プリン色の休日
特に用事のない休日。
ひたすらに小説を書き続けて数時間。
基本的に書き出すとしばらくは止まらなくて、同じ姿勢でひたすらにキーボードを叩く。
「疲れた」
タンッ、とエンターキーを強く叩く。
何故かエンターキーだけは強めの力で叩いて、フィニッシュをかけてしまう。
それからカチカチと音を立ててマウスを弄り、小説を保存してワードを閉じた。
折角の休日に引きこもっていつもと変わらないことをしているのは、ほんの少し勿体ないような気もする。
だけど結局外に出たって疲れるし、のんびり過ごしている方が合っているのだ。
はぁ、と短い溜息を吐き出して、回転椅子の背凭れを使い背中の骨を鳴らす。
パキポキと気持ちいい音から、ゴキッという大きめの音まで聞こえて来た。
机の隅っこに置かれた時計は午後三時過ぎを指している。
今日は朝から天気が良かったので、洗濯物を外に干しているけれど、取り込むにはまだ時間があった。
買い物も夕方の方が外に出やすいし。
掃除洗濯も午前中に終わらせたから……。
何をしようか、そんなことを考えていたら別の部屋にいる同居人が私を呼んだ。
「なぁに?」
パソコンの画面の電気だけ消して、自分を呼んだ同居人のいるリビングへ向かう。
久々に休みがあったのに何もしてしてなかったことを思い出して、罪悪感を感じた。
でも同居人である彼は、黒いエプロンをつけたまま私を見て笑う。
「お昼食べてなかったろ?」
彼の言葉にお腹の虫が動き出す。
あぁ、確かに小腹が空いている。
元々燃費はいい方でそんなに食べない方だし、小説を書いているインドア系だから動かないせいで少食気味なのだ。
対して彼は超アウトドア派。
小学校の頃から野球をしていて、大学だって体育大学で相変わらず野球を続けている。
高校時代の名残なのか、毎食ご飯は最低でもどんぶり三杯食べていて、見ているこっちがお腹いっぱいになるくらいだ。
「ゆきくんは食べた?」
「当たり前だろ」
溜息混じりに答える彼。
食に対する関心が薄いと常日頃、彼からお叱りを受けている私だけれど、一食くらい抜かしても人は死なないと思っている。
事実死なないし。
そんなマイペースな私を見て、彼はガシガシと乱暴に自分の頭を掻いて、いつもご飯を食べる時に座っている私の椅子を引く。
私は首を傾げながらもそこに座って彼を見上げる。
「はい、どうぞ」
悪戯っぽい笑みを浮かべて彼が私の目の前のテーブルに置いたのは、綺麗な艶のあるプリン。
それが二つお皿の上に行儀良く並んでいて、その周囲には生クリームとチョコと真っ赤なソースが飾り付けられている。
片方のプリンには苺アイス。
もう片方のプリンには生クリームとさくらんぼ。
一応大学生で成人済みな私だが、こういうのを見ると何だかウキウキしてくる。
子供心が未だにあって童心に帰るみたいな。
それに女の子は基本的に甘いものも可愛いものも大好きだから、目の前のこれはどストライクそのもの。
「食べていいの?」
ぐわん、と彼に顔を向ければ彼はクスクスと笑いながら、銀色に輝くスプーンを私に手渡す。
いいよ、と柔らかく響く声に深い笑みが浮かぶ。
手を合わせて、いただきます、を言えば、彼は笑顔を浮かべたまま頷いてエプロンを外す。
この年になってもプリンには魅力を感じる。
勿論スタンダードなプリンもいい。
チョコレートだってチーズだって素敵だし、焼いてあっても素敵だ。
でもいま目の前にあるやつが一番素敵。
「市販のだけどなぁ」
ははっ、と笑いながら私の前に座る彼。
付き合い始めた頃から何一つ変わらない笑顔を見て、私はツヤツヤのプリンにスプーンを入れた。
茶色のカラメルと黄色っぽいカスタードの部分が綺麗に混ざっていて、お腹の虫が騒ぐ。
プリンが乗ったスプーンを口の中に入れれば、ふんわりとカスタードの匂い。
それから舌を転がるほんの少し苦めのカラメル。
「美味しい」と呟く私に彼は嬉しそうにする。
ひたすら小説を書いて疲れ切った頭が、糖分を取り込んでゆっくりと活性化させられるような気がした。
甘い物がそんなに好きじゃない彼は、私が食べているのを楽しそうに見ている。
いつか彼が言っていた「甘いの好きじゃないけど。お前が食べてるの見るのは好きなんだよなぁ」は、きっと今でも変わることがないんだろう。
「あーん」
「え、マジで?」
プリンと生クリームの乗った部分を彼に差し出せば、凄く微妙な顔をしながらも口を開ける。
私は歯を見せて笑う。
彼は眉を下げて仕方ない奴、とでも言うように笑った。