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1話「ストーカー爆誕」

 ――お前、一体何なんだ。


 彼は震えた声で呟く。

 彼女は彼を見下ろして無表情のまま答えた。



「――私は魔法使いよ」



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「お前、朝何かあったか?」

「別に何もねえよ」



 陽太は適当に返事をした。何もなかったというのは嘘だ。けど何があったのか詳しく説明するのはめんどくさいし、嫌だった。



「そんな不機嫌そうな顔して何もないは嘘だろー」

「まあそう言うな。こいつのことだから中学生に間違われてイライラしてるとかだろ」

「分かってるなら言うなよ!」



 わりいわりい、と長い髪をした鼻の高い容姿端麗な新村(にいむら)(まもる)が笑いながら謝った。


 しかし事実、陽太をムカムカさせている原因は目の前でヘラヘラ笑う友人達の言うとおりなのだ。


 朝、横断歩道で押し車が倒れ、困っているお婆ちゃんがいた。見かねた陽太はすぐ助けに入った。赤信号になる前に渡っちゃいましょう、とお婆ちゃんを元気付けるように陽太は快活に言い放った。お婆ちゃん救出作戦は無事成功し、感謝もされた。お婆ちゃんは心の底から感謝を述べてくれたはずだ。が、言葉の取捨選択を間違えた。


 ――まだ中学生なのに、偉いわねえ。



「俺は高校生だこんちくしょぉぉぉおおお!」



 生徒手帳を見ても彼の名前である大平(おおひら)陽太(ようた)の欄の下には風ヶ丘高校の学生であることを証明すると書かれている。



「仕方ないだろ。身長小さい上に、割と童顔なんだ。いつものことなんだから諦めるんだ」

「いちいち怒ってちゃあ、心が持たないぜ? 低身長老顔のやつに比べたらマシじゃん。その身なりを生かしてお姉さんの母性本能をくすぐって、いざって時に本性表せばいいんじゃね」

「擬似ショタプレイか」

「薄い本が厚くなるな!」

「やめろお前ら! クラスメイトの視線が痛いだろ!」



   母性本能をくすぐって、の辺りから周囲の級友達が「んん?」と訝しげな顔になっていた。



「ったく、毎度毎度同じとこをつついてきやがって……」

「いじられるだけマシだと思った方がいいと思わねえ? あまりの背の低さにうわあ……って同情されて言及されないのが一番辛いと思うんだけどよ」



 悔しいけどその辺は守の言うとおりだ。こいつ小さいな、大変な思いしてるんだろうなと哀れみの含まれた視線を向けられるのが一番やりにくい。



「お前、今身長いくつだったっけ?」



 顔が四角く、角切りの頭をしらラグビー選手のような体格をもつ成瀬(なるせ)武雄(たけお)が何度目か分からない質問をしてくる。



「百六十だ」



 嘘だ。三センチ程見栄を張った。



「高校生の男の平均身長を考えると確かに小さいけど、陽太が一番ちっさいってわけじゃないんだから、そこまで嘆くな。お前より小さいやつに失礼だ」

「百九十を超えたお前が説教してくる方がよっぽど失礼だわ」



 武雄はクラスの中で一番でかい。もうすぐ百九十後半に差し掛かろうとしているらしい。陽太からしてみれば巨人である。

 なお、武雄は見た目に似合わず手芸部に所属する乙女系男子だ。



「あ~、スッキリしねえ。……トイレ行ってくる」

「欲求不満か?」

「違うわ!」



 陽太は立ち上がり、教室を出て行こうとする。教室と廊下の境目を跨いだまさにその時、



「ぶっ!?」

「……?」



 彼の顔に柔らかい何かが当たった。



「な、何だあ?」



 一歩下がって出口の壁になったそれを見る。陽太の視界に映るのは制服の上からでもよく分かる大きな出っ張り。人はそれを胸とか乳と呼称する。

 陽太は恐る恐る顔を上げる。その先にはクラスでも大人しい寡黙な女子がいた。しかしあくまで性格が地味なだけで、見た目はある意味で武雄よりも目立つだろう。

 何故なら目の前の女性――若宮(わかみや)都々(つづら)はクラス内でもトップクラスの美貌を持ち、かつクラスナンバーワンの巨乳であり、そして武雄の次に身長の高い生徒であるのだから。



