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2話「彼女の正体」

 今日は適当な理由や用事を作って学校から出るのを遅らせた。若宮が正門と裏門のどちらから出るか確かめるためだ。

 彼女が正門から出たのなら特に深追いせずに普通に帰宅する。しかし、もしも裏門から出たのならばこっそり後を追いかける。


 若宮が教室を出てから十分ほど経った。教室から正門まで十分もあればたどり着くはずだが、彼女の姿は一向に見えない。となると若宮は裏門から学校を脱出したことになる。


 正門の見える窓に張り付いていた陽太はそのような判断を下すと、バッグを持って裏門に急いだ。彼女の姿は当然ない。若宮の姿が見えるまで早足で歩いていく。



 しばらくして若宮の後姿を視界に捕まえた時、彼女はちょうど路地に入っていくところだった。昨日と同じように猫と戯れるためだろう。


 陽太はその場を一旦放置し、彼女がやって来るのを想定して公園に先回りすることにした。彼女が公園に来たら偶然を装って、「あれ若宮じゃん。俺、家がこの辺でさ。帰る前にちょっと休んでいこうと思ったんだけど……」なんて適当に話しかけて近づいてみようというのが本日の作戦だ。


 予想通り若宮は公園に姿を見せた。

 しかし彼女の姿が捉えた途端、陽太は反射的に身体を茂みに隠した。なんでだろう。やはり、いけないことをしているという自覚がうっすらあるのだろうか。もしくは映画でやるような潜入任務みたいでちょっぴり楽しんでしまっているのもあるかもしれない。そうだとしたら、やばいな。癖になる前にどうにかしないと。


 肝心の若宮はというと昨日とほぼ同じでのほほんとした調子だった。唯一違うとしたら、昨日はいなかったはずの黒猫を抱きかかえていたということ。多分、路地にいた猫を持ってきたのだろう。

 若宮は猫の顎をさすりながらボケーッとしていた。猫だけがニャアニャアと嬉しそうに鳴いている。彼女はやはり無表情で、猫に対してどんな感情を抱いているのすらも読めない。

 人間が猫よりも感情表現が分かりにくいってどうなのさ。

 

 日が暮れはじめると若宮は立ち上がり、猫を解放する。彼女は猫に手を振り、小さな声で「バイバイ」と呟く。それを確認した猫は近くの住宅の塀にのぼり、あっという間に姿を消した。

 猫がいなくなると彼女は歩き出す。スーパーを目指しているようで、陽太のその想像は正しかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「それで、昨日言ってた女の子はどうだったんだ?」



 帰宅すると明花が訊ねてくる。



「注意を払ってみたけど悩みとかあるようには見えなかった」

「ふむ……ならばやはり、ただの息抜きとかそういったものではないか?」



 一日だけならば陽太もそのように考え直しただろう。しかし連日同じ場所で同じように無作為に時間を過ごすのはやはり、変に思う。帰宅路が正反対というのも不審さに拍車をかけている。



「明日、聞けそうだったら本人に直接聞いてみる」

「それがいい。クラスメイトなんだから同じクラスの人間が気にかけるのが一番だ。部外者の私が介入する必要はない」



 言葉とは裏腹に表情は少し残念そうだった。


 明花は誰かに頼られることを誇りに思っている。だから人が悩んでいる姿を見るとすぐに頭を突っ込みたがる癖がある。実際に陽太も彼女のお節介で何度か救われたことがある。姉の数少ない欠点の一つであると同時に、強みの一つでもある。

 頼れるなら頼りたいところだ。けれど、今回の悩みはあまりに個人的なものだし、クラスメイトの女の子をストーキングしてることがバレたらただではすまない。だからどうしても一人でどうにかする必要があった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 若宮の観察を始めてから三日目。いつものように彼女をチラチラ見てはおかしな挙動を見せないか見張りつつ声をかけるチャンスも窺っていた。

 

 マジもんのストーカーになりつつあるのに危機感や後ろめたさ、背徳感なども覚え始めていた。好奇心も行き過ぎると執着心になりうる。昨日明花に話した手前もある。犯罪者になる前に悪い鎖を断ち切らねばならない。そのために若宮に話しかけてみようと考えていた。会話さえ出来れば今までの行為は踏ん切りの付かないうぶな男子高校生として見られるはずだから。


 けれど中々話しかける機会は訪れない。というより、若宮にどのように声をかけたらいいのか迷っていた。


 悲しいことにコミュニケーション能力にはそこまで長けていない。話しやすい人間ならともかく、相手が何考えてるのか読むのが難しい人間や、無口な相手には会話も詰まる。

 一応頭の中でいくつかシュミレーションしてみたが、頭の中の若宮は淡白な返事しかしてくれない。思い切って「昨日と一昨日、公園にいたろ?」なんて話しかけてみれば返事を貰うどころか軽蔑の眼差しを返される始末。

 

 どうすればいいか分からず、とりあえず八つ当たりすることにした。



「お前のコミュニケーション能力、よこせ!」

「どんなつっかかり方してんだよ、お前。俺だって別にコミュ能力高いわけじゃねーぞ? つーかどうしてそんなもん欲しがってんだよ」



 全く関係のないイケメンコミュ能力マックスの守を意味もなく妬む。

 ただお返しとばかりに、



「そこまでして若宮さんと話したいのか?」

「そ、そんなことは……」

「いや、言っておいてなんだがバレバレだぞお前。何度も若宮さんの方見てさ。自分の想いに気づいたけど勇気がなくて想い人に話しかけられない中学生の女子みたいだったぜ」

「例えがよくわからん」

「とにかく、陽太は若宮さんに惚れたってことだろ? いいことじゃん。若宮さんは難易度高いけど、それでも惚れるには充分な魅力持ってるしな。俺も一度蹴落とされた身だからよくわかる! 協力できることがあれば協力するぜ!」

