04 王子様からの忠告
この世界には二つの世界が存在する。
おかしな言い方かもしれないが、まぁ聞いて欲しい。
まず、一つ目の世界についてお話しよう。
こちらは『人間界』と呼ばれる世界だ。科学が発達し、様々な機械や娯楽に溢れた世界。その名の通り、ほぼ人間しか住んでいない。
そして二つ目の世界。
こちらは『幻想界』と呼ばれる世界で、私が住む世界だ。科学があまり発達していない代わりに魔術を扱う術を持つ。エルフや獣人などの様々な種族が暮らし、魔物だって生息している。人間界に比べれば娯楽は少なく危険も多いが、自然に溢れる居心地の良い世界だと私は思う。
1000年程前にお互いの世界が相手の世界の存在を知って以来、二つの世界を繋ぐ『ゲート』が設けられ自由に行き来が出来る様になったのだが、そのせいで人間界の汚れた空気やら貴族制度を真っ向否定する変な団体やらが幻想界に流れ込んで来るのをエルフや妖精・貴族達が我慢出来なかった。
そして人間界側もいつ『ゲート』から幻想界側の危険な魔物が飛び出してくるか気が気ではなかったらしく、お互いの世界は干渉し過ぎずそれぞれやっていきましょうこれからも良き隣人でいましょうという名目の元に二つの世界を繋ぐ『ゲート』はものの数年で閉じられてしまったのである。
だがしかし、お互いの世界が完全に断絶されたのかと言えばそういう訳ではない。人間界でも稀に魔力を持った子どもは生まれるし、幻想界で暮らす人間や人間界で暮らす妖怪・吸血鬼だっている。ゲートは開きっぱなしじゃなくなっただけで、閉じっぱなしになった訳ではないのだ。
私が通う学園は、幻想界にある。獣人・エルフ・吸血鬼・妖怪・人間…様々な種族の生徒が集まる、二つの世界でも最大の規模を誇るマンモス校だ。特性も価値観も違う多種多様の種族が集まれば、それなりにトラブルが起こったり派閥が出来たり対立があったりと色々ある。元来小心者である私は、そういったものに巻き込まれるのを避ける為。目立つ人や面倒事には極力近付かない様にして学園生活を送ってきた。
しかし、今日私は。目立つ人や面倒事以上に近付いてはいけないものがある事を知った。
「元攻略対象として、君に忠告をしたいんだ」
電波だ。
しかも"目立つ人""面倒事"という二つの条件をも兼ね備えたスーパーエリートだ。
「精神操作系の魔術でも掛けられているんですか?」と言えたらどんなに楽だろう。無理だ、言えない。王子にもその信者にも殺される。逃げたい。超逃げたい。でももう顔も名前も割れているから意味が無い。私に残された道は王子からの『忠告』を大人しく聞く事だけだ。まるで判決が言い渡されるのを待つ死刑囚の様に、私は恐怖と諦めを抱きながらただただ王子の話へと耳を傾けた。
「ここが『ギャルゲー』の世界である以上、『攻略者』…ブバルディアさんを自分に惚れさせようと接触してくる人物も存在している可能性が高い。もし『攻略者』に会ったら、それ以上は関わらないようにした方が良い」
「え、でもそれは…あ、いや」
思わず疑問が口から滑り落ちそうになり慌てて蓋をする。が、どうやら目の前のお方はそれを見逃してはくださらないらしい。気になる事があるなら遠慮無くどうぞ、と促され、上手い誤魔化し方も王子の言葉を拒否する勇気も持ち合わせていなかった私はおずおずと思ったままを口にする。
「…仮に、もし仮に私の事を好きになってくれる人がいるとしたら…私を惚れさせようとするのは当然なんじゃないでしょうか…?好きな相手に好きになって貰える様接触を図るのは、ギャルゲーだとかそういうのを抜きにして普通の事の様な気が…」
話進めるにつれ声はごにょごにょと小さくなっていってしまったが、他に音の無いこの空間では無事相手まで届いた事だろう。怖くて王子達の方が見れない。すみません皆様に逆らいたい訳でも話を全面否定したい訳でも無いんです純粋な疑問なんです本当にすみません。
…だって、何故自分に好意を持つ相手を遠ざけなければならないのか、本当に理解出来ないのだ。ここはゲームと違い選択肢も何も無い"現実"。その好意を受け入れるも受け入れないも、私の意志で自由に選択する事が出来る。…仮に、ここが王子の言うギャルゲーの世界だとしよう。そうだとしても、『攻略者』と関わってはいけないという意図が分からない。だって、ここがゲームの世界だというのなら。『攻略対象』である私が『攻略者』と関わらなければ、ゲームが進まないではないか。ここがギャルゲーの世界だと主張するなら、何故わざわざゲームを破綻させる様な忠告をするのだろうか?
「…そうだね、普通の事だね」
痛い程の静寂とぐるぐる纏まらない私の思考に終止符を打ったのは、この短時間で何度も耳にした穏やかで優しげな声。
「ブバルディアさんが『攻略者』と出会って、関わる事にして、結果その相手と恋仲になっても構わない。結局決めるのはブバルディアさんだから。…でも、それらの選択をする時。少しでも良いから考えて欲しいんだ。本当にこれで良いのか?本当にこれが自分にとって最善なのか?本当に、後悔をしないのか」
今までと同じ優しい声なのに、今までと違う何かを感じて少し戸惑う。王子の方を見れずに下に向けたままだった顔を果たして今上げて良いものかと悩んでいると、王子達の方から一つの足音がこちらへと近付いてきた。その音は私の前で止まり、目線の先に現れた靴の先からゆっくりと目線を上げると、そこには射殺さんばかりの目で私を睨みつける一人の男。
「僕は、間違ってもいないし後悔もしていない。…この裏切り者が」
それだけを言うと、引き込まれてからずっと扉の前に立っていた私を押し退け五の王子は教室から出ていってしまった。舌打ち一つ、それを追い掛ける様に三の王子も教室から飛び出し、ごめんね、と一言添えて二の王子も後に続く。最後に残った六の王子が何かを言いたげにこちらを見ていたが、結局は何も言わずに横をすり抜けていった。
教室には残ったのは、逃げたいと願っていた状況から唐突に開放されぽかんと立ち尽くす私だけ。
…本当に、意味が分からない。