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2. メッセージ

初日更新分3話目です。

 引っ越したばかりだから……

 そんな自分に対する言い訳が出来ないくらいの違和感を、ナカトはドアを開けた瞬間に覚えた。


(ここ、俺んちだよな……)


 栄荘の2階にある201号室。


 玄関を開ければ築年数という現実を突き付けてくれる赤茶色に錆びた鉄製の外廊下。視線を左におくると、すぐそこに階下へ降りる階段。右側には同様な廊下が伸び、木製のドアがナカトが3枚。ナカトの部屋を入れると4部屋が2階にある。


 見慣れたわけでは無いが、見知った光景がそこには広がっている。


 一歩外廊下に出て、鉄製の柵から外を見下ろせば―—


 階段の下、コンクリートで固められただけの地面、古ぼけた郵便受け、そのまま外と中を分けるコンクリーの塀。その切れ目はちょっとしたお洒落な……ただ、時代遅れな門柱が2本。


 門柱はあるが、実際に門があるわけではなく、出入りは自由だ。


 そんなよくある安アパートの景色が広がっている。


(こんな貧乏臭い所に住むのか……)


 マンションの明け渡しの関係で、即日、決めなければいけない状況だったため、家賃4万円で風呂トイレ付き1Kという条件に跳びついてしまったのだが、引っ越し荷物を運んで来た際に、そんな事を考え落ち込んでしまっていた。


 それでも―—


(だけど、間違いなく、こんな場所じゃなかった!)




 よくある光景と言えるのは階段下の門柱までの話だった。


 ナカトの認識では、アパートの前には車が1台通れるかどうかという狭い道があった……はずだった。


 いくら賃料が安くても東京の23区内である。そして昭和中期ならまだしも平成の世である。2度目の東京オリンピックがもうすぐ開催されるのである。


 こんな狭い道路であっても、きちんとアスファルトで舗装されていた道が門の外にはあるはずだったのだが、


「もう道ですらねぇじゃん!」


 ナカトが叫んだその視線の先には、土塊がむき出しになった、ただの地面。塀の陰になって見えない部分もあるが、視線を動かせば、道だった場所に大きな岩が置いてあるのが見える。


「一晩でどうなっているんだ?」


 これが、自分のアパートだけポツンとあるような状態であれば、どこかのワンダーランドにでも彷徨い込んだのではなんて疑う事が出来るのだが、少なくとも見える範囲にあるマンション、アパート、一軒家はこれまで通りに存在している。


 目の前の道路だけが、変わってしまっていたのだ。


(夜中に土砂災害でもあったんだろうか?)


 酔っ払って眠ってしまったため、確実な事は言えないが、特に雨でも降っていたような記憶は無いし、土砂災害の元となるような山が、この辺には無い。だが、目の前の事実は、土砂災害の結果としか思えないような状況だった。


(とりあえず、水が流れている状態でも無いし、行ってみるしか無いか)


 電気もガスも水道も出ない。通信も駄目。

 

 そんな状態の中にあるため、狂犬病に罹患した可能性があるナカトは、一刻でも早く病院へ行きたかったのだ。

 ナカトは、狂犬病が発症した場合の致死率を知識として持っていたのだ。


「とにかく病院の場所を駅前の交番で……えっ?」


 その時、「ギャーッ」という引き裂くような悲鳴が周囲に響き渡った。


***


 ナカトが声のする方に身を乗り出して見てみると、3軒隣の先にある交差点……だった場所で中年の女性らしき人が誰かに襲われていた。赤いものが見えるので、血が流れているようだ。


「やばい!」


 ナカトは慌てて部屋に戻り、部屋の中にあった大学の剣道部時代の名残である木刀を持ち出し、


「やめろ!」


 そう叫びながら階段を駆け下り、表に出た。


「うわぁ」


 3軒隣なのですぐ駆けつけられるはずなのだが、塀の陰で見えていなかった岩が門を出てすぐの場所に立ちふさがっていた。


 高さは1メートルちょっと。


 ナカトは痛みを堪えながら、その岩を乗り越え、なんとか交差点の所までたどり着くと……


「え、どこに行った?」


 そこには襲われていた事が嘘じゃない証拠と言える血溜まりが残っているだけだった。今まさに、ここで襲われていたはずの女性の姿がいない。


「え、消えていく?」


 そして、ナカトが駆けつけた時には間違いなく血溜まりとしてあった跡が、徐々に薄く消えていった。


 その様子に不気味さを感じながらも周囲を見回すが、特に血が引き摺られたような後もなく、中年の女性は忽然と消えてしまっている。血の跡に拘っている場合じゃない。


 そう思い、慌てて周囲を見回すナカトだった。


 その時、ナカトはどこからか視線を感じ、その視線の方へ目を向けると、交差点の反対側のマンションの窓から顔を出して、こちらを見ている人がいた。だが、ナカトが気が付いた事に気がつくと、カーテンを締めて引っ込んでしまった。


