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小舟は帰らず  作者: 霧雨ウルフ
蛇の牙
9/26

実技演習

 実技演習が行われたのは、俺たちが兵器の修理を一通り終えた頃だ。兵器の再運用が実現しそう、ということと、しばらく戦況に凪が続いたことで、砦は随分と活気付き、意気揚々と実技演習に臨む者も多かった。

 当日、力試しに興味のないアルガンとキャレは哨戒任務に向かったが、それ以外の親しい顔ぶれは演習に参加するため広場に残っていた。

 俺、ライグ、ジャベリン、デシデリオ、ロルダン。他にも、格納庫での作業中に知り合ったやつらなど、ちらほらと知った顔が見受けられた。

 参加者たちで白線と旗を使って地面に区切りをつけ、四角い試合場を広場に二十ほど設えると、バルビエが場内に姿を現し声高に宣告した。どうやらバルビエも、自らが育て上げた兵士たちの一騎討ちを楽しみにしているようで、いつにも増して声がでかい。

「今日は、(みな)が待ちに待った実技演習の日だ。この砦にきて間もない者は、これが初めての試合となるだろう。先に言っておくが、実技演習はただのお稽古ではなく“実戦形式”のれっきとした“対戦”だ。負傷する者、中には打ち所悪く命を落とす者もいる」

 バルビエは拳を振り上げ、

「生半可な覚悟で望めば、必ずや恥を晒すことになる。我こそが砦一の猛者たらんとする意気のある者、己の武の道を突き詰め更に高みを目指したいと願う者だけが、栄えある試合場に上がる権利を持つ。しかと心得て臨むが良い!」

 と、堂々たる口上で開戦の火蓋を切った。

 俺がバルビエの言葉に後込みする中、周りの兵士たちはバルビエに倣って拳を高々と掲げ、各々気合いの雄叫びを上げる。

 俺は、アルガンたちと一緒に平常任務に行くべきだったと後悔したよ。蛇の牙の伝統の一つである武芸大会は、面白半分で参加するにはスリリングかつ危険すぎる行事だったんだ。

 周囲がざわつき、早速それぞれが密かに競いたいと願っていた相手に宣戦布告を叩きつけていた。俺も誰かに声をかけた方が良さそうだと思い、友人のライグに手合わせを申し出ようとしたが、やつは早々に他の兵士に試合を申し込まれていた。

 優秀な新顔であるライグの力を試したいと思う者、もしくは叩き潰したいと思う者は少なくないようだ。俺は周囲を取り囲まれるライグに近づくことすらできず、友に対する羨望と敗北感で歯軋りしながら広場の隅をうろうろした。悔しいの一言に尽きた。

 相手にされない屈辱を味わいながらも、とりあえず俺はライグの試合を観戦してみることにした。砦唯一のイベントとも言えるこの大会が、どんなものかというのは知っておきたかったからな。

 試合には細かいルールや反則はない。どちらかが場内から押し出されるか、降参と口にするか、失神や負傷で試合続行不能になるか、というのが敗北条件という雑なもんだ。

 審判役は、後方支援員や怪我で参加できない兵士たちが請け負っており、戦いが白熱し過ぎたときは審判や周囲の仲間による仲裁が入る。武器は木製の模擬刀や棍に布製のクッションを巻きつけたものが主で、殺傷能力は極めて低く作られていたが、手練れであれば相手を一撃で卒倒させることも可能だろうと感じた。

 俺の予想通り、ライグは早々に白星を挙げた。

 周囲からどっと歓声が沸き、俺は嫌味っぽく心の中で「さすがだぜ」と呟く。

 すると、急に背後から首に腕を回され、俺はぐえっと息を詰まらせた。

「随分しけた面してんな、トワ! なんなら俺と一戦やろうぜ! 先輩直々に指南してやるよ!」

 この馬鹿でかいどら声は、デシデリオだな!

