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5話「この世界の魔法」

 魔法。もしそんなものが実際にあるなら好奇心の強い人間はとても興味を持ち、期待すると思う。

 陽太もまさにそんな一人だった。例えば遠くの地に一瞬でワープなんかしたり、日常的なものにも魔法を駆使して便利に過ごしていたり、魔法使い専用の食べ物や道具――しかもあり得ない機能付き――が存在するなど、世界のフィクションを下地に様々な妄想をするはずだ。

 

 けれど若宮の言葉はそんな陽太の期待を全て崩してしまうものだった。



「ないって……」



 陽太はがっかりした気持ちを隠すことが出来なかった。



「魔法品に限った話じゃなくて、魔法そのものも大平君が想像するよりも遥かに下回ってると思う。ワープなんてもってのほか、さっき見せた火の玉でも充分凄い魔法だから」



 若宮は追い打ちをかけるように言葉を続ける。

 陽太はその事実に愕然とするほかなかった。だが、自分が彼女に対してあまりにも失礼なことを考えていると気づき、すぐにバツの悪い顔を浮かべる。



「ごめんね。期待させておいて。本当はここで魔法品を買うよりも百円ショップで売ってる商品の方が便利で使い勝手がいいんだ」 

「い、いや、謝るのは俺のほうだって。過度に期待して折角案内してくれた若宮の厚意もあるのに落ち込んじゃったりしてさ。何も知らないくせに出すぎたことしてごめん」

「大平君は優しいね」



 若宮は儚い笑顔を見せた。



「それにしても今の技術って凄いよね。魔法なんかよりもよっぽど魔法みたい。それは私達魔法使いにとっても、魔法を知らない人達にとってもいいことだよ、きっと」



 言葉とは裏腹に若宮は遠くを物憂げな目で眺めていた。

 無理矢理強がっている――陽太はそう感じた。

 


「そういえば、大平君に魔法品ってどういうものか説明してなかったね」



 若宮は今更になって魔法品とは何なのか陽太に説明した。


 非常に簡単な内容だった。魔法品とは魔力を注いで効果を得る品物のこと。昔はそれなりに便利に扱われていたが、近代になってから技術が著しく向上し、気がつくと技術が魔法を追い越して、今や生活費をどうしても節約したい人や一部の嗜好品代わりに使う人がほとんどだという。この露店の大半も一昔前の雰囲気が好きな中年や年寄りの趣味でやっているとのこと。



「でもね、一つだけ例外がある。大平君が想像してたものは多分こっちだね。それは私達の間では魔物まぶつって呼ばれてる」

「漢字にすると魔物まもの?」

「よくわかったね。その通りだよ。魔物まぶつは魔法品と違って元々魔力が備わっている代物。でも簡単な話じゃなくて、長い時間をかけて魔力を蓄積してるの。長く使ってた愛用品には魂が宿るってよくいうよね? 魂の代わりに魔力が宿ったって考えてくれればわかりやすいかも」

「例えばどんなものがあるんだ?」

「魔法使いといったらお馴染みの空飛ぶ箒。あれなんかは有名な魔物まぶつだね」



 陽太は素直に関心を示した。確かに想像していた魔術アイテムとはそういうものだ。



「でも長い時間をかけてってことは魔法品ってやつより数が少なくて珍しいんだよな?」

「うん。魔物の正式名称は『魔の遺物』って言って、それを略したものなの。遺物っていわれるくらいだから、レアアイテムだね。その大体は有力な魔法使いの家系が一つか二つ保持してるかしてないかってところかな」