 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「何がチビは色々苦労するだ。むしろ役得じゃないか」

「ただぶつかっただけでお色気ハプニングとかちょっとエッチな少年漫画かよ!」



 案の定、若宮都々良の胸に顔をぶつけたことを友人二人に追及される。



「あれは事故だ」

「ああそうだ、確かに事故だ。周囲の女子もあれは仕方ないって感じだったしな!」



 守は妬みたっぷりに言ってくる。



「あのな、陽太。自分がどれだけ羨ましいことをしたのか分かってるか? あの若宮の胸に顔を埋めたんだぞ、お前」

「あの若宮ってどういうことだ?」

「お前、知らないの?」



 守が驚愕の表情で陽太を見る。そこまで驚くことなんだろうか。



「物静かで、いつもボーっとしているようなあまり目立たない女の子だ。けどそれを抜いてもあまりにもでかすぎる身長。嫌でも目立つ子だ」



 そこまでは陽太も知っている情報だ。



「しかもかなり可愛い……というか綺麗ときた。おっとりとした目尻の下がった目。ゆるくてふわふわっとしたボブの癖毛でくるくるっとした茶色っ気の髪。この二つだけでもかなりのものだ。包容力のある可憐な面貌はちょっと年上なお姉さんの危ない色気を感じられる。。そして何よりも注目すべきは女性の身体的特徴であり、いつの世も男が視線を吸い寄せられる秘境――胸! 身長に合わせたのか、制服の上からでも分かる大きなお山は一筋縄ではいかない大きさだ。例えるならそれは、富士山……いや、高校生にとってはエベレスト級に値する!」

「熱弁乙」



 以上、イケメンであるが故のコミュ能力を活かして獲得してきた守による若宮都々良の身体評価である。



「守の言うように、男子を釘付けにするそれと、前述のお姉さん風な見た目が合わさって結構な男子があいつを狙ってるらしいぞ」

「へえ、そうなんだ」

「一ヶ月に一回は誰かしらアタックしてるようだぜ。ちなみに俺もその一人」



 守が自慢げに間に入ってくる。



「結果は?」

「……玉砕」

「いつものことだ。気にするな」



 守は当時のことを思い出したのか、うう、と泣いたフリをする。絡むと面倒なことになるので無視して武雄と会話を続ける。



「若宮は誰かと付き合ってんのか?」

「いや……ことごとく断ってるそうだ。中々高い壁と思われてるようだが、実際は恋とかそういったうわついたものに興味がないみたいだと言われている」



 陽太はチラリと件の若宮を見る。彼女は小さな口を動かしてパンを食べていた。

 幸せそうにパンを噛み締める彼女は、確かに恋やらなんやらという青臭いものより、日々の日常で満足しているように見えた。



 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 その日の帰り、陽太は見知った後姿を見つけた。

 周囲の男を軽々と超える身長、ウェーブのかかったような癖毛のボブ、同じ高校の制服を着て、下はスカートと来れば該当する人物は一人しかいない。若宮都々良だ。


 都々良を帰り道で見かけるのは初めてだった。高校に入学してから半年。バイトがない日はいつも同じ道を通って帰っているが、彼女の姿は見かけたことがなかった。

 寄り道だろうか。親に食材買ってきて、と頼まれているのかもしれない。

 

 少し走って若宮に話しかけてみようか考える。いや、でも、話しかけてそこからどうする? 朝のことを謝るとか。でも今朝の時点で全力で頭を下げたし掘り返すのもどうなんだろう。彼女も「気にしないで」と言ってたし。

 

 どうして俺、こんなに悩んでいるのだろう。やっぱりあの二人に彼女の意外な魅力を語られたが関係してるのだろうか。


 前を歩いていた彼女は唐突に路地に入る。あまりにも急だったので小走りで路地の直前まで移動し、そっと様子を覗く。

 彼女は黒猫と戯れていた。首輪のついてない猫相手に下あごをコロコロと撫でる。猫が気持ち良さそうな声で鳴いた。

 

 しばらくの間、彼女は猫と遊んでいた。その間彼女に気づかれることはなかった。陽太自身も、当たり前のように彼女を見ていたことに気づかず、彼女が動き出したところでようやく自分が不審者になりつつあることに気づいた。


 猫が離れていくと若宮はスッと立ち上がり、路地の奥に進んでいく。陽太は慌てて追いかける。

 都々良は入り組んだ路地を迷いのない足取りで進んでいき、しばらくすると街道に出た。そこから更に道なりに進む。遅すぎもせず、早すぎもしない。ただ散歩しているだけのようだ。