 俺はなんとか腕を振りほどいてやつと対面し、唸り声を上げた。

 デシデリオは既に試合をこなしてきたようで、赤ら顔を更に赤くして上機嫌だった。

 とてもじゃないがこの腕力自慢の巨漢とまともにやり合える気がしなかったし、無様に敗北してしまう未来が見えたので首を横に振った。

 デシデリオはええっ!?と大げさに驚く。

「せっかくの機会だから、お前とも手合わせしてみたいんだよ。お前みたいな小さい戦士は珍しいし、小さい相手と戦う場合の良い練習になりそうだからな!」

 俺は、“小さい”という言葉で怒りに火がつく。

「舐めんなよ。でかいだけが強さじゃねーってわからせてやる」

 俺は威勢良くデシデリオの申し出を引き受けてやった。

 ――が、もちろん結果ははじめからわかりきっていたさ。

 衝動的に喧嘩を買ったものの、いざ試合場に足を踏み入れたら、俺はデシデリオの雄偉な風貌に完全に気圧されていた。

 やつは義足という身体的不利を微塵も感じさせない圧力で俺に迫り、こちらの攻撃を気にすることなくどんどん間合いを詰めてきた。

 俺もちょこまかして撹乱しつつ隙を狙ったが、豪傑デシデリオがそんなフェイントに吊られるわけはない。最終的にやつは武器を投げ捨て、楽しそうに俺の体を持ち上げたり転がしたりして、易々と場外に放り出した。

 試合を観戦していた兵士たちから笑いがこぼれ、俺は屈辱で顔を赤くして地面に突っ伏していたが、デシデリオは凛々しい声で周囲の仲間にこう言った。

「おいおい、奮闘した若者には笑いではなく拍手を、だろ?」やつは俺の背を力強く叩く。「身軽さを生かしたフェイントや足さばきは俺には絶対真似できねぇし、弱点を積極的に狙っていく姿勢も見事だったぞ。お前はなかなか筋が良い。これからが楽しみだぜ、小さな勇士!」

 デシデリオは、俺の手をしっかり握って引っ張り起こし、いつもの陽気な笑顔で俺を称賛した。周りからまばらにぱちぱちと拍手が起こり、俺は気恥ずかしさと照れでまたしても赤くなりそうだった。

 俺は、こうやって大勢の前で健闘を称えられるのは昔から苦手だ。どうにも照れ臭くてやってられない。

 もごもごと礼みたいなことを言って、俺は逃げるようにその場をあとにした。新米に気を遣ったのか、デシデリオは決して本気で俺を打ちのめそうとはしなかったが、圧倒的な力量差を前に気持ちが参ってしまったんだ。

 やはり蛇の牙に長くいるやつらは、まだ交戦を数回しか経験していない若造とは比べ物にならないほど肝が座っている。初陣で敵兵を手にかけて以来、自分は強くなった、軍人として成長したと自信付いていたが、俺はまだまだ未熟者だった。ようやく戦士としてはじめの一歩を踏み出したに過ぎなかったと、俺は自らの弱さを思い知った。

 現実を目の当たりにして少しへこんだが、うじうじしているのも女々しいと割り切り、他の試合を観戦して勉強することにした。

 ライグの姿を探したが、その時間帯は試合に出ていないようだったので、適当に付近のやつらの戦いぶりを遊覧する。

 男臭い蛇の牙にも一応女軍人は十数人ほどいて、俺はたまたま女同士の対戦を目にする機会を得た。

 白状するなら、女同士の戦いっていうものに少しだけ性的な関心があって、俺はその試合の観戦を決めたわけだ。

 しかし、俺の予想に反し女たちの戦いは壮絶極まりなかった。男同士の喧嘩とは、また違うどろどろした恐ろしさがあったよ。

 彼女たちときたら、容赦なく相手の髪を引っ付かんで、顔面をごんごん殴りまくるんだぜ。

 俺は、砦の荒々しい女たちには下手に手を出さないでおこうと誓った。

 しばらくすると、ジャベリンと知らない男が試合場に上がり決闘を始めた。投槍(ジャベリン)というあだ名の通り、やつが長柄を得物にしているのは知っていたが、ちゃんと戦う姿を見るのはそれが初めてで、俺は少しワクワクしながら開戦を待っていた。

 しかし、勝負は始まった瞬間から決まっていたみたいなもんだった。

 ジャベリンは長いリーチを生かして巧みに対戦相手を牽制し、何度も相手の模擬刀を手から弾き落とした。そのたびに武器を拾う猶予を与え、相手が再び向かってくると微笑をたたえながら攻撃をいなし、また武器を弾き落とす……という、ある意味最高に嫌らしい戦いぶりを展開した。

 終盤は、対戦した男は武器も拾えないくらいへとへとになってしまい、涼しい面をしてるジャベリンに泣きそうな顔で降参を口にした。ジャベリンの試合は、いとも鮮やかにあっけなく終了したよ。

 俺はこれから先、ジャベリンにだけは喧嘩を売らないでおこうと決めた。いつものらりくらりとしているが、本気で怒らせたら一番まずい手合いだと感じたからな。何度も何度も武器を拾わされ、手のひらで弄ばれる屈辱を味わった相手に心の底から同情した。(ジャベリン当人はその試合をどう思っていたのか知らないが、やつのことだから「稽古の延長だよ」とでも言ってのけそうだなと思った)

