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派遣の魔術師  作者: 熊五郎
魔術師はツライよ
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1ー1

3/6に文章を修正、加筆しました。

「た、大変だぁあああ!」


 昼食を食べに行ったはずの同僚がドタバタと慌ただしく戻ってきた。その額には大粒の汗が滲んでいる。肥満の彼が、イケメンの次に嫌いと言っていた運動をするなんてただ事ではない。


 何だ何だと同僚たちが見守る中、彼はゼエゼエ喘ぐ息を整えると、グッと唾を飲み下した。


「し、死神が来た…!」


「……」


 わずかな静寂のあと、その場は阿鼻叫喚の巷と化した。よくわからない奇声を上げひっくり返る者、書類を蹴散らし逃げ惑う者、泣き叫び嘔吐する者。テロリストでも乗り込んできたようなリアクションを繰り広げる同僚たち。


 しかし、これが毎回となると慣れてきた私は頭を壁に打ち付けている同僚を止めにかかった。





 ここは『魔術大国アグルアムニ』の魔術省・中央研究所。優秀な魔術師が魔術の開発や発展のため、日々研究に励んでいる。


 そんな彼らに『死神』と呼ばれるのが、他国との交際や交渉を司るアグルアムニの外交省だ。


 アグルアムニは周辺を囲む大国に魔術師を派遣している。そして、毎年人事移動の時期、どの魔術師をどこの国のどこぞに派遣するかを決めるのが、外交省なのだ。


 選ばれるということは、国の代表に相応しい優秀な魔術師として認められた証。誉れなことだが、魔術師たちは性質上、それをこの世の終わりのように恐れていた。






 受付嬢の案内でやって来た死神の姿に、研究室に緊張の糸が張り詰めた。男の手には召集令状が握られている。


「お、おおおかしい、よッ…。じじ人事移動まで…ま、まだ二ヶ月もあるのにに…!」


 吃音の男がどさくさに紛れて私の手首を握る。同意しつつ、その手を払い除けた。


 人事移動は毎年決まった時期に行われるが、時々不測の事態が起きる。前任者の突然の失踪、退職。精神を病み職務が全う出来ないと判断されると、そのまま病院送りになるらしい。



 死神はもったいぶるような緩慢な動作で令状を拡げた。息を飲む音がそこかしこから聞こえる。







「異界の魔女、キリアン。貴殿に聖セシリア国、第四砦への配属が決まった」


「……私?」



 呆然とする私に、同僚たちが励ましや憐れみの声をかけていく。しかし、その実は死神の大鎌から逃れた歓喜で舞い上がっているのが見え透いていた。






 私は『異界の魔女キリアン』こと本名、霧山結衣(きりやまゆい)。三年前に異世界へ迷い込み、魔術大国アグルアムニで保護された日本人だ。


 この世界では異なる世界から人が迷い込むことが稀にあり、その人は『ワタリ』と呼ばれる。


 ワタリは元の世界で培った知識や、特殊な力で文明発展や国に貢献してきた。この世界の歴史の要所には必ずワタリの存在があり、歴史に多く名をのこしている。珍しくはあるが、既に周知のことなので、私の出現は「宇宙人目撃!?」「ついにUMA(ユーマ)発見!?」と同レベルの、なんとも微妙な具合だった。


 私は莫大な魔力量と共に魔法が使えるようになっていた。現在は魔術省で魔術師として働いている。


 突然現れた異世界人に、人としての権利を与えてくれ、住まいや仕事までも与えてくれる。ワタリというだけでとても重宝されるのだ。それほど過去のワタリたちの功績は目覚ましいものだったようで、先人たちには感謝である。



 しかし、異世界も良いことばかりではない。この世界には『魔物』という、宇宙人やUMAより現実味のないものが実存在する。魔物の領域に隣接する国は侵入を防ぐために砦を築き防衛している。その一つが、私が配属されることになった聖セシリア国の第四砦なのだ。




***



 荷物をまとめ、家具は売るか人に譲り、借りていた部屋も引き払った。お世話になった魔術省の人たちや、常連だった食堂の店主に別れの挨拶を済ませ、国が用意した馬車へ乗り込んだ。



 南西へ出発し、聖セシリアに入国する。アグルアムニは砂漠地帯なのに対して、聖セシリアは緑豊かなとても美しい国だった。


 さらにそこから西へ。長かった旅も終盤に入ると緑豊かな風景から一転、延々と続く代わり映えしない黄土色の荒野が広がっていた。このさらに先には魔物がいる。まだ見たことのない魔物、そして新たな環境に不安がつのる。


