2話 人生(とき)を賭ける少女
少女は今、究極の選択を強いられズッカという町へ向かう馬車に揺られていた。
彼女の父親は金貸しのジャコモから借金をしており、暴利を貪るジャコモへの借金は返せど返せど増える一方だった。
そして昨日、ジャコモは彼女の住む小さな村へ取り立てにやって来た
。
「こちらも慈善事業じゃないんだ、そろそろ金を返して欲しいんだがな」
高利の利息もまともに払えない父親に払えるすべなどない。もちろんそんな事はジャコモも分かっている。分かっていてあえて言っているのだ。
「とは言っても、はいそうですかと返せるならとっくに返しているか」
そして不敵な笑みを浮かべ、相手の返事も待たず話を続けた。
「おまえんとこの長女は今年15歳になったんだったな。どうだろう娼婦にしてみないか? 顔立ちが少し幼いがそれなりの値が付くぞ」
「それとももう1年待って妹の方にするか? 妹の方がそっち系の顔立ちだからもっと高値が付くぜ」
≪まあ、そっち系が好きな客もいるからたいして問題はないがな≫
なんてことはない。はじめからこれが目的で金を貸しているのだ。このやり口で何人もの少女を娼婦へと落しているのだろう。
この国では15歳を以って成人とみなされ、当然娼婦にもなれる。彼は娘が15歳になるのを待っていただけなのだ。
「そうだ! 俺は優しいからな。一つチャンスをやろう」
諦め顔の両親と、自分の置かれている現状も分からぬ少女に向かいジャコモは話し続ける。
「15歳になったばかりなら召喚魔契約もまだだろう? どうだ、明日俺の町に連れて行ってやるから高位召喚を受けてみな! もし成功したら冒険者になればいい。冒険者ならそれなりでも俺から借りた金ぐらい払えるだろうからな。なに、儀式代なら貸してやるさ」
もちろんこんな小さな村のただの少女が、高位召喚なんて叶うはずもない。これも手口の一環だろう。さっさと連れて行く理由付けと、安くはない儀式代金に加え、高額な馬車代までも借金に加算する為に過ぎない。
儀式が無駄に終わり、明日の夜には娼婦館に売られるのは目に見えている。冒険者なんて可能性はないに等しい。
しかし、少女に選択肢はない。
黙って娼婦を受け入れるか、万に一つの可能性に賭けるか、しかないのだ。
≪娼婦は嫌なのです、娼婦は嫌なのです≫
≪でも冒険者も割と嫌なのです≫
≪でもでも娼婦はもっと嫌なのです≫
≪娼婦よりは冒険者の方がまだマシなのです≫
≪って言うか高位召喚とか意味ワカンナイなのです≫
彼女の延々と続く心の声はズッカに着くまでの半日あまり、そして高位召喚契約所の前まで続いた。
「おう、ここが高位召喚契約所だ。入れば受付があるから、今日申し込めば明日には儀式だろう。宿泊所もあるはずだから今夜はそこに泊まれ」
ジャコモはそう言うと彼女に皮袋を渡した。
「儀式代と店までの地図が入ってる。明日、儀式が終わったら店まで来い。迷ったらアムール通りの金貸しのジャコモの事務所って言えば教えてくれるさ」
そう言い残すと、ジャコモが乗った馬車は少女を残し繁華街に向かい走り去った。
逃げられはしない。逃げたら少女の妹が代わりに娼婦になるだけだ。
後に残された少女は、しばらく立ち尽くすと皮袋をバッグに入れ建物へと向かっていった。
受付嬢のセシルは、その銀髪の少女に同情の目を向けていた。
それは決して建物に入る時に、ド派手に転んだから―という訳ではなく、その服装そして雰囲気のせいだ。
少女の服装は、袖や裾に刺繍を施し、胸元に革紐が編み込まれたスエード調のベージュのワンピースと、同じような素材のショートブーツを履いている。
それなりの恰好ではあるが、この場所にはやや場違いな服装。そして希望に満ちているとは言い難い表情をしていた。
≪また、ですか……≫
セシルはそう心の中で思うしかなかった。
召喚契約は成人の儀式と言っても過言ではない。本来なら正装に近い衣装で着飾り、希望を胸に瞳を輝かせてくるべき場所。
そんな中に極まれにいる、一張羅と言うにはやや貧素な服装で悲壮感を漂わせてやって来る少女達、つまりはジャコモのような輩により娼婦になる運命の少女達。
目の前の少女はセシルにとって、そんな少女達に似ているように見えた。
≪でも、この子はちょっと違う気もするわね≫
儀式の申込みの書類を書く姿に、そこまでの悲壮さは感じられない。
それもそのはず、少女は今、間違わずに書くことに精一杯なのだから。
【名前】ルーナ・ハーツ
【年齢】15歳
【性別】女
そのあとに続く様々な質問に、悪戦苦闘しながら書き上げた少女“ルーナ”は呟いた。
「これでいい…ハズよねっ?」
ルーナには、セシルが少なからず感じた悲壮感はすでに無くなっていた。
天然系のなせる業と言えなくもない。
≪やっぱり勘違いかしら? それともただの…、一発逆転?≫
高位の召喚魔が憑くことはある意味人生の勝ち組への切符を手に入れる事を意味する。
裕福ではない家庭の子でも、中には高い資質を持った子もいる。そういった子を持つ親は、なけなしの金を集めてここへ連れて来る事もあるのだ。
≪どちらにしても儀式が出来るのは…、一回きりってところかしら≫
そのように思いながら、セシルはルーナに向かって説明を始めた。
「では、儀式に当たっての注意点を伝えます。儀式で召喚がなされなかった場合、不適合とみなされ再度儀式を受ける事は出来ません。また、召喚魔の能力や形態が気に入らなかったなどで、契約を行わなかった場合は、日を変えて三度目まで行うことが出来ます」
「形、態?」
ルーナの質問の意図が、“形態”の意味が分からないのか、どういう形態があるのかという疑問なのかわからなかったセシルは、こう答えた。
「ええと…形態とは、姿かたちのことです。召喚魔は多様な姿をしています。竜、獣、蛇といった生き物の姿から、無生物まで様々です」
そのあとに続き、セシルは普段は言わない言葉も、つい小声で付け加えた。
「まあ、あなたの場合、鬼が出ても蛇が出ても、契約するしかないのでしょうけど……」
それは本当にそうなのだったが、セシルは自分の想像が間違っているかもしれないと思い直した。
「いや…すいませんでした。その―」
「あそうか! 召喚魔って、蛇とかもいるんですよね」
セシルの言い訳は、ルーナの質問ともひとり言とも取れる言葉に遮られた。
「え? ああ…そうね……」
≪この子…召喚できないとか、考えてないのかしら? 案外……大物?≫
セシルは何か勘違いしているようだ。
ルーナはただの少女、少々天然気味のドジっ娘少女。
偶然、とある高位召喚魔の条件に合った“だけ”のただの少女、なのだから。
タイトルは、時をかける少女/筒井康隆 より拝借しました