 ジャベリンの余裕な戦いぶりに恐れを抱きながら、俺は一旦試合場を離れた。辺りは既に日が暮れかけて肌寒さが増し、どうやら大会もぼちぼち収束しそうな気配だ。

 朱と紫が混ざる夕空の下であてもなくうろついていると、試合を終え休憩していたとおぼしきライグに呼び止められた。

 俺たちは、各々試合の感想を伝え合い笑い合い、しばらく広場の隅の花壇に腰かけのんびりしていた。ライグは挑まれた試合全てに勝利したらしく、ひどく勢いづいて「もっと手練れと戦ってみたい」と豪語していたよ。

 やがて、俺たちの前にいつもと変わらず仏頂面のロルダンが現れた。やつは俺たちを一瞥すると、なんの言葉もなく前を素通りしようとしたが、俺は咄嗟に魔が指して――「ちょっと待てよ」とやつの腕を掴んで引き止めていた。

 今でも、なぜあんな馬鹿なことをしたのか、と当時の自分の正気を疑うが、俺が密かにロルダンに対する苛立ちと敵対心を募らせていたことは認めよう。

 誰に対しても攻撃的で、アルガンに対していつも見下したような言動をとって、それでいて仲間からは勇猛さゆえに畏敬されているロルダンが、俺は気にくわなかったんだ。

 だから、この機会にちょっと噛み付いてやろう、という野蛮な衝動に突き動かされてしまった。

「なんだ」

 俺に呼び止められ、ロルダンの不機嫌の度合いが増したのが見て取れた。俺もロルダンに乱暴に手を弾かれ、更に苛々する。

 ライグは俺の行動に驚いた顔をしていたが、ロルダンからにじみ出す怒りを察知し、隣で軽く身構えた。俺が攻撃されるかもと感じ、ロルダンを警戒しているようだ。

 俺は、ライグが隣にいることで調子付き、人がはけた試合場を顎で指し示す。

「もう試合には出ないのか? 見たところ、あまり戦っていないようだが。あんたは前から強そうだと思ってたし、ぜひとも観戦してみたかったなぁ」

 俺の口ぶりは生意気そのもので、ロルダンは俺が嫌味たらしく喧嘩を売っていると理解した。

 やつはしばらく俺を見下ろし、唇をほとんど動かさず冷ややかに言い放つ。

「……良いだろう。二人ともこっちにこい」

 “二人とも”ってことは“ライグも”ってことか?

 俺は意図せずライグを巻き込んだと思い、こいつは無関係だと慌てて告げようとしたが、ライグは俺の肩に手をかけぐっと力を込めた。

「わかった、俺も行こう。ロルダン、さっきからあんたは並々ならぬ敵意をピトンに向けている。そんなやつと友が試合に臨むとなれば見過ごせない……危ないと判断したら、すぐに仲裁させてもらう」

