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4話「秘密の地下世界」

「若宮って猫好きなのか?」

「うん。嫌いじゃない」



 抱きしめた猫に頬をペロペロ舐められている若宮はくすぐったそうにしてるけど、嫌な顔をするどころか喜んでいるように見える。素直に好きって言えばいいのにと心の中で微笑んだ。



「大平君は?」

「俺も嫌いじゃないよ。どちらかというと犬派だけど」



 猫は舐めるのをやめてジッと陽太を見た。つぶらな瞳を持つ黒猫は、陽太が現代の脅威から助け上げようとした猫だ。人の厚意を構いもせずに一人で先に逃げた猫は、そうしたのは正解だったと目で訴えてくる。


 図書室で濃密な時間を過ごしてそのままバイバイ、というわけにはいかなかった。折角だし一緒に帰ろうと陽太から誘った。



「若宮はこうして帰りに猫と戯れてるのか?」

「いつもじゃないけどね。この猫と遊ぶようになったのは最近」



 若宮は猫の頭を撫でながら、彼を収める位置を変える。猫は若宮の持つ豊満な胸と細やかな腕の間に挟まった。

 そんな羨ましい所に、と思ったが腕と胸のプレス機は嬉しいと感じる以前に苦痛らしい。想像以上の狭苦しさに猫が苦悶の表情を浮かべているのを見て、陽太は心の中で合掌しておいた。



「昨日、どうして私に声をかけてくれたの?」



 猫が手を上げてSOSサインを上げているのに気づかず若宮が訊ねてくる。 


 本当の理由を話すわけにはいかなかった。ようやく獲得した彼女の信頼を一気に崩壊させることになる。罪悪感を感じながらも嘘をつくことにした。



「クラスメイトなんだから声をかけてもおかしくないだろ?」

「でも、私達ってあまり話したことないよね」

「まあ、そうだけど……。実を言うと、若宮とちょっと話してみたいなあってずっと思ってて、いい機会だから思わず名前呼んじゃったんだ」


 苦笑しながらほんのちょっぴり真相を暴露。



「私も大平君のことよく見てたよ」



 彼女の言葉に陽太の胸が高鳴る。

 よく見ていたってどういうことだ。ただのクラスメイトとしか見られてないと思ったのに、それ以上の関心があるということか!?

 いやそんなまさかと思う反面、淡い期待を抱かずにはいられない。



「そ、それはどういう意味でしょうか」

「小さいけど元気な人だなって」



 陽太のハートに言葉の矢がクリティカルヒット。

 分かっていた。分かっていたよ。そんなことだろうと思っていたさ。若宮から見たら俺はただの小人ですもんね……。



「気に障るようなこと言っちゃったかな。だとしたらごめん」

「い、いや、チビとか言われても全く気にしてないから、大丈夫」



 無理矢理笑顔を作ったものの、これでもかというくらい引きつっていた。


 体をずらして安定したポジションを獲得した猫がざまあと嘲笑してくる。てめえ、後でマタタビ揺らして散々焦らした後に目の前で燃やしてやる。



「そういや武雄から聞いたんだけど……あ、武雄って成瀬武雄のことな。あのクラスで一番でかい、四角い顔した角刈り男」

「クラスの主夫君だよね」



 悪友の一人、成瀬武雄はクラスで一番背が高く、体もラグビー選手のようにでかい。なのに手芸部に所属し、それ以外にも趣味は料理や裁縫といった女子がするようなことばかり。一説ではクラスのどの女子よりも女子力が高いとか。おかげでついたあだ名は「クラスの主夫」である。なお、本人はとても喜んでいた。



「そうそう、そいつが若宮の帰るところを見たって言ってたんだけど、あいつが見たときは正門方面から帰ってたんだよな? どうして裏門から遠回りして帰ろうとしたんだ?」



 若宮に抱いた純粋な疑問の一つだ。


 彼女は腕を放して猫を解放する。彼は少し離れてからこちらを振り向き、また今度気が向いたら遊んでやるよという感じであっという間に姿を消した。



「大平君、今、時間は?」



 ポケットから携帯を取り出して電源を点ける。画面に表示された時刻を見て伝える。



「少し早いけどいいかな」



 若宮は立ち上がり、陽太を見下ろす。



「私の秘密を黙っててくれるって約束してくれたから、そのお礼にもう一つ秘密を教えてあげる」



 彼女は人差し指に手を当てて、微笑んだ。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 若宮に案内されたのは彼女が猫と立ち会うためによく立ち寄っていた路地だ。入り組んだ細い道を彼女はスイスイと進んでいく。陽太はついていくだけで精一杯だった。



「着いた」



 若宮が立ち止まったのは雑居ビルの裏口と思われる扉の前だ。



「着いたって、ここが目的地なのか?」

「そう」



 若宮は躊躇いなくその扉を開け、堂々とした足取りで中に入っていく。

 入っていいのかなあと小心者の陽太はこそこそと彼女に続く。

 

