4. レベルアップ
初日分の更新最後です。
2016/11/9: 魔力の消費分をステータスに反映
ドアの外。
結局、先程と景色は何も変わっていない。
変わっていたとすれば……
「ぎゃー!」
「助け、ぐふっ」
「痛い! 痛い!」
「足が……足が取れちゃ……」
そこかしこから聞こえる悲鳴だけだ。
慌てて、ナカトは階段を駆け下り、外へ出る。
なぜこうなった?
ナカトの頭の中は、クエッションマークだらけだった。
先程、襲われていた女性がいたとはいえ、少なくとも、これ程の事態にはなっていなかったはずだ。
「う、うわー!」
ナカトはアパートの敷地から飛び出し、栄荘の大家のお婆さんに襲いかかっていた猿に、渾身の力で突きを入れる。
「ぐげっ」
喉元に木刀の突きが入った猿はそのまま、反対側の塀にぶつかり動かなくなった。
「大家さん!」
猿が動かない事を確認して、倒れている大家に目を向けるが……
「大家さん……」
喉元が完全に食いちぎられ、骨が見えている。
目は見開いたまま、動かない。
指先はかすかに痙攣しているが、これは単なる反射動作だろう。動きの無い表情と、止まっている出血、すでに事切れている状態だ。
契約の後、1度だけ挨拶をさせてもらったが、とても無愛想な人だという印象しかナカトにはなかった。だが、それでも知人が目の前で死んだのだ。ナカトはショックのあまり、一瞬呆然と立ち尽くした。
「え?」
だが、事態は待ってくれはしない。
動かないはずの大家の身体が徐々に地面に沈み始めた?
「ちょ、ちょっと待っ……」
慌てて手を伸ばそうとするが、大家さんの姿は、そのまま地面に沈み込み、消えてしまった。
「これが喰らうという事か……」
振り返ると、ナカトが突きを入れた猿も地面に吸収されていく。
「ぎゃぁ……」
新しい悲鳴に周囲を見回すと、見えている範囲でもいくつもの死体が散乱し、それが地面に吸い込まれている所だった。そして、その死体を作り出した猿達がナカトに気が付いた。
今悲鳴を上げていた男性は、ナカトの見ている先で首ごと食いちぎられ、倒れる所だった。
そして、
「来るのか……」
その猿が、ナカトに気が付いたようだ。
ナカトは木刀を握り直し、一度、自分のステータスを確認する。
「くそ、一匹くらいじゃ変わらないか……」
正眼に構え、走ってくる猿に向かって気合を発し、猿が跳躍しようと踏み込んだタイミング、まさに一足一刀の間合いに入った瞬間に右足を静かに前へ動かし、木刀を振り上げ、直ぐ様振り下ろした。
『スキル補助が働きました!』
一瞬、そんなメッセージが目の前に浮かび消えた。
そして、単なる木刀を振り下ろしただけだったにも関わらず、ナカトに襲いかかってきた猿は真ん中から真っ二つに割れた。
その切断面に内蔵などはなく、赤と黒の斑なゲル状の物質が蠢いているだけだった。
「魔物……まともな生き物じゃないのか」
やがてゲル状の物体は動きを止め、二つに別れた猿が地面に吸い込まれていく。
「ん?」
視界の左隅の白い丸が赤に変わった。
何かメッセージが届いたようだ。
周囲を見回し、すでに助けを求める人がいない事を確認すると、ナカトは一度安全だというアパートの敷地内に入り、メッセージを確認した。
『レベルアップしました!