 ロルダンはライグの言葉に少し不可解そうな顔をしたものの、次には面倒臭そうに吐き捨てた。

「売られた喧嘩は買ってやるさ。とっととこい」

 俺とライグは即座に立ち上がり、大股で進んでいくロルダンの後を追った。

 ライグが俺のくだらない喧嘩に付き合ってくれるつもりだとわかり、本当にいいのかと目で問いかけてみたが、やつは珍しく攻撃的な表情で笑いかけてきた。

「俺もロルダンには少し思うところあってな。気持ちは同じだ。一泡ふかせてやろうじゃないか」

 この瞬間ほど、ライグを頼もしく感じたことはないぜ。

 俺たちは二人して不敵な笑みを浮かべ、力強い足取りで試合場へ向かった。




 俺とライグは、ロルダンに続いて試合場の一つに近づいた。

 ロルダンが場内に入るのを見て、審判の一人は明らかに動揺する。辺りに波紋のように緊張が広がっていくのを肌で感じた。

 もしかしたら俺はとんでもないことをしたんじゃないか?という感情がじわじわと湧いてきたが、今更あとに引くことはできない。

 それに、そのときの俺はなんだかすごく調子が良い気がしたんだよ。気のせいといえば終わりだが、勇敢な友と一緒ならなんだってやれる気がした。

 俺とライグがどっちから戦うかを決める相談をしていると、ロルダンは俺たち二人の足元に武器を投げて寄越した。驚いたことに、本物の剣と短剣だ。

 ライグはすぐに「刃物で戦うなんて無理だ。あんたを殺したいわけじゃないんだから」と武器を観衆に預けようとしたが、ロルダンは有無を言わさぬ口調で引き止めた。

「てめぇらごときに俺が殺せるはずねぇだろうが。いいから二人まとめてかかってこい。手間をかけさせんな、ぶちのめすぞ」

 俺とライグは“二人一緒に本物の武器で攻撃してこい”と言われていると理解し、完全に呆気にとられた。

 短剣を鞘から抜き刃に指を滑らせると、皮膚が浅く切れる感触があった。ライグも剣を確認し、俺たちは目配せして本当に刃物だと再確認した。

 しかし、対するロルダンが持っているのはなんの変哲もない模擬刀だ。公平な勝負なんてものにはほど遠い。

 本物を渡されてしまった俺たちは、既に試合場から逃げ出したい気持ちに駆られていた。ロルダンが怖いからじゃない、自分が仲間を傷つけてしまう可能性が怖かったんだ。

 俺は確かにロルダンの鼻を明かしてやりたい気持ちがあった、だが、まさか真剣で斬りかかってこいと言われるとは思いもしなくてな。

 もし、俺たちがロルダンに大怪我を負わせてしまったらどうすればいい? そんな重責を負いきれる自信はない。

「ライグ、ピトン。本気で大丈夫だ。本気じゃなけりゃ、ロルダンに殺されるぞ」

 俺たちが武器を見つめたままじっとしていると、観衆の中から一人の男が進み出た。

 ジャベリンだ。騒ぎを嗅ぎつけて見にきたらしい。

 いつの間にか辺りには人だかりができていて、それだけ俺たちの試合が面白い見世物だと思われてるんだと感じた。

 ジャベリンはいつになく真顔で、

「仲間を殺すくらいの覚悟がないと、君たちは一生ロルダンには勝てないよ。試合を申し込んだ以上、本気で挑まなければロルダンに失礼だし、恐らく向こうも殺す気で向かってくる。自分の命を守るためだと思って死ぬ気で戦うんだ――いいね」

 優しげに、それでいて厳しい口調で忠告した。

 今思うと、上手いことジャベリンに乗せられちまった気がするな。でも、若かった俺たちは先輩の言葉を信じて挑むしかなかった。

 だって、ここまで言われたらもう引き返せないだろ?

「もし俺たちがロルダンを怪我させちまったら、あんたがフォローしてくれよ」

 俺はすがるようにジャベリンに言った。ジャベリンは苦笑して頷いた。

「杞憂だと思うけど、わかったよ」

 そのときやつが言った杞憂の意味を、俺はもっと深く考えるべきだった。

 俺とライグは緊張しながらも、士官学校時代に練習した連携の手はずを簡単におさらいし、腹を括ってロルダンに向き直る。

 こうなったらロルダンが俺たちを見直すくらい徹底的にやってやるさ。もちろん殺したいわけではないが、多少の怪我は覚悟しろと、俺は心を鉛みたいに硬くした。

 横でライグの気配が変質するのを感じた。ライグは気持ちを戦いに向けると、辺りが冷え込むくらい異質なオーラを放つ。

 俺はライグの変化を感じ取り、じわりじわりと摺り足でライグと距離を空け、ロルダンに駆け寄る準備を整えた。

 対するロルダンは、普段と同じく険しい顔つきで、だが普段以上に鋭い眼差しで、俺とライグを交互に睨み付けていた。獲物を見定める獣みたいな目だ。

 ロルダンが戦う様をこれまでちゃんと見たことはなかったが、やつの構えや空気感だけで数々の修羅場をくぐってきた歴戦の猛者だとわかった。

 だからって、ロルダンに怯えていたつもりはない。俺だって既に戦場で人を殺した経験があり、それなりの覚悟はしてたんだ。

 俺は次、ロルダンの視線がライグに向こうとした瞬間が狙い目だと踏んだ。

「――――らぁッ!」

 タイミングを見て、短く気合いの声を発し、力の限り大地を蹴りつけ砲弾みたいに飛び出した。

 間髪入れず、ライグも「ハァァ!」と雄叫を放ち、一直線に駆け出す。

 俺は半円を描きながら、ライグは一直線に正面からロルダンに向かった。

 俺たちの狙いは、ロルダンがどちらかと相対したとき、側面ががら空きになる一瞬の隙だ。

 もしロルダンが正面から迫り来るライグを迎え撃とうとすれば、俺は奴の背面に周り込み後ろから首元に刃を突きつければいい――そうなれば、刃を突きつけられたロルダンは降参するしかないはず。