「あ、え、あ、えーと」


 確かにマンションの前で木刀を持ってキョロキョロしているナカトの姿は異様だったかもしれない。たとえ、アスファルトで塗り固められた交差点だった場所が、なぜか土と岩がむき出しの地面に一晩で変わっていたという信じがたい状況があったとしてもだ。


 いや、むしろ、この状況にナカトの姿がマッチしていたともいえよう。


 だが、そんな事を自覚しつつも、ここにはいない誰かを助けにきたつもりのナカトとしては、理不尽な気持ちに陥っていたナカトは、とりあえず木刀はまずかろうと、一度部屋に戻ろうと考えた。


 地面にあった血の跡が全て消えてしまった事もあり、直前まで襲われていた女性というものに現実感を感じなくなってしまったというのもあったのだろう。


 もしかしたら、このまま一度、部屋に帰り、布団に潜り込んで眠ったら、元の状態に戻るんじゃないか……右手と左足首の痛みが、夢である事を否定しつつも、そんな事もまで考え始めたナカトに、さらなる「現実」が襲ってくる。


 部屋へ戻ろうと振り返ったナカトの、その視線の先には、


「嘘だろ」


 ニホンザルを二回りほど大きくしたような赤茶色の猿が牙を剥いて、今まさにこちらに襲いかからんと牙を剥いていた。


 慌てて木刀を構えると、そこへ猿が飛びかかってくる。


「うわ!」


 その口元には血がべっとりとついている。

 やはり、さっき女性が襲われていた姿は見間違いではなかったのだ。


「喰ったのか?」


 そんな事を叫びながら、ナカトは襲ってきた猿の顔面に斜め上方から木刀を叩きつける。そして、地面に叩きつけた猿が顔を上げた瞬間、その喉元目掛けて、突きを入れた。


「ぐげっ」


 どうやら、まともに入ったようだ。

 猿の赤い目が白目に反転し、猿はそのまま崩れ落ちた。


「殺ったのか?」


 ほんの一瞬の出来事だったが、ナカトの息は緊張のあまり荒くなっている。

 生き物を殺してしまった罪悪感よりも、助かったという気持ちが大きい。だが、ナカトが息を吐こうとしたその瞬間すら、世界は待ってくれない。


「嘘ぉ」


 背後に気配を感じ振り返ると、そこに今度は2匹の猿が、牙を剥き出しにこちらを睨みつけていた。


「もう無理!」


 ナカトは、まだ距離があった事を良いことに、全速で自分のアパートへ向かい走り出す。それを見て2匹の猿も追いかけてくる。アパートの敷地に入った所で追い付かれそうになったため、諦めて闘う事を決意し、ナカトは振り返ったのだが……


「入ってこない?」


 なぜか猿はアパートの敷地の外でウロウロとして何かを探しているだけのようだ。


「これって大丈夫なのか?」


 そう思い、猿達を睨むように見ていた時、視界の左隅にある小さな赤くて丸い染みに気が付いた。


(血でも目に入った?)


 どこを見てもついてくるその染みに、ナカトは最初の猿との戦闘で、自分では気が付かなかったが返り血でも浴びたのだろうと考えたのだ。


 いずれにしても、様子をみている限り、猿はアパートの敷地内には入ってこないい。やがて、大きな唸り声を上げたあと、交差点の方へ走り去ってしまった。


「ふぅ……助かった」


 とりあえず、目の中の染みが気になったので自分の部屋にナカトは戻った。


「つべたい!」


 氷が解けた水をヤカンに移しておいたので、その水で顔を軽く洗う。さすがにシロが沈んでいる風呂場の水は使いたくなかったようだ。


「あれ……消えないな……」


 顔を洗い洗面台の鏡を見て、特に顔に何もついていない事は確認した。それでもナカトの視界の左隅にある赤い染みが消えない。


「なんだこれ?」


 ナカトはじっと目をこらしてその染みをしっかりと見つめようとする。


 その時——


『おめでとうございます。あなたが勇者に選ばれました。どうか勇者様! あなたの力で世界を救って下さい!』


 ナカトの視界一杯に、そんなメッセージが広がった。


感想お待ちしております!

初日ですので、あと2話更新予定。

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