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小舟は帰らず  作者: 霧雨ウルフ
蛇の牙
21/26

血の応酬


 ゴーチエに指示されたあと、俺は即座に行動を開始した。

 下りてきた場所をよじ登り、蔦や茂みを飛び越えながら、俺は西側へ向かった仲間たちがいるはずの地点へと急ぐ。

 森の中を疾駆していると、思いがけず森の奥から大声で呼び止められた。

「ピトンか!? どうしてここに……!」

 声が飛んできた方へ、くるりと身を返しながら急停止する。暗くて黒いシルエットのようにしか見えなかったが、声でアルガンだとわかったんだ。

「ゴーチエに西側の援護に回れと言われた。これから加勢に行くところだ」

 アルガンはそうだったのかと言いながら俺に駆け寄り、くしゃりと泣きそうな顔になった。

「それなら、おれも一緒に行かせてくれ。実はさっき、お前は戦場から離れろってライグに追い返されて……どうしようか迷ってたんだよ」

「ライグがお前を?」俺は瞬時に状況を理解した。

 ライグって野郎は、劣勢なときほど自分が前線を引き受け、他の仲間は安全な場所にやろうとする節がある。今回もそうだとすれば、西にいる仲間たちの戦況は思わしくないと見ていい。

 俺たちが向かい合って言葉をなくしていると、森の奥からさらに別の動きがあった。

「お前たち、ぼさっとするな! 現在、西の歩兵部隊が圧されている! 俺たちも援護に行くぞ!」

 向こうから駆けてきたのは、見張りと射撃についていた帝国軍人たちのようだ。

 キャレたち射手は高所から敵を狙う手筈だったが、上手く敵を射程圏に誘き出せておらず、さらに接近を試みるとのことだった。

 敵方の賢いやつらが、谷の地形を上手く利用して撹乱しているのかもしれない。思いきった行動に出るだけあって、なかなか強かな集団だ。

 俺とアルガンは援護に向かう群れに加わり、彼らと一緒に藪をかき分けながら進んだ。アルガンは自信なさげに自分の剣を見つめていたが、逃げ出したり泣きわめいたりはしなかった。

 いつの間にか、俺の隣にキャレが並んで走っていた。

 やつは俺に低い声で告げる。

「たとえ誰が倒れても、うろたえるなよ」

 嫌に胸に刺さる警告だった。

 先に西で戦っているはずの面々を思い出そうとしたが、余計焦るだけだろうとわかったので、俺は無心に走り続けた。




 ようやく、仲間が戦う場所へと続く緩やかな下り坂に到着した。

 ここから先は木々がまばらで、他の場所に比べ幾分か視界が良い。おかげで、坂を下りきる前に西側の状況を観望することができた。

 俺がまず驚いたのは、目に見える場所に立っている人間の少なさだ。

 理由の一つは、そこらに転がる人間の数を見ればわかった。負傷者、死者共に少なくない。

 もう一つの理由は、皇国軍の戦法にある。

 一見したところ、やつらは谷の木立を盾に姿を隠し、投擲武器や弩による遠距離からの攻撃を主力にしているらしい。広範囲に展開するのではなく、できるだけ密集して集まり互いの死角を守りあっていた。

 茂みに遮られ全貌は把握できなかったが、戦いぶりを見るに、なかなか粘り強く帝国兵を迎撃し押し留めている。開けた場所から攻撃しなければならないこちらにとっては、皇国兵の対応はかなり憎らしかった。

 俺は状況判断を終え、意を決して斜面を滑降し始めた。

 隣にいたアルガンが先を急ぐ俺を見て慌てたが、キャレが体を押し当てアルガンを引き留める。巨体のアルガンが俺と同じ事をしようものなら、格好の的になるだけだ。

 俺は完全に見通しの良い場所までは踏み出さず、木陰に身を隠せるギリギリに留まった。

 戦線に立つライグ、ロルダン、デシデリオの姿を確認する。

 仲間たちは投擲による攻撃を警戒し木や岩影に身を隠したりしつつ、なんとか相手の戦力を削ろうと奮戦していた。

 ライグは左手を派手に負傷していたが、まだなんとか持ちこたえていた。ロルダンとデシデリオもいくつか傷を負っていたが、今のところ致命傷はなさそうだ。

 ロルダンとデシデリオは砦でも最強の一角と言われているだけはある。圧されているはずなのに、二人とも実に落ち着いて敵と相対していた。数々の死線をくぐってきたというのは伊達じゃない。