 扉を開けて正面にエレベーターの開閉口が見えた。中はそれ以外には何もない。四角く削り取った空間にセメントで四方の壁を塗りたくった簡素な出来だ。仕方なく設置されたような天井の照明もチカチカ光っていて、今に灯かりが消えてもおかしくない。



「俺達、ビルの裏口から入ったんだよな?」



 裏口だからといってここまで何もないということはあるのだろうか。見た目がパッとしないのはともかく、他の部屋に続く道や階上や地下に進むための階段がないのはおかしい。



「ここは特別な場所で、裏口はこのエレベーターのためだけにあるの」



 つまりこの無機質で閉塞感しかない空間は、目の前のエレベーターを待つためだけに作られたエントランスであるということだ。

 人目につかない特別な場所というのは、いかにも魔法使いが登場するファンタジーにありそうだ。しかしここはファンタジーというより、ホラー映画の舞台みたいに不気味だった。

 完全に霧散したはずの警戒が陽太の内に再び集まってくる。

 

 若宮はボタンを押してエレベーターの到着を待つ。階数の表示を見るとこのエレベーターはここからでは地下にしか行かないようだ。

 チン、と軽い音がしてエレベーターの扉が開く。陽太には地獄に続く道が開けたように感じた。それでも若宮を信じて無言で付いていく。


 一般のエレベーターより乗ってる時間が長かったように思えた。それが実際に長かったのか、陽太の錯覚かどうかは分からない。

 エレベーターはもう一度チンと軽い音を鳴らして目的の階にたどり着いた。



「驚くと思うけど、あまり声を上げないで。目立っちゃうから」

「あ、ああ……」



 緊張で喉がカラカラになっていた。


 エレベーターのドアが今一度、開く。



「なん……だこれ」



 声を上げたのは不安や恐怖によるものではない。絶景を見たときに上げるような感嘆のものだった。


 エレベーターを一歩出た先には露店の並ぶ大通りがあった。露店は祭りの時に出店される屋台に似ている。といっても大通りに比べて露店は少なく、人もまばらだ。地上の商店街と違って閑散としてる辺りが逆に現実味を与える。

 通りは随分奥まで続いていて、先が見えない。地下であるはずなのに、前方はどこまでも広がっていて、別世界に来てしまったようだ。



「この街は日本でも有数の魔法使い達が集まる地なの。でも昔と違って一般人にばれると騒ぎになっちゃうからこうして魔法を知る者だけが知る秘密の地下通路が作られた。といってもここ以外に秘密の場所なんてないけどね」



 若宮はさらに言葉を続ける。この秘密の地下通路とやらは元々は防空壕だったものを改造して作り上げたものらしい。



「この通りを真っ直ぐ行って、途中の分かれ道を右に曲がると違うエレベーターがあるの。地上と違って迂回せずに行けるから結構近道になる」


 

 若宮が裏門方面から帰宅する時、この誰も知らない近道を通っているわけだ。ここなら人も少ないし、車も通ってない。遠回りする必要がないから正門から出るのと同じくらいの時間で帰れるということだ。

 

 ようやく若宮の謎のひとつが明かされたというのに、陽太の関心は既に視界いっぱいに広がる魅力的な露店達に向いていた。初めて海外に訪れた旅行客のようだ。



「なあ、若宮。そこら辺の露店を見て回ってもいいか?」

「うん、いいよ」

「よっしゃー!」



 二人の構図はおもちゃコーナーを目の前にした子供とその子供をあやす母親の図そのものだった。


 陽太はエレベーターから一番近い露店に立ち寄る。頭にタオルを巻いたいかにもなおじさんが二人を笑顔で迎える。



「らっしゃい! 元気な坊主だな。そんなに目を輝かせてよお! この子は都々良ちゃんの連れかい?」

「ええ、そう」



 二人の会話から察するに結構親しげな関係のようだ。



「都々良ちゃんの彼氏……ってわけでもなさそうだな。赤恵ちゃんの友達の面倒見てるって感じか?」

「違う。彼は同級生。彼氏でもないよ」

「高校生なのか!? 小さいから中学生かと思ったぜ」



 非常に失礼な話を眼前で繰り広げられたわけだが陽太は無視した。いつもなら真っ先に食いかかる話題も気にならないほどに目の前の商品に目を奪われていたからだ。


 並んでいたのは見慣れた日常品だった。ライターだったり、コップだったり、懐中電灯だったり。どれも百円ショップに置いてありそうなものばかりだ。けど、こんな秘密の場所で売られているくらいだ。さぞかし面白い使い方があるのだろう。



