06 本日は晴天なり
我が学園は騎士科・普通科・魔術科の三つの学科で構成されている。
通常のカリキュラムに加え、騎士科は剣技や武術の授業を、魔術科は魔術の授業を重点的に組み込んでいるのが特徴だ。普通科は双方をバランス良く入れつつ他の科に比べると自由選択授業が多め。自分の興味のある授業を受講したり、校外実践演習へ行ったりと。まぁそんな感じである。
そして、三つの学科はその学科ごとに校舎が分かれている。それぞれの学科で特に必要としている設備や教室が違うから、諸々の利便を考えるとその方が都合が良いのだ。騎士科校舎・普通科校舎・魔術科校舎となんとも捻りの無い名称ではあるが、覚えやすいので私は良いんじゃないかと思う。
因みに、私は現在普通科の2年だ。そして例の4人の王子達はみんな騎士科と魔術科である。校舎が違うという事が幸いし、彼らとの遭遇率は極めて低い。教室移動で他校舎に赴く事や、逆にあちらが普通科校舎へ訪れる事もあるが…その辺は獣人の優れた嗅覚と聴覚を総動員して鉢合わせを全力回避している。以前の呼び出し時に居なかった王子の中に一人普通科が居るけれど、まぁ、学年も違うし相手は色んな意味で忙しい人だから大丈夫だろうと思っている。
そして今は、体育を終えてグラウンドから普通科校舎へと帰るところだ。進行方向に二の王子の匂いを察知したので、忘れ物をしたと嘘をつきコーレアと別れて一人校舎裏の迂回ルートを通っている。
そして。
目の前に大量の荷物が降ってきた。
「…なんで?」
びびった。ちょうびびった。これはあと数歩前に進んでいたら私の脳天に直撃コースだったんじゃないだろうか…。
上を見てみるも、これらを落としたらしき人物の姿は見えない。
未だにばくばくと音を立てる心臓を抑えながら、足元に広がる荷物の一つを拾い上げる。
薄紫色で、右下に小さく花のワンポイントが入った女の子らしいノート。その表紙には、これまた女の子らしく控えめな文字で名前が綴られていた。
『2-F 辻野香澄』
ツジノカスミ。
誰かは知らないが、どうやら同じ学年で同じ普通科校舎の生徒らしい。
全部拾って届けるべきかと考えていた時、ノートから香る匂いと同じものが近付いてくるのを感じて目線をノートからそちらへ移す。と、小柄な少女が一人。目線をきょろきょろと彷徨わせながらこちらへと向かってくるのが見えた。ぼんやりとその姿を眺めていると、こちらの存在に気が付いた彼女はまだ少し距離の開いた位置でぴたりとその目線と足を止めた。
「えーっと…ツジノカスミさん?」
「え…っあ、は、は…い…っ」
十中八九そうだろうと思い名前を呼んでみると、ビクリと大きく肩を震わせ獣人じゃなければ聞こえない位小さな声で肯定を返した。が、その後はどちらが話すでも動くでも無く、何とも微妙な沈黙が訪れてしまった。
「…拾おうか」
「えっあっ」
このまま沈黙していてもしょうがないし、何もせずにこの場を離れるのも忍びない。そう思い、地面に散らばった荷物を拾い始める。何故かその様子を見て混乱している彼女が漸く状況を把握し、自分も拾おうと小走りで私の目の前までやってきた頃には、荷物は全て私の腕の中に拾い集められていた。
「どうぞ」
「あ…っ」
その腕の中のものを全部彼女の腕に移し、ここに留まる理由も無くなったので「それじゃあ」と一言添えて立ち去ろうとする。と、ハシッとジャージの袖を掴まれた。
「えーっと…何か?」
予想はしていたけれど、やはり彼女は答えない。視線をうろうろと彷徨わせ、口を小さくもごもごさせている様子はまるで小動物の様である。実はウサギの獣人とかなんじゃないだろうか…。
そんな事を考えていると、ぎゅっと袖口を掴む力が強くなるのを感じた。そして、文字通りただ動くだけだった口は小さく音を紡ぎ出す。
「…あ…の、ありが、」
…恐らく、彼女はお礼を言おうとしたのだろう。
だがしかし、その言葉を最後まで聞く事は出来なかった。
「…なんで?」
彼女の台詞を途中でかき消したのは突然の集中豪雨。
ぽつりと呟いた自身の言葉にデジャヴを感じながら上を見上げると、そこにはカラリと気持ちの良い晴天が広がっていた。