 同時攻撃は、シンプルな戦法だがかなり有効な術だ。

 俺たちが走り出した瞬間、ロルダンは視線をライグに向け身を沈めた。正面から迫るライグに狙いを定めたのだと、感覚的にわかった。

 それなら俺は、やつとライグが衝突したときに生まれる一瞬の隙をつくのみだ。

 ライグが上手くロルダンを制してくれるのを信じつつ、二人がぶつかると目した地点に軌道を修正し、一気に距離を縮めた。

 ――と、俺の予想だにしない事態が発生する。

 ロルダンは、ライグを迎え撃つ体勢を維持していたが、ライグが掲げた剣を振り下ろすその刹那、目にも止まらぬ速さで地面を蹴り出し捨て身の突撃に出た。

 ライグの刃は、もうロルダンの目前まで迫っている。だが、ロルダンは受け身の姿勢すら取らず、ライグに体ごと真っ向から向かっていった。

 それを見ていた俺は、ロルダンは死ぬつもりなんだと思ったよ。

 普通の神経なら、ライグみたいな屈強な男が、力の限り剣を振り下ろそうとしてる間合いに突っ込もうと思うか?

 しかも、ロルダンは模擬刀を後方に放り出していた。生身で切っ先に向かっていく姿は、もはや常軌を逸した無謀だと感じられた。

 不意を突かれたライグが、つい振り下ろす力を緩めてしまった……というわけじゃないぞ。

 ライグの目は本気だった。己の剣で対象を一刀両断することに、何の躊躇いも迷いもない目をしていた。きっと、剣を振り上げたライグ自身も、既に止まれなかっただろうと思う。

 でも、ロルダンの判断は決して間違ってなかった。

 やつは、勝利を確信して突撃に転じたに過ぎない――あとになり、そうわかった。

 あっという間の出来事過ぎて、俺には何が起こったのかさっぱりだったね。

 ただ、俺にわかったのは、ライグの剣が宙に弾き飛ばされたってことだ。

 俺が「あっ」と思ったときには、剣は弧を描きながら空を舞い、ロルダンはライグの腕を掴んで捻り上げていた。

 主の手元を離れた剣が宙を舞うほんの瞬刻に、ライグはいともたやすく伸されてしまった。まさに、目にも止まらぬ早業だ。

 この戦いに関しては、本当に何もかもが一瞬で、何がなんだかわからないうちに全てがロルダンによって打ち砕かれて、とにかく圧倒的な戦歴を見せつけられ震えるしかなかったよ。

 剣が地面にドスッと突き刺さる音が耳に届いた。目の前でライグがうつ伏せに倒れてる姿を、信じられない気持ちで見つめていた。さっきまでライグは確かに剣を振り下ろそうとしていたはずなのに、剣はいつの間にかライグの手を離れ地面に突き刺さっている。そして、剣を弾き飛ばされたライグは、すでにロルダンの手で意識を絶たれている。

 たちの悪い手品みたいだ――本当に笑えない。

 ライグが声もなく伸された時点で勝機はないと見たが、若い俺はただ自暴自棄に走る。

 勢いを殺せず、中途半端に止まることも憚られ、そのままロルダンに突進することにした。

 日焼けした男は鷹揚に俺に向き直り、わずかに歪んだ微笑を浮かべたみたいだ。日頃あまり笑わないくせに、こんなときに限って嫌な野郎だ。

 俺は一際大きく跳び、ロルダンの胴体めがけて短剣を突き出したが……結果はお察しの通りだ。

 腕を掴まれたという感覚はなかった。ただ、なぜか短剣が飛んでったって感じだよ。

 俺は自分の体がぐっと宙に固定された感じがして、胃が口から飛び出しそうな衝撃に襲われた。なんていうのか、あれは、トロッコが急停止したときに内臓が体から飛び出しそうになる感覚に似てたな。

 俺自身は、そのとき自分がどんな状況に置かれていたか全く把握できなかったんだが、空中で短剣を弾かれ首根っこを掴まれてたらしい。通りで地面に足がついてる感覚がなかったわけだ。

 そして、そのまま鳩尾に一発ぶちこまれノックアウト。

 それで、呆気なく試合終了だ。

 鳩尾に重いのが入ったのはさすがにわかった。経験したことがあるやつならわかるだろうが、鳩尾に衝撃を食らって失神するのは死ぬほど苦しいんだ。

 しかも、脳天に食らって落ちる場合と違って一瞬じゃない。俺は死にたくなるような、悶絶の感覚を味わうはめになった。

 ぽいっと地面に投げ飛ばされ、しばし窒息感と激痛に悶えたあと、ようやく気が遠退くのを感じた。この苦しさから逃れられるなら死んでもいいや、とすら思いながら、俺は底の見えない暗闇に沈んでいった。




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