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小舟は帰らず  作者: 霧雨ウルフ
蛇の牙
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砦の仲間たち

 ジャベリンやその仲間たちと知り合い、任務の間を縫って兵器の修復作業をしている間に、俺は彼らについて多くの情報を得た。

 ジャベリンという名はもちろんあだ名で、本名はジャン=クリストフ・ティトルーズなんていう大層なもんだったし、おまけに階級は曹長だった。

 新兵が曹長クラスに舐めた口を利いたら叩き斬られてもおかしくないわけで、俺はこれまで散々やつに生意気を言ってきたのでぎくりとした。

 しかし、他の兵士たちによると、ジャベリンは砦にいる隊長格の中でも部下に寛大なことで有名らしくてな。やつは怒ることがほとんどなく、それでいて仲間の状況を把握し先導するスマートなやり手で、多くの兵士に慕われていたようだ。

 俺にそういった砦の内情を教えてくれたのは、例の義足の怪力軍人、デシデリオだ。

 やつは俺が砦で親しくなった男たちの中でもとりわけおしゃべりかつ酒豪で、いつも赤ら顔に陽気な笑みを浮かべ、周囲が聞いてもいない駄弁や与太話を披露する元気な男だった。

 あいつの話は半分が出鱈目だからあまり本気にするな、とジャベリンに苦笑と共に注意されたりもしたが、俺はこの無駄に口が回る男からたくさんの情報をもらったし、やつの能弁っぷりは嫌いじゃなかった。

「大佐殿は、反抗的な兵士をいじり倒して屈服させたくてうずうずしてるようなサディスティック鬼上官だけど、軍人としてはなかなか優秀なお人なんだぜ。蛇の牙を二十年間守り通し独裁できた人は、砦の歴史を振り返ってもごく一握りだからな。蛇の牙は、皇国との戦争が始まるずっと前から、各陣営が熾烈な争奪戦を繰り広げてきた血濡れの城――要するに、多くの男を破滅させてきた魔性の女だ。そいつをここまで上手く手懐けてるんだから、天晴なもんだぜ」

 バルビエに対する兵士の見解は様々だったが、デシデリオの評みたいに、畏敬の念を持ちつつも暴虐な恐怖支配に辟易している者は多かった。

 俺自身は、容姿も性格も何から何まで不快な禿げだと思っていたが、確かに蛇の牙を長年守り続けてきた実績は称賛に値するのだろう。ただ、その栄誉の裏には多くの血腥く非情な鞭撻があるんだ。

「腰抜けはここじゃ生き残れないってのを、あの人は目に見える形で示してるんだろ。臆病者は仲間の足を引っ張るお荷物でしかねぇ。この砦には不要な存在だ」

 低い声で切り返したのは、ロルダン。頭部の傷を手拭いで隠した厳めしい顔つきの男だ。

 俺は格納庫でロルダンと出逢ったときから、誰に対しても攻撃的な態度が目立つこの男に苦手意識があった。それはアルガンも同じようで、ロルダンはこうして仲間たちで談話しているときも、たびたび仲間内の誰かを抉る発言をして場を険悪な雰囲気にしがちだったので、小心なアルガンは殊更怯えている節があった。

「まぁまぁ、ロルダン。兵士も治療師や支援係も、みんなそれぞれの形で砦に貢献してるんだよ。確かにちょっとばかり気が弱い連中もいるかもしれないけど、その繊細さが仲間の細やかなサポートに繋がるんだと思って、ね?」

 ジャベリンが上手いこと返し、ロルダンのジョッキに酒を注いだ。ロルダンは鼻を鳴らしたがそれ以上は言わなかった。誰にでも攻撃的ではあったが、さざ波みたいにふわりとしたジャベリンに無意味につっかかるほど馬鹿ではないらしい。