 住宅街に入り、さらに奥に進むと小さな公園があった。学校帰りの小学生やそれよりも小さい子達が遊んでいる。若宮は公園内でも子供達の興味を引かないベンチに座る。次に空を見上げ、ボーっと眺める。何かあるのかと思って陽太も同じように空を仰いだが、青空が広がるばかりで特別なものは何もなかった。

 空を見るのに飽きたのか、お次はと言わんばかりに彼女は携帯を取り出した。最新型のスマートフォンだ。画面にタッチして操作している。その間、というより路地で猫と遊んでいる瞬間から彼女の表情は変わっていない。ずっと無表情のままだ。

 

 いつの間にか日が暮れはじめていた。子供を迎えに来た親達が草陰に隠れて若宮を観察する陽太を見て、「見ちゃ駄目よ」と言ってそそくさと歩いていく。

 好きでこんなことしてるわけじゃないんだ、内心で愚痴る。

 

 陽が完全に落ちるギリギリになってようやく若宮は立ち上がる。手の平を空に向けるように組んで、体をうーんと伸ばす。手を降ろすと再びトロンとした目つきになって公園を出て行く。

 

 その後、彼女はスーパーに立ち寄り、日常食品やらお菓子やらをかごにつめてレジに向かった。商品を袋にしまい、スーパーの外に出ると元来た道を辿るように、学校の方の道を進んでいった。

 

 どこに向かうのか気になったが、夜に見つかったら交番のお世話になると判断して追跡を止めたため、そのあとの彼女がどうなったかは分からなかった。



◇ ◆ ◇ ◆ ◇



「姉ちゃん、学校の帰りに公園のベンチに座って空を長い間見上げたいと思ったことある?」

「……いくら理解力の高い私でもあまりに唐突で、かつどんな答えを期待しているか分からない質問には困惑が生ずるな」



 帰宅後、陽太は実の姉である大平(おおひら)明花(めいか)に疑問をぶつけていた。



「時間が余ったから帰りにぶらっと散歩してたんだ。そしたら同級生の女の子がいて、ずっと空を見上げててさ。ちょっと不思議に思って、姉ちゃんにもそういうのあるのかなって思って尋ねてみたんだ」

 


 流石に同級生女子の後を付けて、とは言えなかった。


 明花は自分にも他人にも厳しい人だ。真面目で凛としていて、間違ったものには間違っていると、正しいものは正しいとはっきり言ってしまう。長くサラサラした黒髪に精悍とした顔つきや動作。それでいて女性として出るところは出ていて、女の魅力と人の魅力を同時に供え持つ彼女は男子からも女子からも人気者だ。品行方正、頭脳明晰、文武両道と非の打ち所がない。


 そんな明花にストーカーをしていたことがバレたら多分、ただではすまない。



「そうだなあ……。私はないな。だが、別段おかしいとも感じない。そのように長い時間のんびり耽るのも悪くないんじゃないか?」

「その通りだけどさ、女子高生としては珍しくない?」

「世の中は広い。一人ぐらいそんな女子高生がいてもおかしくはない。ただ……のんびりしてるという選択肢だけではないかもしれない」

「というと?」

「放課後、誰にも邪魔されずに気分を変えたいがために空を見上げたとしよう。何故邪魔されたくないのか。陽太は何が思い浮かぶ?」



 陽太は腕を組んで考える。



「悩み事がある……とか?」

「うむ、私と同じ結論にたどり着いたな」



 明花は満足そうに頷いた。



「つまり彼女は胸の内に何か抱えてて、それが原因で寄り道をしたと?」

「私はそう思うけどな。同じクラスの女の子なんだろう? 普段の彼女の様子はどうなんだ?」

「いや……」



 知っている限りの若宮の様子を思い浮かべてみる。いつも眠たそうな眼をして、かつ基本無表情なので何を考え、感じているのかほとんど分からない。そういえば彼女が誰かとまともに喋る姿を見たことないような気がする。



「……あんまりその子とは仲良くないんだ。だから細かいことは知らない」

「そうか。あまり目立たない子なのか?」

「見た目はともかく、性格的には」

「なるほど。それなら仕方ない」



 明花がチラリと時計を見た。夜の九時。彼女はいつもこの時間から勉強を開始する。



「明日、彼女を少し観察してみるんだ。もし悩み事がありそうだったらお前から話しかけて相談に乗ってやるんだ。荷が重いというなら私に言え。陽太の代わりにその子の助けとなろう」