「なるほど。魔法つっても一概に凄いものとは言えないんだな。……さっきのおじさんにも言われたけどメルヘンちっく過ぎたのかなあ、俺」

「仕方ないよ。魔法があるって知ったら私も大平君と同じような期待を抱いたと思うから」

「……本当にごめん」

「謝らなくてもいいよ。こうなることが分かってたのに、ちょっと得意気になった私が悪い」

「そんなことないって。むしろ感謝してるよ。本当なら命を救われた俺の方がお礼しないといけないのに、こうして若宮は秘密を教えてくれてさ。嬉しかったよ」

「そう言って貰えると少しは救われる」



 別に彼女を慰めるために言ったわけじゃない。陽太の本心から出た言葉だ。



「そういえば図書室で魔法を見せた時の感想、何かある?」

「あの時の感想?」



 数時間前の出来事なのに、あれから何日も経っているような気分だ。



「綺麗だなって思った」

「そっか。その言葉が聞けて満足」



 彼女は再び物憂げな眼差しになる。



「そもそも魔法っていうのは一種の文化なの。音楽を考えてみると分かりやすいかもしれない。音楽は色々な国で様々な種類のものが生まれた。魔法もそれと同じなんだけど、音楽に比べたらマイナーで絶滅危惧種の文化なんだ」



 彼女の気持ちは陽太にもよく分かる。


 大平家は元々武士の家系で一族の剣術を伝承してきた。そしてそれを途絶えさせないためにも道場を開き、訪れた門下生達に伝授してきた。

 しかしそれは一昔前の話。今では剣術なんて必要とされず、次々と道場から人が消えていき、今では血を受け継いでいる明花と陽太しか門下生はいない。

 ものは違えど絶滅危惧種の文化という点では同じといえる。



「世知辛い世の中だよな。もっと魔法のこと聞かせてくれるか?」



 うん、と若宮は頷いた。落ち込んでいた表情がぱあっと輝いたように見えた。



「ここに至るまでの過程で魔法文化は統合されて有名な西欧の魔法がベースとなった。昔の東洋の魔法は『気功』というもので表されてたみたい」

「あれって魔法の一瞬だったのか」

「意外と魔法には歴史があるんだよ。世界的に有名な忍者だって名前を変えた魔法使いなんだから」

「え!?」



 流石にその事実は驚かざるを得ない。隠密行動を得意とする戦国時代の暗殺者。それが魔法使いだなんて結びつくはずがない。



「忍者っていうと忍術で口から火を吹いたりするよね? その忍術こそが魔法なの」

「つまり奇想天外な術は全部魔法の仕業って事か!?」

「全部が全部ってわけじゃないけどね。時が流れることで話に尾ひれが付いてるものもやっぱり多いし。でも昔の方が魔法を大々的に使えて、かつ強力なものが多かったのは確かだね」

「は~、すげえな」



 歴史の真実を知って感心する。まさかこんな所で知ることになろうとは。



「実態がどうあれ、未知のものはやっぱワクワクするな! まだ何かあったりする?」

「もちろん。ずっとここで立ち話もなんだし、どこかで座って――」

「……お姉ちゃん?」



 一際甲高い声が若宮の動く口を止めた。


 振り向くと陽太と同じくらいの背の女の子がいた。長い頭髪を左右でまとめて腰まで垂らしている。いわゆるツインテールというやつだ。つりあがった目は幼い少女にしては勇ましさを感じるが、鼻や唇は小さく整っている。肌白で髪の色は若宮と同じような淡い茶色をしている。



「……赤恵」



 若宮が掠れた声を発した。明らかに動揺している。

 赤恵(あかえ)。今に至るまでに何度か耳にした名前だ。これまでの言動とこの小柄な少女の発言を照らし合わせると、赤恵は若宮の妹ということになる。



「どうして赤恵がここに?」

「私はちょっとした野暮用で来ただけ。お姉ちゃんこそどうしてここに? 学校の帰りにここを通る必要ないよね?」

「そうだけど……」

「あのさ、お姉ちゃん。今大切な時期だって分かってるでしょ? 寄り道してる暇なんかないはずだよね。それなのに最近、いっつも帰る時間遅いし。昨日なんか――」



 赤恵と呼ばれた少女は陽太を見る。


 少女と視線の合った陽太は、そこで赤恵の着る制服に見覚えがあることに気づいた。濃い緑色のブレザーに水色のリボン。一際変わった色の組み合わせの制服は、この地域で有名なお嬢様学校のものだ。男女に関わらず、そこの学校の女生徒と繋がりがあるだけで周囲に自慢出来る程だ。