 ロルダンのきつい言葉で辺りに緊張が走ったら、ジャベリンやデシデリオがそれとなく話題を変えたりやんわり擁護したりして、揉め事を回避するのがお決まりの流れだった。

 この頃には、特に任務がないときは、俺とライグとアルガン、ジャベリンとデシデリオとロルダンとキャレ、七人で食事やカードゲームをすることが増え、俺たちは随分親しくなっていた。

 敵に動きがない時期の砦ってのは、案外暇なのさ。それで、こうして稽古をしたり飲んだりして時間を潰しつつ、仲間の事情を知っていった。

 ジャベリンが日頃つるむ連中の中でも、キャレについては話せる情報があまりなくて、というのもキャレは本当に声を出さない男でな。ロブよりもさらに口数が少なく、仲間で騒いでるときも一人だけ全く言葉を出さないので、声を聞けた日は何か良いことがあるって言われてるくらいだったね。

 キャレはそばかすが残る色白の美男で、初めて目にしたときは一瞬女かと思った。しかし、近づいてみたら俺よりも背が高く意外としっかりした体格だったので、悔しい思いをした記憶がある。

 ジャベリン、デシデリオ、ロルダン、キャレ。この四人は、砦における俺たちの師匠であり先輩だ。これから先、俺もライグもアルガンも、やつらには何度となく助けられることになる。




 兵器の修理も、それぞれの任務の合間に順調に進められていた。さきほど俺が名を上げた面子は、格納庫で一緒に兵器の修理をしているメンバーでもあったので、朝から晩まで一緒に活動する日も珍しくなく、おかげでどんどん親睦も深まった。

 日が経つにつれ、話を聞いたりジャベリンに誘われたりしたやつらが増え、格納庫での修理活動は活発化した。その賑わいは、離れた居館に座するバルビエの耳にも届くところとなった。

 バルビエは居館二階の一室を司令室としており、たいていは司令室で職務をこなしていた。緊急時を除き、二階には下士官以上の階級しか上がれないという決まりがあるため、俺たち新米がバルビエを目にする機会は限られていたので、やつが騒ぎを聞きつけて格納庫に様子を見に来たときはびびりあがっちまったよ。

 バルビエは、ライグが死体の埋葬を始めたときと同じく、偉ぶった態度で緊張した兵士たちの間を巡回していた。今回俺たちは装備の修理をしているだけで命令違反のような真似はしていないから、やつもけちはつけにくいらしく、あまり文句は言わなかった。

 ジャベリンが進み出て修復の進行状況を報告すると、砦の主は言葉少なに作業を奨励し、一瞬だけライグとアルガンに厳しい視線を飛ばしたような気がしたが、何も言わずに去っていった。

 皆が鬼上官バルビエの退出にほっとしている中、ジャベリンが作業していた場に戻ってきて「そう簡単にはいかないかな」と呟いた。

「何が?」俺が問うと、やつは細かい作業をする手元を注視したまま口の端だけで微笑する。

「そう簡単にはアルガンを認めてくれないだろうって話だよ。確かにバルビエ殿は、アルガンの技術には感心していた。大佐も、密かに兵器の修理に着手したいと思っていたようだからね、工兵職のおかげで修復が順調に進んでいるのは認めていたよ。だけど、アルガンの弱腰っぷりには随分と苛立ちを感じているみたいだ。もしかしたら、近いうちに何か仕掛けてくるかもしれない」

 俺はどきっとして、手にしていたパーツを取り落としそうになった。

 慌てて部品をしっかり持ちなおし、ジャベリンに険しい表情を向ける。

「仕掛けてくるってのはどういうことだ? まさか、アルガンを戦闘の前線に引っ張り出すつもりじゃねぇだろうな。そうやって勇敢を無理強いするのはやめてやれよ」

 思えば、この頃から、俺のアルガンに対する態度は軟化していた気がする。

 やつが工兵としての知識と手腕を生かし、仲間の役に立とうと昼夜を問わず懸命に修復作業に勤しむ様を間近で見てると、胸が苦しいような切ないような、なんともいえない感覚に襲われる瞬間があった。