 俺は、まだ絶望的に追い込まれているわけではないと考え始めるも、作戦の総指揮であるジャベリンの姿が見当たらないと気づく。

 まさか、あの男に限って、そんなことは――。

 俺が動悸と共に息を震わせる中、背後から別の動きがあった。

「動くなよ、ピトン」

 普段なら滅多に声を張ることのないキャレが、忠告と共に俺の後方から矢による一撃を放った。

 俺の左側を掠めていく距離で、ヒュッと空を切る音がする。

 直撃の瞬間は見事なもので、キャレの矢は前に出ていた皇国兵の首元に命中した。

 その後、キャレに続き弓士による攻撃が始まった。砦での籠城戦では鋸壁から矢雨を降らすのが彼らの役目なので、ここまで前線に近づくことは珍しいが、それでも的確に敵を射抜いているのは彼らが手練れという証だろう。

 ロルダンは、敵が弓による攻撃に怯んだ一瞬を見逃さなかった。

 やつは岩影から駆け出し、こちらに向かってくる投擲などものともせずに、無謀とも言える突撃に転じた。

 遮るものがほとんどない中、弩や弓、おまけに魔術までこちらに向いている中、猛然と敵に突進する。それをやってしまうのが、ロルダンの強さであり獰猛さの顕現だ。

 そんな命知らずなロルダンに先導される形で、他の兵士たちも雄叫を上げ一斉に敵に向かい始める。ジャベリンの姿がないことに恐怖を感じつつ、俺も開けた戦場へと駆け出した。

 すぐにライグが敵と交戦しているのが見えた。ロルダンと共に敵陣に切り込んだかと思っていたが、腕の負傷が堪え苦戦しているようだ。

 俺はダガーを構え、ライグと交戦する剣兵の死角へと迫っていく。そろそろと近づいてくる俺の存在に気づき、ライグは俺と連携の体制を整えるため敵を上手く引き付けた。

(ライグは手負いだ。ここは俺が仕留める――!)

 俺は地を蹴り疾駆した。

 敵が振り返る直前で背に飛びかかり、相手が俯せに倒れ込んだところで、すかさずダガーを突き立ててやった。

 はじめは広く狙いやすい背中のど真ん中に。続けて、首の根元へ致命傷の一撃を。

 傷口から血が溢れ出し、俯せの敵はごぼごぼと血を吐き出した。何度も聞いたことがある、もう助からない傷を負った人間の最後の吐息だ。

 俺が一人を仕留める間に、ライグは既に別の男と剣劇に発展しており、執拗に負傷した左側を狙われていた。

 右手の力だけではいなしきれないと見たライグは、敵の攻撃を左手を盾にして受ける。なんとか胴への損傷は抑えたが、左腕は無惨なほどにずたずたで到底使い物にならない。

 友人は低く唸り、ついによろめく。

 敵がここぞとばかりに剣を振りかぶった。

「させるかっ!」

 俺は咄嗟に、敵兵の脇腹に向かって全体重を乗せて体当たりした。

 剣が空を裂き、斬撃はぎりぎりライグから逸れる。

 突撃してきた俺に押し倒された相手は忌々しげに毒づき、腕を押さえられ剣が振るえないとわかると、空いた左手で痛烈な拳を繰り出してきた。

 よけ損ねた俺は左ストレートをもろに食らい、意識がふっ飛びかけた。

 その隙に、敵兵が俺の手を払い剣を横に薙ぐ。俺は間一髪のところで後ろに飛び退いたが、大きく体勢を崩してしまった。

 敵が、地に伏せる俺に剣を突きつけにじりよってくる。

 ライグが俺の助太刀に来ようとしたが、他の敵が迫っているため迂闊に動けない。そもそも、今のやつにはほとんど力は残っていないだろう。

 武器も手放し、ライグの援護も望めない。ついに命運尽きたか。

 俺はそう思い、拳を握り締めた。

 しかし――どうやら勝利の女神は俺を見捨てなかったようだ。

 戦場に一陣の涼風が吹き抜けたような気がして、はっとする。

「お前たちの相手は俺だよ」

 颯爽と現れた男は、俺たちと同じ帝国の軍服をまとい、2メートル近い長柄を携えていた。

 やつは槍の長いリーチを巧みに利用し、俺に迫る敵の腕を穂先で見事に貫いた。

 刺突を受け、俺を追い詰めていた皇国兵は苦悶の悲鳴と共に剣を取り落とす。槍士は得物を握れなくなった敵をなんなく片付け、俺たちの周辺に群がっていた皇国兵を葦のごとく薙ぎ払っていく。

 見覚えのある鮮やかな槍術に、俺の胸はいっぱいになった。

「ジャベリン!!」

 ジャベリンもといジャン・ティトルーズ曹長は、例の涼やかな微笑で俺たちを振り返る。

「喜ぶのはあとだ。俺たちも攻勢に転じるぞ」

 ジャベリンが穏やかな表情を見せたのは一瞬だったが、それでも俺たちを奮い立たせるには十分だった。

 ジャベリンは無事だったんだ!