名前:ナカト・タワ
レベル:1→2
職業:勇者
体力:8→10
魔力:0→1
力:7→11
速さ:4→5
魔法:0→1
守り:5→6
スキル:対人ステータス鑑定(Lv.1)、刀術(Lv.3)、初級雷撃(Lv.1)
』
「魔法? 魔法が使えるようになったのか?」
ナカトはステータスをみて、驚いていた。
剣術は学生時代にやっていた剣道の延長だろうと考えていたが、魔法はいったいどうすればいいのだ。
「初級雷撃!」
とりあえず、そう言ってみるが、何も起こらない。
その時、再び、目の中に通知が来た。
『魔法の使い方を読みますか はい いいえ』
ナカトは当然、『はい』を選択する。
『魔法は異世界が滲出してきた事の唯一のメリットです』
『魔法を使えるものは、一部の職業を持つものだけになります』
『魔法には、攻撃魔法、防御魔法、支援魔法、回復魔法、変質魔法、空間魔法、時間魔法、闇魔法の8種類に分別されます』
『魔法が使える職業は、このうち1つ乃至2つの種類の魔法を使う事になります』
『勇者が最初に覚える魔法、初級雷撃は、攻撃魔法に分類されます』
『魔法の使い方は簡単です。魔法が実行される状態をイメージし、魔法を行使するキーワードを発するだけです』
『初級雷撃のキーワードは「雷」』
『初級魔法は魔力を1、中級魔法は魔力を10、上級魔法は魔力を100消費します。消費した魔力は時間の経過とともに回復します』
『魔法のスキルレベルを上げる事で、魔力の消費を抑える事が出来ます』
『魔法の使い方を、もう一度読みますか? はい、いいえ』
「ふぅ……」
ナカトは念のためにもう一度、魔法の使い方に目を通し、『いいえ』を選択した。
「とりあえず魔法が使えるって事でいいんだよな」
そういって、手のひらを上に向け、
「雷」
そう恥ずかしそうに呟いてみた。
「何にも起こらないけど……」
ナカトは周囲を見回し、誰も今の姿を見ていない事を確認してから、少しほっとする。そこに、
「また、メッセージが来た……」
『新しい事実が判明しました。安全圏である敷地内では魔法の行使は出来ないようです』
「外に出ないと駄目って事なのか……」
そう呟き、恐る恐る外を見回す。
どこかかなり遠くでは悲鳴のようなものも聞こえるが、ナカトの見えている範囲には襲われている人はいない。
「ここを離れたく無いんだけど……敷地内って事はお隣とかも安全圏って事なのかな……」
それならばと、ナカトは大きく息を吸い、
「ご近所さん! まだ無事なご近所の方がいたら、外には出ないでください! 家の中なら安全です! 助けが来るまで家の中に居て下さい!」
そう叫んだ。
いくつかの家で、叫んでいるナカトの姿を窓越しに確認し、その手に持っている木刀を見て、慌ててカーテンを締めた。
この時——
ナカトが2度目、アパートの外へ出た時間は、ちょうど通勤通学が始まった時間だったのだ。単なる停電、断水と思っていた住民の一部、特に徒歩で通学が出来る学生や、朝のゴミ出しをしようとした主婦など、規則正しい生活を送っていた人たちが最初の犠牲者となっていた。
それでも電気が止まっている事で出勤を見合わせた人、そもそも電気が止まった事で、起きる事が出来なかった人、ペットに殺された人、ペットを殺した人……多くの人が、それぞれの事情で家の中に留まっていた。
まだ、この時は―—
大きな声で叫んだナカトは、そのままアパートの敷地の外に出る。
そこに交差点の方から猿が5匹、駆けてきた。
その猿全体が感電するようなイメージで、手のひらを猿達に向け、ナカトは静かに
「雷」
その瞬間、ナカトの手のひらが一瞬光り、駆け寄ってきた猿5匹が痺れたように動きを止めた。
「即死は……無理か……」
交差点から、こちらの路地に入った所で5匹の猿がピクピクと痙攣しているが、命を落とすまでは到っていないようだ。
だが、ここで見逃す必要も無い。
「周囲はOK。猿の姿も、被害を受けている人も無し」
ナカトは念のために周囲を確認した上で、痙攣している猿のとどめを刺し始める。
こいつらはすでに人を殺している。死体が残っていないだけで、俺はすでに何人も殺されているのを見た。猿の形をしているから、若干の抵抗はあるが、斬り口は相変わらずゲル状の赤と黒のまだら模様が覗いている。
ナカトは、罪悪感をほとんど感じないまま、淡々と木刀で倒れた猿を斬り殺していく。その都度、視界にはスキルが発動したメッセージが流れるのが煩い。
「南無」
口の中で念仏を唱えながら最後の1匹を二つに割った瞬間、
『スキルがレベルアップしました 刀術 Lv.3→Lv.4』
『レベルアップしました
名前:ナカト・タワ
レベル:2→3
職業:勇者
体力:10→12
魔力:0/1→2/3
力:11→13
速さ:5→6
魔法:1→2
守り:6→7
スキル:対人ステータス鑑定(Lv.1)、刀術(Lv.4)、初級雷撃(Lv.1)
』
「スキルもレベルアップするのか……これでどのくらい強くなったんだろう。比較対象が無いから解らないな」
「おーい!」
その時、交差点の反対側から男の声が聞こえてきた。
ついさっき、中年女性が襲われているのを助けようと駆けつけた時に、こちらの様子を窺っていた部屋から、男性が手を振っていた」
「なんでしょう!?」
その部屋は4階なので距離がそれほどあるわけでも無い。特にそれほど大きな声を出さなくても、会話は出来るが、戦闘直後の軽い興奮状態なのか、ナカトは叫ぶように返事をした。
「大丈夫か! 一体何が起こっているんだ!?」
「外は危険です! 助けが来るまで、出来るだけ出ないようにした方がいいですよ!」
ナカトにも説明しようが無い。
目の前に流れたメッセージを、そのまま説明しても、まともに相手をしてもらえるとも思えない。伝えられるのは外に出ないようにするという事だけだ……
「外に出ないといっても、助けはいつ来るんだ?」
「解りません!」
その時、ナカトは今話しをしている男性の頭の上に白い丸印が浮かんでいるのに気が付いた。そして、その印を注視する。すると、
『
名前:トシユキ・ハラダ
レベル:1
職業:村人
』
体力といったステータスが何も出ない簡単な情報が目の前に浮かんできたのだ。
(これが……対人ステータス鑑定? 村人って、これが職業を持っていないっていう事なのか?)