「ついたぞ」


 従者の声に、馬車から降りた。


「…すごい」


 目の前にあったのは、灰色の監獄だった。周囲を大きな壁に囲まれ、所々窓のようなものがある。そこから矢や大砲なんかを射るのだろう。外壁の中には建物が二棟。周辺は訓練場となっている。


 呆気に取られているうちに、馬車の従者は荷物を降ろし、さっさと帰ってしまった。豆粒になるまで見送っていると、背後から影がさした。私をすっぽりと覆ってしまう大きさにビックリする。


 静かに息を吸い、平常と泰然の魔法をかけると、後ろを振り返った。そこには筋骨隆々の大男が立っていた。目は鷹のように鋭く理知的で、頭はツルツルのスキンヘッド。どこぞのマフィアかギャングのボスを連想させる厳つさだ。



「ぉ…お初にお目にかかります。私、アグルアムニから配属されました、キリアンと申します。二ヶ月の臨時ですが、よろしくお願い致します」


「遠路はるばるご苦労であった。ようこそ第四砦へ。ワシはここの責任者、総隊長のジャック・ハイダーだ。貴殿を歓迎する」



(まさかの本当にボス…!)


 薄々そんな気はしていたが、一番偉い人が直々にお出迎えしてくれるとは思わなかった。


「ありがとうございます」


「ふむ。先に部屋に案内しよう」


 魔法をかけてなかったら、威圧感にやられ、チビってたかもしれない。



「魔女殿、貴殿は何やら『希代の魔術師ローズウィルド』と関わりがあると聞いたが」


 緊張しながら歩いていると、ハイダーが不意に振り返った。



「っ、ローズウィルドは…私の師でございます」



 希代の魔術師ローズウィルドはその異名の通り、希代の天才魔術師。アグルアムニにおいて、ローズウィルドを知らない者はない。



「ほぅ、そうか」



 何か含みのある笑みを浮かべたハイダー。関係性だとか、質問の意味とか、気にはなることはあった。しかし、声をかけるのが怖くて、そのまま建物に入り、すぐの部屋へと招かれた。


「ここだ」


 入って左奥の角部屋。扉には『医務室』と書かれた札。そこが私に与えられた私室兼、仕事場だった。簡単に説明を聞くと、息を付く間もなく「皆に紹介しよう」とどこかへ連れられる。


 階段を昇り、楽しく談笑する声と食器がぶつかる音を入場曲に入ったそこは、木の長テーブルがずらりと並んだ食堂だった。


 総隊長の登場で賑やかだったのが静かになり、必然と私に視線が集まる。しかし、その目はどれも冷ややかで、とても歓迎されている雰囲気ではなかった。



 ここは国の防衛において重要な拠点で、そんな第一線で国を護るのはそれはもう超一流の戦士たち。仲間との信頼が強固で、誰もが自分の力に自信を持っている。


 そんな中に、どこの馬とも知れぬ者が投入されてみろ。ハミられるに決まっている。それがモヤシのようにヒョロヒョロな魔術師なら尚更だ。前任の魔術師が任期の途中で根を上げて、故郷に帰ったのも頷けるというものだ。


 魔術師というのは総じて変わり者が多く、コミュ障で根暗だ。オフィスワークであることを踏まえると、魔術省は社会不適合者の集まりなのだ。


 他国、とくに田舎では、魔法がまだ寛容されておらず、魔術は嫌悪されている節がある。そのため、地方出身の魔術師は陰鬱で悲惨な幼少期を過ごしており、心に闇を抱えていることが多い。


 日向よりも陰を好み、万年カビ臭い図書室や実験室で引き籠り、趣味(魔術)にふけっているモヤシ魔術師たちを、真反対の体育会系男の汗と友情が立ち込める場所に放り込むなど、コミケ通いのオタクをオシャレの聖地渋谷に置き去りにするようなものだ。


文化部と運動部。

オタクとヤンキー。

非モテとモテ男。

水と油のように決して相容れない、対極の存在なのだ。



 「オタク=キモい」という概念と同じように魔術師を嫌悪する気持ちはわかる。私も当初は彼らを拒絶し散々侮蔑した。しかし、故郷のオタクと似通った生態を持つ彼らに郷愁を覚えてからは、不覚にも彼らのいる魔術省が居心地良くなってしまったのだ。



 とにかく、そのようにオタクを嫌う風潮がこの砦にもあるのだろう。過去、ここで繊細なガラスのハートを打ち砕かれたモヤシたちを思うとマジ泣ける。



「知っての通り、後任として新しい魔術師が配属された」



 ハイダーに目配せされ、唾を飲み込む。変声の魔法がのどで蠢いた。



「アグルアムニ魔術省より配属されました、キリアンと申します。よろしくお願いいたします」







「おーい、誰だぁ?戦場に婆ちゃん連れてきたやつは」



 あちこちから品のない笑いが巻き起こった。その横では頭を抱え、項垂れている者もいる。大方、次の魔術師は女だと聞いて、ピチピチなボンキュッボンの女を勝手に期待していたのだろう。