 優秀で淑女であるはずの彼女は敵意を持った目で陽太を鋭く睨んでくる。



「あんた、誰?」

「ええっと……」



 助けを求めて若宮の方を見る。だが赤恵は返事を聞く前に畳み掛けた。



「まさかだけどお姉ちゃん、魔法を見せたの人ってこの人のこと?」

「う、うん」

「ふうん、この人が。昨夜聞いた分には緊急事態だったみたいだし、仕方なく許したけど。どうしてその人がここにいるの?」

「それは……」



 若宮が言葉に詰まると矛先は陽太に向けられる。



「ねえ、まさかあんたがお姉ちゃんをたぶらかせたの? どんな方法を使ったか分からないけどやめてくれる? 今、うちは大切な時期なの。変なことされると困るから」

「な……っ!? そんなことするかよ!」

「じゃあ、どうしてあなたがここにいるのか経緯を説明してくれる? 納得できる答えならあんたの言葉も信じてあげる」



 お嬢様学校に通っていると信じられないくらいに高飛車で勝気な台詞だった。

 物を見上げた言い方に思わずカチンとくる。が、そんな陽太を制したのは若宮だった。



「経緯も何もないよ」

「はあ? どういうこと?」

「もっとシンプルな答えがあるってことよ」

「何それ?」

「彼は、私の彼氏よ」



 赤恵も、言われた本人である陽太も面食らう。



「簡単な話よ。昨日話した事故から彼を救ったのも嘘。彼氏だから、私の秘密を告白した。今日連れてきたのも同じ理由。最近帰りが遅かったのも……後はわかるはずよ」



 若宮はいつもの柔らかいお姉さんのような口ぶりから攻撃的な物言いになっていた。

 信じられないような思いで彼女を見る。赤恵のことを真顔で見つめていた。



「どういう……ことよ」



 赤恵は震えていた。



「あなた、何言ってるのか分かってるの!? 今私達がどんな立場に置かれてるか理解してないわけないでしょ!? 私はそのことだけを必死に考えて思い詰めてたのに、お姉ちゃんは男を作って気の向くままに遊んでたってこと!?」

「そうよ」

「――――っ!」



 赤恵の震えは怒りによるものだと見て取れた。声にならない憤怒が表情に滲み出ている。



「もういい。分かった。あなたのこと信じてた私が馬鹿だった。もう迷わない。使えないあなたよりも私がなった方が絶対にいい。若宮家の当主は私が引き継ぐから」



 赤恵は冷静な口調の中に確かな怒りと軽蔑を混ぜて、若宮に言葉を突きつけた。それを最後に若宮から視線を外し、振り向きざまに陽太を再度睨んでから二人に背を向けて歩いていってしまった。

 

 赤恵の姿が見えなくなったところで陽太が口を開いた。



「なあ、若宮、今のは……」

「ごめん」



 若宮はピシャリと言い放つ。



「家の問題に巻き込んじゃってごめん。あと勝手に彼氏ってことにしてごめん。私のせいで赤恵に恨みを持たしちゃって……ごめん」



 若宮はただひたすらに謝った。うなだれた顔に前髪がかかったせいで、彼女の表情を読み取ることが出来ない。


 都々良と赤恵。この二人は姉妹のはずだ。けど、先ほどの会話の中に姉妹の仲を感じさせるものはなかった。あるのは険悪な雰囲気と陰湿なやり取りだけだった。

 

 二人の間には一体何があるんだろう。若宮家の問題とは一体何なんだろう。

 

