3. 勇者
初日更新分4話目です。
「はい?」
ナカトの口から声が溢れた。
『おめでとうございます。あなたが勇者に選ばれました。どうか勇者様! あなたの力で世界を救って下さい!』
(何何何? これ! 気持ち悪いんだけど! え、ゲーム? 何?)
突如、視界を覆い尽くすようなメッセージが現れた事により、ナカトは軽いパニックに陥っていた。必死にメッセージを払うように顔の前で手を動かす。
ナカトが世に流行っているライトノベルというジャンルの本を読んでいたら、異世界にでも転移したかと考えたかもしれない。だが、残念な事に彼は、ファンタジー系の話しは中学生の頃に遊んでいたロールプレイングゲームくらいしか知識はなく、自分が異世界に転移したといった事に思い至る事はなかった。
そして―—
ナカトがいるのは、相も変わらず、現実世界だったのである。
***
「落ち着こう! うん、一旦落ち着こう……」
傷の痛みがナカトを現実に引き戻した。
「うん、痛いから夢じゃない……はず。そして、目の前にはメッセージ。さっきは猿に襲われそうになった。人も襲われてた。シロがおかしくなった」
そこで敷きっぱなしだった布団の上にひっくりかえる。
「夢だと言って……」
そういって、顔を覆ってしまった。
だが、そのまま何分待っても事態は変わらない。
「で、このメッセージは何?」
ナカトは顔を覆ったまま、視界から消えないメッセージをじっとみつめる。よくみると、右端に小さな白い三角印があり、ゆっくりと明滅している。そこをじっとみつめると、
『あなたがいる世界に、異世界が滲出してきました』
「は?」
どうやら三角印を見つめるとメッセージが進むらしい。
そう思いナカトは、新しく出たメッセージの右端に同じように明滅している三角を睨みつける。
『滲出されたこの世界を救うには、魔王城に住む魔王を倒すしかありません』
『勇者に選ばれた貴方は、この世界に散らばった仲間たちを集め、冒険の旅を得て、成長をします』
『仲間たちは、それぞれ職業を持っています。その特性を活かした戦い方は、きっと勇者である貴方の役に立つでしょう』
『さぁ、旅立つのです! 今こそ、愛と勇気、希望を武器に冒険の旅に!』
「……なんだ……これ?」
ナカトは呆れてしまった。
つい先日まで、トップセールスとして現実の世界でバリバリと働いていたナカトに取っては、お笑い草でしか無い。どうやら、二代目社長に逃げられ、借金を押し付けられた事で、狂ってしまったらしい。
ナカトは、そう結論付ける事にした。
「電気水道ガス……きっと、俺が覚えていないうちに料金を支払っていなかったので、止められたんだな。うん、引っ越したのが昨晩のような気がしているが、それも勘違いだろう」
そうブツブツ呟きながら、部屋の中を歩き回り始める。
「シロがいたような気もするが、それも気のせいだ。さっき、木刀をもって外を歩いていたのは……まぁ、通報される事案だな。異常を来たした俺が、ありもしない幻覚に襲われ、木刀を持って外を彷徨いていただけだ」
そこで、ナカトは部屋の真ん中にどかっと腰を降ろし、
「よし、証明終わり。俺は木刀を置いて、外へ出て、交番へ行く。そして、適当な病院を紹介してもらい、そこに収容してもらう」
そう叫ぶ。
だが、まだ眼前にはメッセージが残っており、白い三角がまだ明滅していた。
(どうせなら、全部読んでやろう)
『以上がオープニングになります。続いて、チュートリアルを始めます。よろしいでしょうか』
そして、今度は三角ではなく、
『チュートリアルを読む はい いいえ』
そういうメッセージが出てきた。
半ばヤケになっていたナカトは無条件で、『はい』を選ぶ。
『チュートリアル』
『地球は異世界と重なり合いました』
『異世界の滲出は神の加護により限定的なものになっています』
『人が住んでいる建物とその敷地は、異世界の滲出を完全に防ぐ事が出来ました』
『例外もありますが、それ以外の場所は全て異世界の滲出を受けています。そこは魔物が跋扈する危険な世界です』
『貴方は勇者としてこれらと戦い、自分を成長させ、最終的に魔王城にいる魔王を倒して下さい』
どうやら先程のメッセージをまとめて説明しているらしい。
「ご丁寧な事だ」
そう投げやりに呟き、ナカトはさらに続きを読む。
『異世界側は勇者に対抗するために、人類を糧に成長します』
「は?」
『1億人……Fレベル2』
『2億人……Fレベル3』
『4億人……Fレベル4』
『8億人……Fレベル5』
『16億人……Fレベル6』
『32億人……Fレベル7』
『64億人……Fレベル8』
『128億人……Fレベル9』
『256億人……Fレベル10』
「おい、糧って喰うって事か? Fレベルってなんだよ! この数字が糧にする人の数か? こんなの、レベル9に行く前に人類は全滅じゃないか」
ナカトは部屋の中で叫ぶ。
『異世界のレベルがあがれば、魔物たちの力は増します』
『現在の勇者のステータスです』
『
名前:ナカト・タワ
レベル:1
職業:勇者
体力:8
魔力:0
力:7
速さ:4
魔法:0
守り:5
スキル:ステータス鑑定(Lv.1)、刀術(Lv.3)
』
『レベル、ステータスは魔物を倒す事で上がります』
『職業を持っていない村人は成長する事が出来ません』
『仲間たちを早く集め、魔王城を攻略してください』
『以上でチュートリアルを終わります』
『もう一度読みますか? はい いいえ』
ナカトは一気に読み進めた。
「我ながら、よく出来た設定だな。こんな想像力が自分に備わっているとは思わなかったよ……」
そういいながら、『はい』を選択し、もう一度、チュートリアルを読む。何度も何度も繰り返し、チュートリアルを読み、毎回出てくる文章の中に矛盾や違いを探した。
最後にとうとう諦め、『いいえ』を選択すると、眼前に広がっていたメッセージが全て消えた。
どうやら、全て終わったらしい。
ナカトの視界の左上にあった赤丸の染みが、白く変わっていた。そこをもう一度睨みつけると、先程のチュートリアル中に表示されたナカトの勇者としてのステータスが出て来る。何度も読み込んだチュートリアルの数値と同じものだ。
ステータスは、その右上にあるバツ印を睨むとあっさりと消えた。
どうやら、自分のステータスをポップアップで見えるような仕組みになっているみたいだ。
「はは……チュートリアルの2回目も、同じ事が書いてあったな……よく……出来た……設定だ……それに、これはまるでゲームみたいだな……はは……」
あくまでも自分が狂ってしまった前提で考えているナカトだったが、辻褄のあった同じ内容のメッセージを何度も読んだ事で、ぐったりしてしまった。
「シロは……?」
魔物が跋扈する世界と書いてあった。
だけど、シロは魔物じゃなかったはずだ。
そこに矛盾があるはずだ!
