落胆のあまり、その辺の子猫でも連れてきたのかしら?」とでも思っていそうだ。
ここはルーナの名誉の為にも、俺が一肌脱ごう。
「オッス!おらクロム。よろしくな!!」
さっきは出来なかった某龍玉アニメ風に挨拶してみたが、無反応だな。
いいんだよ、自己満足だから。
「…………喋っ…た?」
はいはい、またこのパターンね。むやみに喋らん方がいいのかもな。
「喋る…猫を…召喚……? なに? 何なのこの娘……」
何なのと言われても、ただの普通のドジっ娘ですが?
いや、そこまでドシっ娘でもないか?もしかしたらフェルナにしてやられたかもしれん。
「あっ!子猫だから話せるのか!子猫は…戦闘力無いわよね…ふつう」
とりあえず、またまた勝手に納得したようだ。
だが俺は、話せるし、戦闘力もあるし、ついでに“ふつう”でもない。そしてしつこいようだが、子猫ではなく小さな猫だ。
「…あぁ、ごめんなさい。クロムっていうのね。素敵な名前ね」
「素敵だって、クロム!よかったね」
そうか♪素敵か!名前を褒められただけでもなかなかうれしいぞ。
前の世界じゃお世辞でも“素敵”なんていう言葉は聞いたことなかったからな。
「ところでルーナちゃんは、これからどうするの」
「冒険者にならなくちゃいけないんです。あ!でもジャコモさんの所に先に行かなきゃ」
「ジャコモ? 金貸しの? ……やはりそうなのね」
セシルはそう言うと、苦虫を噛み潰したような表情で嫌悪感を露わにした。つまりはジャコモとはそういう輩なのだろう。
「あいつが昼前から事務所にいる訳ないわ!どうせ行っても待たされるだけよ。先にギルドに行った方がいいと思うわ」
「ギルド? ギルドってなんですか?」
「そうね…組合みたいなものね。冒険者になりたいなら冒険者ギルドに登録しないとないのよ」
「そうなのですね。でも冒険者ギルドって、ドコにあるのですかねぇ?」
いや俺に聞かれても困るな、目の前の彼女に聞けよ。
「そうよね、ルーナちゃんは分からないわよね。ここを出たら左に…そうだわ!私もう少ししたら出かけるの…連れて行ってあげましょうか?」
「えっ? いいんですか」
結局セシルの好意に甘えて、俺たちは冒険者ギルドまで連れて行ってもらうことになった。ドジっ娘なら道に迷うのは定番だからな、賢明だろう。
「出かけるには、まだ少し早いの。すぐそこに屋台が出ているはずだわ。その辺で待っていてね」
そう言ってセシルは仕事に戻った。
屋台で何か食べて時間をつぶせという意味だろう。
屋台と聞いてルーナが目を輝かせているが、金はあるのだろうか、心配だ。
「クロムはお腹すいてる?」
「まあ、すいてるというほどではないな」
うむ、ちょっと答えをミスったか? ルーナは食べたそうに肉まんの屋台を見ている。
さっきの質問は“私は食べたいわけじゃないけど、クロムが食べたいのなら付き合うわよ”的な意味なのだろう。
ここは紳士のマナーとして、乙女心を汲まねば!
「いや、なかなか美味そうだな、やっぱり食べよう。だが金はあるのか?」
「それくらいはあるのです!」
ルーナは俺を屋台の出している椅子に置き、肉まんを買いに行った。
ほどなくルーナは少し残念そうに、肉まんを一つ手にして戻ってきた。
「ごめんなのです、思ったより高くて一個しか買えなかったのです」
すまん、残念だが俺も金は持ってない。猫だからな。
実際、美味そうではあるがさほど腹はすいていないのは事実だ。
ここは紳士の―(以下略)
「いや、俺は一口あればいいぞ。後はルーナが食べればいい」
「いいの? じゃあお言葉に甘えて♪」
そもそも肉まんを食いたいのは、俺じゃなくてルーナだしな。
お!意外といけるぞ。モグモグ
俺は包みの上の肉まん(の欠片)を食べ終わると、思っていたことをやってみた。
『おい、ルーナ』
「ふぁっ?」
『俺だ、クロムだ、念話を使ってみた』
「あ、念話ね(モグモグ)知ってる知ってる。(モグモグ)で、なんで?」
女性が食いながら話すなよ。
『俺が喋るとみんな驚くだろう?』
「セシルさんも術士さんたちも驚いてたですねー」
『だから、あまり人前では話さないほうがいいと思うんだ』
「なるほど(モグモグ)わかった」
『ところで、なんで念話で返さないんだ』
「えー…っとそれは…」
『使い方が分からんのか?』
「たぶん大丈夫」
『じゃなんでだ?はたから見たら、ひとり言を言ってる変な奴に見えるぞ』
「あー…たぶんそれも大丈夫かな」
『そういうことだ』
「だって、クロム…鳴いてるし」
『…え? 鳴いてる?』
「うん。ニャーニャーって鳴いてるの」
『俺が?』
「うん。だから“猫と話してる変な奴”には見えるかもだけど“ひとり言を言ってる変な奴”には見えないと思うよ」
マジか!
そういわれれば猫の鳴き声が聞こえる気もしたが、自分の声だったとは。
とりあえず普段はいいとしても、大事な時は不味いな、気を付けよう。
『ま、まあ、何か食ってるときくらいは念話でな!』
『りょーかい♪』
出来るじゃねーか!
そうこうしているうちにセシルが小走りでやって来た。
「ごめんなさい、ちょっと遅くなりましたね。早速行きましょう!」
こうして俺とルーナはセシルの案内で冒険者ギルドへと向かって行った。
ちなみに、ルーナはギルドへ着くまで二回ほど、何もないところでつまずき転びそうになった。
そのたびに俺は落とされたわけだが、猫なので特に問題はない。
ただ、前言は撤回しよう。
ルーナは間違いなくドジっ娘だ。
タイトルは、私をスキーに連れてって(映画)より