 疑問は膨れるばかりだったが、今の彼女にそれを問うのは不躾な話だった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 結局あの後、若宮との会話は別れ際の挨拶だけに留まった。

 どんなに気まずい空気が流れていても元来たエレベーターまで送ってくれたのは彼女の優しさだったのだろう。


 折角仲良くなれたと思ったのに、思わぬ介入でまた良くない雰囲気になってしまった。

 どうしようかな、と考える。といっても彼女の抱える問題に自分は立ち入れるほどまだ親密じゃない。



「どうした? そんな神妙な顔つきをして」

「朝からそんな気張ってたら一日もたないぞー!」

「うるせーよ」



 こういう時、友人がいることを嬉しく感じる。いつものようにどうでもいい会話をすれば少しは気が紛れるから。それに思い詰めているだけじゃ解決策はきっと出てこない。


 武雄や守とくだらない会話に興じていると、教室のドアが開いて若宮が中に入ってくるのが見えた。

 挨拶をしようと思った。わざわざ昨日のことに触れる必要はない。とにかく彼女と話せればそれでいい。


 若宮の前に立ち、目の前にやってきたところで、



「おはよう、若宮!」



 と元気に言った。


 しかし彼女は陽太に一瞬だけ目を向けてすぐに目線を逸らし無言ですれ違った。以降、若宮はもう陽太には目もくれなかった。

 立ち尽くす陽太と彼を一瞥しただけで着席した若宮をクラスメイトが困惑の視線で眺めている。

 

 陽太はここ数日の全てが崩壊したような錯覚を覚えた。


 友人達の軽い言動から興味を持った。犯罪スレスレの行為を行ってでも彼女に近づこうとした。その途中、ハプニングがあったものの、ようやく彼女との接触に成功した。


 彼女と親しくなったと思い込んでいたのは全て自分の勘違いだったのだろうか。それとも、柱にヒビが入っただけで崩れるような脆い友情だったのだろうか。


 ふざけんな、と思った。

 確かに俺と若宮の間には蜘蛛の糸の薄さぐらいでしか絆の繋がりはない。でも、確かに繋がりはあったはずなんだ。引っ張ってもすぐに切れるほど脆弱な糸じゃないはずなんだ。

 

 こんな勝手な理由で、終わらせてたまるか。

 俺の勝手な我侭、単なるエゴイストだ。それでも構わない。たとえ彼女が納得しなくても、俺は納得してないから。

 

 大きな足取りで俯く若宮の前に立つ。机に思い切り手の平を置いて、大声で、はっきりと言う。



「おはよう、若宮!」



 彼女は呆然とした顔で陽太を見た。



「大平君」



 助けを請うように彼女は呟く。



「どうして……」

「どうしても何も、あるもんか」



 そうだ、俺が挨拶をする理由にどうしたもこうしたもない。

 彼女が例え魔法使いじゃなくても、彼女と全く親しくなくても、彼女と気まずい雰囲気で別れたとしても、そのどれにも意味はない。



「俺と若宮はクラスメイトだ。友達だ。友達に挨拶することに理由が必要か?」



 昨日ついた嘘も、今度は本物だ。



「いや……ない。けど」

「ほら、ないんだろ? ならいいじゃん。ただの挨拶だ。もう一度行くぞ」



 彼女が俺に笑顔を向けてくれたように、俺も思い切り笑う。



「おはよう、若宮!」



 若宮はどうしたらいいのか分からないようで、真顔でわたわたしていた。可愛らしい慌て方に陽太は頬を緩めながらアドバイスをする。



「とりあえず、同じように挨拶すればいいんじゃないか?」

「そ、そっか」



 そうだよね、と何度も頷いていた。

 彼女は目を閉じ、大きく深呼吸した後、陽太と顔を合わせ、



「おはよう、大平君」



 若宮都々良というクラスメイトは、魅力的な笑顔を浮かべた。




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