マンションから話しかけてくるハラダという名前らしい男性を見ながら、そんな事を考えていたナカトだったが、ハラダはハラダで情報を欲しがっていた。
「あの猿は何だ?……人を噛んでいたよな! どこか、動物園から逃げてきたのか? 死んだ人はどこへ消えた? 喰われたのか!」
最後は半分、悲鳴のような声になっていた。
朝から交差点で人が襲われていた様子をずっと見ていたのだろう。
助ける事もできず、逃げ出すこともできずに。
(動物園から逃げた……)
ハラダに、そう伝えれば、安心するかもしれない。非現実的な出来事に対し、現実的な枠に人は物事を納めたくなるものだ。
実際、ナカトも二代目社長を含め、会社に誰もいなかったあの日の朝、置いてあった事務机もパソコンも応接セットもなくなっていた事務所の中で、ドッキリだと思い、カメラを探し回り、続いて、会社の休業日や引っ越しの連絡を見落としていたのかと、クラウド上に保存してあったメールを漁り……
何か現実的な落とし所が無いかと事務所の真ん中で座り込んで考えこんでいたのだ。
貸付金も含めて銀行の預金が全て海外口座に送金された事に気が付いた銀行の営業担当者が青い顔をして事務所に飛び込んでくるまでは……
ハラダもきっと、あの時の俺と同じ心境なのだろう……
ナカトはそう考えていた。
だが、縋りたいと思う要因を肯定しても、それは虚実に過ぎない。いつか……それも数時間後にでも、現実にぶち当たる。そして、信じてはいけない事実を、そうだと思い込む事は、今や死に繋がるかもしれないのだ。
ナカトは一瞬でそこまで考え、真実を告げる。
「違います! やつらは魔物、モンスターです」
「はぁ? 何を言っているんだ……」
ハラダの表情が引きつったものにかわるのが、離れていても解った。ナカトはそれでも続ける。
「信じなくても構いません! ただ、あいつらを動物園の動物と思わないでください。全ての生物が襲ってくると思って行動してください」
「おい!」
「もしペットを飼っているなら、そのペットも襲ってきます」
「おい! ちょっと待って……」
「家から出来るだけ出ないでくださいね! いいですね!」
ナカトはそう叫んで、自分のアパートの方向へ走り始めた。
見ず知らずの他人でしか無いハラダに、現段階でナカトがそれ以上説明しても伝わらない。言葉を重ねれば重ねるほど、信憑性を失うかもしれない。そして、そんな事よりも、ナカトがいる場所へ向かって走ってくる新手が現れたのだ。これ以上、ここに逗まる意味は無い。
今度の魔物は交差点の3方向から走ってくる。特に正面から向かってくる魔物は、相当のスピードをもって、四つ脚でこちらに駆けて来ているようだ。交差点に立ち尽くして、いつまでもダラダラと事情を説明していては、ナカトは、簡単に包囲されてしまうだろう。
「あそこに誘い込めば、前だけを注意すれば……って、おい!」
ちょうどその時、ナカトが駆け戻ろうとしたアパートから、若い女性が出てきた。そして、その女性のすぐ前の地面に黒い影が出来たかと思うと、猿が突然、その影から飛び出してきた。
「げっ!」
慌ててナカトは、アパート前の岩に飛び乗り、そこから飛び降りながら、木刀を右肩の上に担ぐように振り上げ、斜め左下方向の軌道で木刀を振り下ろし、飛び出してきた猿を袈裟斬りにする。
スキルが発動され、一刀で猿は二つに別れ、吹き飛んだ。
「あら」
この状況を把握していないのか、なんとも呑気な声を上げた若い女性に、ナカトは、
「アパートの中に下がってろ!」
と、指示を出し、後ろを振り返った。
「牛か!」
そこには、白と黒の斑模様をもった、まるでホルスタインのような牛……ただし、角はバッファローのように大きく、実用性があるかは定かじゃない、サーベルタイガーのような牙を持った、牛のような生き物が、大きな足音を立てて駆け寄ってくるのだ。