 今の私は、推測百歳越えの老婆。黒のローブを目深に被り、ほつれた白髪と鷲鼻を飛び出した醜い魔女なのだ。


 好きで醜い老婆の姿をしているのではない。出来るなら、私だってピチピチの本来の姿でいたい。だけど、そうさせないのはこの狼どもがいるから。


 ここが女に飢えた狼の巣なのは安易に想像できた。だから、この世界でも共通の鷲鼻で、髪がボサボサのオーソドックスな魔女に扮すれば、さすがにいくら女に飢えていようが、熟女好きであろうが、醜い魔女に手を出すことはないと考えたのだ。


 男に扮することも考えたが、どんなに隠しても女らしい動作が不意に出てしまうし、衆道の気がある男だっているかもしれない。


 それなら無理して男にならず、異性として絶対対象外の醜い魔女になり、女としてありつつ身を守ることが最善だと思ったのだ。


 それが仇となった。



「汚いババアだな。アグルアムニもあんなのを派遣するとは、舐めたもんだぜ」


「あそこは根暗なやつしかいねぇ、陰気な国だからな」


「あの婆さん、今にもポックリ逝っちまいそうだな」


「いつからここは姥捨山になったんだ」



 それらの言葉は、確実に私のハートを抉っていった。








「あー…前途多難…」



 与えられた部屋に戻り、ベッドにダイブすると、少し埃っぽくてゴワゴワしていた。


 ハイダーに夕食を勧められたが、あの雰囲気の中で食べられるほど私の心は強くない。馬車の中で食べたと誤魔化し、その場を逃げた。



 魔術師たちが派遣を恐れていた理由が、今本当に理解できた。


 死神が来るたび魔術師たちが取り乱す理由を、私は理解しているつもりで本当は何も分かっていなかった。


 私は社交的で、学生生活でも人間関係に苦労したことはなかった。新学期のクラス替えではすぐに友だちができたし、クラスのみんなとも仲良くしていた。


 だから私は大丈夫だと、この砦でも上手くやれると思っていた。


 それが、このザマだ。まさか初日から泣き寝入りするとは思ってなかった。


「はぁ…情けない…」



 荷物から写真立てを探り出す。そこにはいかにも陰気そうな風貌の魔術師たちと、私が写っている。前回の人事異動の際、誰一人欠けることなく死神から逃れられた記念に撮った一枚だ。眺めていると、今になって魔術省が恋しくなり、彼らの優しさを思い知らされる。



 魔術省に入った最初のころ、私はやさぐれていた。知らない世界に怯え、いつの間にか身についていた魔力に困惑し、家族や友人のいない孤独に震え、その全ての不安を魔術師たちにぶつけた。つまり、八つ当たりだ。まだ制御できない魔力を暴走させ、魔術師たちをオタクと罵倒した。私は、彼らにとって最も苦手とする不良のようなものだっただろう。


 しかし、彼らは優しかった。施設を案内し、安く美味しい食堂を教えてくれた。魔力の制御法を教え、練習に付き合ってくれた。どうして優しかったのか。それは彼らが私の不安を本当に理解してくれていたからだ。皆、それぞれ何か(中にはそういう“設定”のアホもいるが)を抱えている。だと言うのに、私は彼らの恐怖を理解してあげれなかった。



 そして国を出て初めて知る、魔術師への差別。生でぶつけられる言葉のナイフ、蔑みの目。全て初めてだった。本来、私はアグルアムニから出られない。それは私がワタリであり、国に保護されているからだ。アグルアムニの人口のほとんどが魔術師。その中で魔術師を差別する者はいなかった。


 私は国に、彼らに、守られていたのだと知る。




 ふと、枕に細い髪の毛が落ちているのが目に入る。拾い上げると、その近くにもまた一本。嫌な予感がして、枕周りやベッドの木組みの隙間を見ると、次から次へと人毛が見つかる。



「マジかよ…」



 前任者のストレスは壮絶だった。

キリアン:異世界トリップした物語の主人公。トリップ特典で魔法が使えるようになる。本名、霧山結衣。


魔術大国アグルアムニ:魔法が盛んな国。世界中から魔術師が集まってくる。砂漠地帯。


魔術省:魔術師が日々研究に明け暮れているモヤシの栽培場。根暗、対人恐怖症、中二病といった問題が多い。


聖セシリア:アグルアムニから南西の国。魔物の領域と隣接しており、砦で魔物の侵攻を防いでいる。


ジャック・ハイダー:第四砦の総隊長。容姿がめちゃくちゃ怖い。大男。

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