「このライターみたいなやつは何なんだ?」

「いや、そりゃライターだよ。タバコの火点けたりするためのな。……都々良ちゃん、まさかこの坊主、一般人?」

「昨日魔法を知ったばかり」



 そりゃ驚いた、とおじさんは面食らったような顔をした。



「都々良ちゃんがわざわざ連れてくるなんてよっぽど気に入ったんだな。やっぱ彼氏か?」

「だから違う」

「仲のいい二人が世間話に興じるのもいいんだけど、出来たらこれの使い方を知りたいなあって思うのですが」



 折角の商売時だというのに、そんなんでいいのかおっさん、と陽太は内心愚痴る。



「はは、慌てんなって坊主。使い方は簡単だ。魔力を込めたら火が点く。そんだけだ」

「…………え?」



 もっと大それた効果があると思っていたので、その微妙な有効方法が一瞬信じられなかった。



「なんかこう、火が点くだけじゃなくて、火で明るくなったところが七色に光るだとか、火の中に人の顔が見えて携帯のように会話できるとか、そんなことはないの?」

「随分メルヘンちっくな思考してんなあ、坊主。残念ながら、ここにある商品はどれもそのライターと同じもんさ。これでも魔法を簡単に出力できる優れた代物なんだぜ。昔の魔法品に比べたら進化した方だ」



 陽太は呆然とした。


 ここに並んでいる商品が全てこのライターと同じ……?



「こ、この懐中電灯は?」

「魔力を込めたら光る」

「このコップは!?」

「ここに小さな穴があるだろ? ここに魔力を込めれば水が出てきて飲める」



 どれも想像の遥か下を行く使用用途であった。


 魔法、魔力、魔法品。これら非現実の単語がごく当たり前に飛び交う秘密の地下世界。ファンタジー小説の世界に入り込んだ気分だった陽太はあまりの物足りなさにショックを隠せない。


 いや、まだだ。たまたまこの店が面白みに欠ける商品を集めているだけで、きっとフィクションに存在するようなファンタジーな一品があるはずだ。よく見たら値段も安い。もっと店を選別してから眺めるべきだ。



「若宮、次の店に行こう。何かお奨めの店とかある?」

「お奨めの店? ならこっちかな」



 おじさんに別れを告げて次の店を目指す。

 若宮が目指している店は通りを少し歩いた所にあるらしく、いくつかの露店を素通りする。そのほとんどの店主や通り過ぎていく一般客が若宮と陽太の二人に視線をやった。



「若宮家の長女よね」

「後ろの男の子は親戚かしら」

「若いのに偉いわねえ」



 そんな主婦の会話が聞こえてくる。彼女達はひそひそ話をしているつもりだろうけど、声はしっかり陽太達に届いている。

 通りの人模様や他の露店を見渡しながら若宮の横に並ぶ。



「色々な人がいるなあ」

「気にすることない。秘密の場所って言ったけど、人は地上と変わらないから」

「まあ、そりゃそうだよな。そういえば露店っていったらどちらかというと食べ物売ってる印象だけど、食べ物扱ってるところ全然ないんだな」

「食料はここで買えなくても、上で買えるもの。ここにいる人達も日々の生活は皆と同じ」



 皆というのは、魔法を知らない一般人達と同じことを指しているんだろう。 



「あら、久しぶりね、都々良ちゃん」



 辿りついた店では人懐っこい笑顔を見せたお婆さんが出迎えてくれた。

 さっきの店でもそうだし、ここに来るまでの道中も顧みると、若宮都々良という少女はこの辺りでは名の知れた人物らしい。


 今度こそは、とお婆さんの前に並んだ商品を見る。これまた陽太も見たことのある物ばかりだった。といってもライターのように日常的に見かけるものではなかったが。

 コマやビー玉、メンコといった、一世代前の子供達が遊んでいた玩具が豊富に置いてある。陽太も機会こそ少ないが、小さい頃手に取って遊んでいたことがある。

 そんな昔懐かしい商品が何故ここに。お奨めの店であっているんだろうか。


「若宮、これって昭和に流行った遊び道具だよな?」

「私が小学校に上がる前、ゲーム機は持ってなかったから、赤恵とこれでよく遊んでたの。あ、でも古臭い遊びが好きだったわけじゃないよ。これらも全部魔法品で、魔力を込めて動かすものなの。まだ小さい頃は難しい魔法は使えなかったから、とにかくこれでお互い競い合ってた。懐かしいなあ」



 若宮はコマを手の平に乗せて弄り回す。懐かしいという言葉に嘘はないようで、郷愁を感じさせる目をしていた。



「なるほど、これが若宮の思い出の品か」



 身辺の事情が良く分からない若宮の意外な過去を知れたのは悪いことではなかった。


 ただ不満なのは陽太が夢見ていたフィクションの中の神秘的で神々しいアイテムではなかったということだ。



「その、若宮の過去を馬鹿にするわけじゃないんだ。俺にもそういうのあるし、よく分かる。けど、今俺が求めているのはそういうのじゃなくて……曰くつきの魔法使いの魔法を跳ね返して一躍有名になった少年魔法使いが魔法の大学校に入る、あの有名な作品の夢のような一品を見てみたいんだ。我侭なのは自覚してるけど、魔法が実際にあると考えたらやっぱり期待しちゃってるっていうかさ」



 言い訳がましく意見を主張する陽太に若宮はかぶりを振った。



「……ごめん。そんな大層なものはないんだ」



 はっきりと彼女は言った。



「……え?」

「ないよ」



 もう一度、陽太の心に刻み付けるように繰り返し、そして止めをさす。



「大平君が想像している漫画のような魔法はこの世界にはないんだよ」




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