「好きになったわけじゃねえから!」

「まあまあ、落ち着けって。冗談だ冗談。ま、恋のきっかけにしろ友達になるきっかけにしろ、出来ることなら自分から攻めに行くのが一番なのは本当だかんな?」



 陽太は守に弄ばれた。身長の件ならもっと強く反論するけれど、恋に関しては経験値ゼロ、初期レベルのままなので子ども扱いをされても文句は言えなかった。



 それからさらに時間が経過した。

 おおいに悩んだが段々と考えは雑になっていき、結局勇気を出して話しかけるしかないという結論に至った。

 

 だがそれが出来なかったから今日まで悶々としていたのは事実だ。なのでそこは想像で己の背を押すことにする。もしこのままズルズル引きずっていったら警察に連れて行かれるぞ……女子の眼差しが侮蔑なものになるぞ……。

 おおう、そら恐ろしい。これは何が何でもやってみせねば。



 方針と決意は固まった。

 

 今日も若宮が裏門から出て行くのを確認し、少し遅れて陽太も裏門から学校を出る。

 

 先回りして顔を合わせるのは不審に思われるんじゃないか、と今更な感想を抱いて知る人ぞ知るような道を辿って迂回し、たまたま鉢合わせた風に事を運ぶつもりだった。



 若宮の後姿を発見したのは交差点だった。歩行者信号はちょうど赤から青に切り替わる。

 どのように声をかけようかはあらかじめ決めていた。あれ、若宮? 若宮って、帰りこっちだっけ?

 信号待ちで止まっていた彼女は足を前に動かし始める。その後姿が少しでも離れていく前に意を決して声を上げた。



「――なあ」



 最初の文字すら、想定してた内容と違う。また、声は上擦っていて、心臓がバクバク鳴っている。



「若宮」



 彼女の苗字を口にする。

 導かれるように彼女が振り返る。

 一瞬だけ陽太と若宮の視線が交わる。


 ただ、若宮は片手で猫を抱えていた。突然振り向いたことに驚いたのか、見知らぬ人間である陽太に警戒したのか、今となっては分からない。ともかく猫は若宮の手を離れ、横断歩道の先に逃げようとしていた。


 信号は青だった。右手には横断する歩行者がいないと判断してスピードを落とさずに左折してくる車があった。猫とその車は――誰がどう見ても衝突しあう位置関係にあった。


 体は勝手に動いていた。先程まで若宮のことしか頭にはなかったが、それもこのような緊急事態の場では瞬時に掻き消えた。周囲の音が消え去り、リモコンのスロー再生ボタンを押したように辺りはのろくなる。


 陽太にとって誤算だったのは、猫を甘く見ていたことだろう。充分に早いと思えたが猫にとってはジョギングでしかなかったようで、本気を出した猫はさらにスピードを上げて横断歩道を渡ることが出来たのだ。

 命の危険を感じた猫は陽太の助けがなくとも窮地を脱した。


 考えるよりも前に猫を救出しようと飛び出した陽太は車に自ら突っ込んでいく自殺志願者に代わりなかった。

 右に顔を向けると車の前部分が視界いっぱいに映る。運転手が驚愕している顔がガラス越しに見えた。

 


 ――死ぬ。

 


 最悪の結末が頭をよぎった時だった。

 体に大きな衝撃が走った。見えない何かに押されるように後ろから衝撃はきた。視界が二転三転する。世界がぐるぐる回る。その中で、若宮都々良がいつもの無表情のまま口を動かし、開いた手を前に伸ばしている姿だけは捉えることが出来た。


 気がつくと瞳には夕焼けに染まった空が映っていた。

 よくわからないが、自分はどうやら仰向けに倒れているらしい。反対側の歩道に命からがら到達できたらしい。生きている……らしい。



「大平君」



 呼びかけられ、手を差し伸べられる。握り返して体を置き上がらせようとする。



「大丈夫?」



 若宮都々良の顔が視界を埋め尽くした。今さっき、一つの命が失われかけていたというのに、彼女はあまりにも冷静で淡白で――無感情だった。

 彼女ののんびりとした、やる気の感じられない眼。全く変わりはないはずなのに、この瞬間だけは陰りがあるように見えた。蔑んでいるようにも、哀れんでいるようにも、憤ってるようにも感じられる。


 陽太は起き上がることが出来なかった。足が真っ直ぐ立ってくれない。膝が震えてどうしようもない。

 絶体絶命の危機に恐怖を感じたわけでも、助かったという安堵でいっぱいだったわけでもない。陽太は自分を見下ろしてくる目の前のクラスメイトに畏怖していた。

 

 陽太が無事でいるのはあの謎の衝撃が背中を押して横断歩道の先に吹き飛ばしてくれたからだ。

 そしてそれをしたのは若宮都々良だろうという、確信めいた予感があった。

 

 でも人一人を軽々と吹き飛ばすことなんて出来るのか……? 

 それに若宮はただじっと陽太のことを見てただけで、表情の一つも崩れていなかった。たとえそこに陽太を助けようという意思があったにせよ、彼女の位置からじゃ陽太の後姿には指先すら触れることすらできないはずだ。


 同じクラスの女生徒。目立たない性格なのに身長のせいでやけに目立つ女の子。

 彼女は今、陽太の目に違う存在として映っていた。ロボット。冷徹な殺人者。宇宙人。彼女は一体、何なんだ。



「お前、一体何なんだ」



 彼は震えた声で呟く。彼を見下ろした彼女は無表情のまま答えた。



「――私は魔法使いよ」




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