 確かな事実が、俺の心に光明をもたらす。やはりこの男は、そう簡単にくたばる柄ではないらしい。

 俺の隣にいたライグが、左手を庇いながらジャベリンに続いて走り出そうとする。

 ジャベリンは、ライグに難しい顔をした。

「君は下がって後衛の守備に回れ。そこで応急処置を受けるんだ。その傷で突撃に参加しても犬死にだよ」

 ライグは自身の有り様を見て、悔しそうな表情を浮かべた。

「すまない。俺が不甲斐ないばかりに……」やつはジャベリンの顔をまじまじと見る。

「俺を庇ったときに長柄で殴られたところは大丈夫なのか?」

「少なくとも頭蓋骨は割れてないし、今は意識もしっかりしてるよ。心配しないでくれ」

 ジャベリンの側頭部には出血の痕跡が残っていた。俺が来る前に、頭部に重い一撃を食らったみたいだ。

 ジャベリンはライグに後方へ下がるようもう一度指示し、俺と共に敵陣へ向けて駆け出した。

「ライグとの会話は聞いてたね? 実は、殴られたあと俺はしばらく意識をなくしてたんだ。悪いが、今の戦況を教えてくれないか?」

「ロルダンとデシデリオが先駆け役になって、森奥へと敵を追い立てている。弓部隊も平地まで下りてきて、圧をかけてるところだ」

「君はなぜここに? ゴーチエと一緒に、東で罠をしかけていたはずだが」

「ゴーチエは西が苦戦すると見て、俺をこっちへ寄越した。やつもやつで、罠を設置し終えたら東から攻めると言っていたよ」

「なるほど。ゴーチエらしい判断だ。それなら、このままやつらを罠まで追い詰めよう」

 ジャベリンは、即座に次の一手を導き出した。

 やつは槍をぐるりと頭上で回し、周囲の注目を集める。

「総員、東へ圧せ! このまま森に入り、敵を追い立てるぞ!」

 ジャベリンの威令が飛んだことにより、総指揮が復活したことに気づいた仲間たちは、瞬く間に勢いづいた。

 弓士たちも平地まで出てきて、じわじわと敵に迫っていく。部隊全体で威圧するつもりのようだ。

 俺はジャベリンと並んで、谷に広がる林地へと踏み込んだ。

 木々が視界を遮り、木の根が足を取る。山間戦闘は平地よりも疲弊するが、それは向こうも同じだろう。やむを得ない。

 森の中では、既に至るところで衝突が繰り広げられているようだ。皇国兵は森の奥へと圧されているみたいだが、木々の影が深いため、戦闘の全容を把握するのは難しい。

 俺が周囲からの攻撃を警戒する中、右手から剣劇の音が響いてきた。帝国の仲間が皇国兵二人に襲われている姿が窺い知れる。

 ジャベリンにそちらへ向かうと手振りで伝え、俺は仲間の援護に走り出す。ジャベリンもジャベリンで、先に行った仲間の元へと急いだ。

 駆けつけた俺は先にいた帝国兵に加勢し、皇国兵二人を速やかに始末する。

 敵は無事に倒せたが、共闘した仲間は軽くない傷を負っていた。このまま放置すれば、そう長くはないだろう。

 俺はまだ助かるかもと、仲間を後方へ連れていこうとしたが、男はそれを断り早く奥へ行けと命じてきた。

「まだ、魔術師とおぼしき敵を、倒せていない」

 男は、息も絶え絶えに告げる。「やつは、森の奥へと逃げたはずだ。もしかしたら、なにかしかけてくるかも、しれん」

 そう言い終わるやいなや、帝国兵は血の塊を大量に吐き出した。

 最後まで果敢に戦い抜いた仲間の肩に手を添え、俺は静かに言った。

「教えてくれて助かった。あんたは立派だよ。今はどうか、心行くまで休んでくれ」

 それが永遠の休息になることは、男も俺も承知していた。

 これまでも多くの仲間を見送ってきたとはいえ、命尽きる瞬間を見つめるのは、いつまでも慣れないな。

 俺は深く息をついて立ち上がり、力尽きた仲間から離れ、森の奥へと進路を向けた。

 やつが言っていたように、まだ敵に魔術師が残っているのだとすれば、先に向かった仲間たちが危険だ。俺は魔術師の殺害を第一に考えることにした。

 深く息を吸うと、

「敵の魔術師はまだ生存しているようだ! 気を付けろ!」

 俺は声を上げて仲間に注意を促す。

 俺の知らせに応えるように、他の仲間も、近くにいる別の仲間に魔術師を探し出せと伝搬していく。

 そうやって帝国陣が魔術師への警戒を強める中、森の奥手である東側から、何かが爆発するような地響きが伝わってきた。

 もしや、ついにこちらの罠にかかったか――?

 しかし、そう期待したのも束の間。

「時魔導師、色彩魔導師の姿を確認した! やつらの術により、自陣に大きな被害が出たようだ……!」

 にわかには信じがたい知らせが、俺の耳に飛び込んできた。



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