「シロ!」
恐る恐る風呂場を覗く。
自分の気が狂っているなら、浴槽に沈んでいるゲージの中には、可哀想なチワワの姿があるだけのはずだ……
浴槽の蓋を開けると、そこにはゲージが沈んでいた。
「これが幻覚じゃない限り、魔物じゃないシロは元に戻っている。俺がおかしいだけ。俺がおかしいだけだ……」
シャンプーとリンスをどかし、ゲージを持ち上げる。
水を中に溜め込んだゲージは重い。
ナカトは扉の方を下に向け、水を排出しながらゲージを持ち上げた。そして、扉を開け、中を覗くと……
「なんで?」
そこにいたはずのシロの姿が消え、見慣れない犬の首輪が一つ落ちていた。
「ミ……ン……?」
その首輪はかなり古いものなのか、傷だらけであり金属のタグがついているが『Min』と書かれてるところまでは読み取れるが、それ以降は完全に掠れてしまっていて、読み取れなかった。
少なくとも、こんな首輪をナカトは知らない。
「はは……シロまで幻覚だったって事かな?」
その時、視界の左隅の丸印が白から赤に変わった。
『新しい事実が判明しました。魔物達の目的は全ての人類の抹殺です!』
赤印を見つめると、新しいメッセージが浮かんできた。
「そりゃそうだろう。あのFレベルのレベルアップには人類が必要なんだから」
そう呟き、メッセージを消すと、一瞬、白く変わった丸印が再び赤く染まる。どうやら、何か新しい通知がくると赤く変わるらしい。
『新しい事実が判明しました! 脳幹をもった人類以外の生物は全て、異世界側に侵されています。野生の動物だけでなく、飼っているペット、家畜……動物には全ての魚、鳥、昆虫、ダニやノミに至るまでが含まれます。その全てが魔獣、魔蟲、魔鳥、魔魚に進化しています』
「それって進化なのか? っ!」
その時、ナカトの右手の甲に小さな痛みが走った。
「え?」
ナカトが手の甲を見ると、そこにはどこから迷い込んだコバエが止まっており……
「こいつ、俺を咬んでいるのか?」
そのコバエは、ナカトの手の甲に牙を突き立てていたのだ。
「うわ!」
ナカトは左手でそのコバエを叩きつぶす。
右手にはシロの咬み傷があるため、それほど激しく叩けはしなかったのだが、コバエは潰される瞬間までナカトの手から逃げる事は無かった。
「それほど痛くはないけど……」
手の甲には、針でつついたような小さな穴から、ほんの少しだけ血が滲んでいた。特にこれくらいだったら害は無いが……
「全ての昆虫が魔虫って、まずくないか?」
そう思った瞬間、自分の身体のあちらこちらが時々、むず痒くなっている事に気が付いた。
「これって、ダニ? 噛まれている?」
体表には目に見えないくらいの大きさのダニが無数にいる。
本来であれば皮脂などを栄養にしていて、特に身体に害になるような事も無いのだが……
「うわ!」
ナカトは浴槽の洗い場にゲージを置くと、慌てて薬箱を取り、身体の痒みを感じる所に消毒液を吹きかける。
15分ほどの格闘の後、とりあえず痒みが引いた気がするナカトはあらためて、事態を見つめ直す。
「痒みがあった事は事実だ。怪我をしている事も事実。あの首輪はよく解らないが……」
とりあえず棄ててはいけない気がしたので、洗面台の鏡の後ろにある棚にしまった。そして、玄関の方へ視線を送り、
「もう一度、確かめるか……」
ナカトは自分が狂っているという思い込みに縋りつつも、用心のため、木刀をもう一度握りしめた。
そして大きく唾を飲み込む。
誰もいない部屋にその音が響く。
「よし!」
気合を入れ直し、ナカトは再び玄関のドアを開けた。
感想、お待ちしております。
初日ですので、あと1話更新します。