 


 明花は陽太に背を向ける。颯爽と転換した体についていくように長く美しい髪がなびく。振り返っただけなのに、一連の動作の綺麗さと力強さには思わず見惚れるものがある。

 

 姉の可憐な姿を見て陽太は若干の負い目と羨望、それから誇らしさを感じるのであった。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 次の日、陽太は昨日の出来事を悪友達に話してみた。



「うわ、お前ストーカーかよ!」

「いくら冗談でもやっていいことと悪いことがあるのは分かってるよな?」



 守は本気でドン引きし、武雄は諭してきた。



「ス、ススストーカーちゃうわ!」



 とは言っても、昨日の自分の行動を冷静に顧みると怪しいことこの上ない。というよりも第三者から見たらどう見てもストーカーだ。

 当事者にならないと分からないことがある。今日もまた一つ、世界の真実を知ることが出来た。



「お前らが昨日、若宮について色々話すから気になっちゃったんだ。つまりお前らが悪い!」

「言い訳するにももうちょっとマシなのあるだろ」



 守が呆れて陽太に反論する中、武雄はじっと黙考していた。



「武雄? どうかしたか?」



 武雄の様子がおかしいことに気づく。



「……いや、お前、若宮を帰り道に見たって言ったよな?」

「言ったけど」



 それがどうかしたのだろうか。



「若宮って確か帰る方向違ったはずだぞ? 何回か正門から出て行くのを見てる。ああ、それに登校時も何度か都々良を見かけたぞ」



 陽太達の通う学校には大きく分けて三種類の帰り道が存在する。

 まずは正門からのルート。正門を出てしばらく進むと大きな二つの道に分かれる。一つは駅に続く道。電車やバスなど公共の乗り物で来る生徒が使う道だ。そしてもう一つは市街地に続くルート。賑やかな街並みにたどり着くまで結構な住宅があり、その近辺に住む者は多い。生徒の八割はこの正門から出て帰路に着く。

 残りの二割が裏門から出て閑散とした地帯を進む。正門方面と違って、裏門はどんなに進んでもパッとしたものは存在しない。この地域で一、二を争う安さのスーパーがあるぐらいだ。


 陽太はこの二割に属しており、守と武雄の二人は例に違わず正門から学校を出る。



「つまり若宮さんは家とは正反対の方角に寄り道してたってこと?」

「陽太の話を信じるならそういうことになる」

「なあ、陽太。お前本当に若宮さんを見たのか? 別の誰かと見間違えたんじゃねーの?」

「間違えてない。あれは確かに若宮だった」



 どんなに間違えたくても間違えるわけがない。一介の女子高生が持つには特徴的過ぎるその外観。どうすれば彼女を別の人間と見誤ることができるというのか。



「でも最後にスーパーで買い物してたんだろ? タイムセールでも狙ってわざわざそっちに行ったんじゃないか?」

「確かにあそこは安いけどよ、市街地に行けば同じくらい安いスーパーがあるぜ? 反対側のスーパーに寄るなんて帰り道のこと考えたら手間が増えるだけだぞ」

「となると買い物目的でもない……。他に理由は思いつかないな」



 武雄はギブアップを宣言する。守もお手上げのようだ。



「若宮って前から不思議に感じていたけど、それがますます深まったな」



 三人で都々良の方を見る。彼女は昨日と同じパンを食べていた。あれは卵蒸しパンだ。パンを食べているだけなのにどことなく花が咲いているイメージが沸いた。


 彼女のご満悦な様子はどう見ても悩み事を抱えているようには思えない。でも、ついさっき当事者にならないと分からないことがあると悟ったばかりでもある。

 

 そもそも、俺は若宮について何も知らなすぎるのではないか。彼女が特定の男子達から人気なのも、攻略難易度がもの凄く高いのも、帰り道とは正反対の方角に寄り道するのも、あの蒸しパンをいつも美味しそうに食べていることも、こうして意識するまでは何一つ知らなかった。


 若宮都々良か。同じクラスになってから半年経ったが関わりは全く無かったといっても過言ではない。

 今になって興味を持つなんて夢にも思わなかった。


 もうしばらく若宮のことを調べてみよう。

 陽太はひっそりと決意した。




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