 俺はきっと、やつの健気な姿に感銘を受けていたんだろう。今なら、素直にそう認められる。

 ジャベリンは、困ったような顔を見せた。

「俺に食ってかかるなよ。俺だってできることならアルガンには無茶をさせたくない。最初に言ったけど、俺は工兵の存在を比較的重視してるつもりだ。工兵ってのは貴重な後方支援要員だからね……彼らが持ってる知識や技術は、簡単に替えが利くものじゃないんだよ」

 俺は、つい感情的になってジャベリンに的外れな苛立ちをぶつけてしまったと気づいた。しかし、不安は膨らむ一方だ。

「あの髭面が、無理難題を押しつけてこなけりゃいいが……」




 アルガンについてはまたあとで話すことにして、しばし砦の内情について聞かせようか。

 俺たち兵士の任務は、もちろん戦うことだけではない。国境に接する蛇の牙は、常に危険と隣り合わせの戦闘地域で、相手方に目立った動きがない膠着期間中も、斥候や森の見回り、砦の警備は欠かせない重要な任務だった。

 俺が初めて偵察の任務を請け負ったのは、初陣からそう経ってない頃、まだジャベリンと知り合う前のことだ。

 だが、このときはとりあえず先導に遅れないようについていくのが精一杯で。鬱蒼とした森の中をできるだけ密かに、できるだけ素早く移動する芸当ってのは実は難易度の高い技なんだ。

 俺がさっさと先に行っちまう先輩を慌ててドタバタ追ってたら、「静かについてこい!」と鋭く叱られ拳骨を食らったのは苦い思い出だ。

 以降も偵察業務は当番制で回ってきて、そのたびに班の顔ぶれは変わっていたが、あるときジャベリンに「新米には斥候任務の指導くらいしてほしい」と愚痴をこぼしたところ、やつはさらりと「俺が指導してあげようか」と言ってきた。そして、平然と班割りを変えて俺たち三人の実演指導に当たってくれた。

 バルビエからも信頼を置かれる曹長となると、さすがにやることが違ったな。俺たちは良い上司に恵まれたもんだ、と感謝しつつ、森林地帯での足さばきや隠密の基本などを学んでいった。

 ジャベリンやデシデリオたちから学んだのはこういった任務の類いばかりではなく、兵士としての体調管理や戦法に関すること、砦での過ごし方、兵士間の暗黙のルールや処世術など、実に多岐に渡った。

 また、蛇の牙ではだいたい一シーズンに一度のペースで実技演習と称する武芸大会まがいの催しが開かれる。

 実技演習は、誰でも好きな相手に試合を申し込むことができるという冒険的な行事でな。多くの試合で名を上げた者や赫々たる武功を示した者には、特別に褒賞金が与えられるというとんでもないイベントで、勇壮と戦士の質をなにより重視するバルビエらしい鼓舞手法だと思ったよ。

 蛇の牙の兵士たちの中には実技演習を心待ちにしている者もいるようで、金のためというよりは自らの武を顕示し栄誉を得たいがために全力で臨む者が大勢いた。

 反対に武芸大会にはほとんど無関心で、アルガンやキャレみたいに無駄な闘争を嫌う軍人たちは、大会に挑む仲間たちの任務を当日だけ肩代わりして引き受け、平時と変わらず斥候や見張りの仕事をこなしていた。

「どうかと思うんだ。今も怪我で苦しんでる仲間が大勢いるってのに、その横でどんぱちやるなんて、ぼくとしては頂けない」

 普段何についても無頓着なキャレが、珍しく露骨な嫌悪感を示したので俺はびっくりしたが、

「だからこそ景気付けにどんぱちやるんだよ。俺たちが勇んで戦ってる姿を見て、怪我で苦しんでる仲間たちが前向きに生きよう、怪我を乗り越えようって気持ちになってくれるかもしれないだろ?」

 と意欲満々のデシデリオがやんちゃに笑った。


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