だが、幸いにも交差点との間に1メートルほどの岩がある。
これを盾に……
「嘘だろ」
岩の手前で止まるだろうと思ったその牛モドキは、頭を下げ、大きな角を岩に突き立てるようにし、更にスピードを上げて突っ込んできたのだ。
そしてそのまま岩に激突。
あたりに地面を揺らすような低い音が響き、牛モドキの動きはピタリと止まった。一瞬遅れて、岩全体から砂埃のような煙がゆっくりと立ち上り、その煙の後を追うように1メートル四方はあった大きな岩が粉々に砕けた。そして、岩の向こうでは牛モドキが白目を剥いて、ゆっくりと横倒しになる。
「ラッキ―! 自爆か!」
ナカトがそう思ったのも束の間、牛モドキが倒れたその後ろから、7体の猿が全速で駆けて来る。
「魔法……」
咄嗟にそう考えたナカトだが、瞬間的な事もあって、どう攻撃するのかのイメージが湧かない。まだ魔法は覚えたてなのだ。
その僅かな躊躇いの後、慌てて木刀を正眼に構え直し、正面を見据えるが、
「無理」
そう言って、ナカトは、まだ呆然と立ち尽くしている若い女性を抱えるように、アパートの敷地内に飛び込んだ。
ナカトが飛び込んだその直後、7体の猿が、全速でアパートの敷地前を駆け抜けていった。
***
「ふう」
「あの……」
「危なかったな」
「いえ、危ないのは私の方かと」
「ん?」
自分の胸元で、か細い声で囁く女性の声に、ナカトは自分達の状況を改めて確認した。
ギリギリまで判断に迷ったおかげで、立っていた女性を押し倒すようにアパートのコンクリートの上に飛び込んでしまった。それでも頭をうちつけないよう右腕で女性の頭を抱えこみ、左腕を腰のあたりに差し込み、衝撃を吸収した。
ナカトのその咄嗟の判断のおかげで、女性はコンクリートの上に押し倒されたにも関わらず、怪我をおった様子も無い。
だが、確かにこの状況は、見ず知らずの男が、白昼……いや、まだ早朝だが、突然若い女性を上はTシャツ、下はスウェット姿で木刀を持った男性が、押し倒している姿でしか無い。
「ああ、すまない。失礼。咄嗟の事だったので……」
「はぁ」
女性特有の柔らかさや、漂ってくるシャンプーの香りをもう少し味わっていたいという気持ちも一瞬ナカトの脳裏に過ぎったが、特に大きな動揺もする事なく、ナカトは立ち上がった。
そもそも、助けるためとはいえ女性を押し倒してしまった事など、悩むような状況では無いのだ。
その時、ナカトの視界に新たなメッセージが通知された合図である赤い丸印が見え、女性が何かを言いたそうにこちらを見ているのを無視して、、そのメッセージを開いた。
『勇者のパーティに魔法使いが参加しました』
「はっ?」
ナカトは慌てて女性の上に浮かんでいる白い丸を注視し、ステータスを確認した。
『
名前:オクエ・シノ
レベル:1
職業:魔法使い
体力:5
魔力:9
力:2
速さ: 2
魔法: 11
守り: 3
スキル:初級炎撃(Lv.5)、初級空間圧縮(Lv.5)、初級腐食(Lv.5)
称号:勇者の護り人
』
初日更新分、終了です。
ご意見、感想を、心の底からお待ちしております!
なお、次話以降、しばらくは社会インフラが崩壊した狭い街の中でのストーリー展開になる予定です。
その後、自衛隊の出動、現代兵器登場! といった街を出ての話もあるはずなのですが、ミリタリー系の知識が乏しいので、どうなる事やら。周辺の建造物に人が居住している事を前提に考えると、自動小銃の使用くらいが限度ですかね。
感想代わりにご意見などもあれば、どしどし感想欄へいただけると、作者は小躍りすると思います。
叱咤激励を含め、反響は作者の糧です。遠慮なくお願いします。
次回更新は早くて土曜日。仕事の状況によっては2週間後。
更新遅めで申し訳ありません。無理の無い範囲で頑張らせていただきます。
それでは引き続き、よろしくお願いします。




