02 視聴覚教室
さて、放課後である。
そして視聴覚教室の近くである。
廊下の角に身を潜め、少し離れた位置にある視聴覚教室のドアをじっと見詰めてから30分程が経過した。その間誰かが教室に入っていった様子はない。私が来るよりも前に到着していたのか、それともまだ来ていないのか…。
まだ来ていないのなら良い。「来てみたけど誰も来なかった」を言い訳に帰る事が出来る。もう既に来ているのならまずい。もう結構待たせている事になる。
「…どちらにせよ中の様子を確認せねば」
いつまでもこうしている訳にはいかないと、覚悟を決めてそろりと教室への第一歩を踏み出す。そして少しずつ、慎重に視聴覚教室への道を進んだ。視聴覚教室まで約10メートル。中から物音は聞こえない。
8メートル。まだ聞こえない。
6メートル。まだ聞こえない。
その後、少しずつ距離を縮めるもやはり一向に中からの物音は聞こえない。これは中に誰も居ないか、中に居る人物が身動き一つしていないか、視聴覚教室の防音性が非常に優れているかのどれかだろう。物音が聞こえないとなると困った。結局居るのか居ないのかの判断が付かない。…こういう開けなきゃ結果は分からないみたいのって何て言うんだっけ……なんとかの猫…シュ…シュトレーゼン…いやシュリーザン…シュ…シューなんとかの猫…
「――…ぃ」
「―…ょ」
「!」
今、微かだけれども中から声が聞こえた。という事は、もう既に来ていたのか。…という事は、30分以上中で待たせていたのか…。キレられたらどうしよう。胃が痛い。いやでも放課後ってだけで時間指定なんてなかったし…こちらの都合も考えず一方的に呼び出してるんだから(会うかどうかは決めていないけど)来ただけでも私偉いっていうか…それに待っている間そこまで暇はしていない、はず。だって…
「―…あれ?」
頭の中で言い訳を並べていく中、『おかしな言い訳』が頭を掠めて思わず足を止めた。そして、その『おかしな言い訳』を、もう一度頭の中で復唱する。
待っている間そこまで暇はしていない、はず。だって
『話し相手も居るみたいだし』。
この時の私は、極度の緊張で"ある可能性"を失念していたのだ。私が視聴覚教室の中の音が『聞こえる』という事は、中の相手も教室の外の音が『聞こえている』という可能性を。
そして考え事をしつつも私の足はしっかりと前に進んでいたらしい。私が足を止めたのは、もう手を伸ばせば視聴覚教室の扉に触れる事が出来る位置で。そしてその事に気が付くよりも先に、勢いよく開いた扉の内側から伸ばされた腕によって私は引きずり込まれていった。その際私を引き込んだ相手から手紙と同じ匂いを感じ、反射的に相手の顔を見る。
見なきゃ良かった。
ゼクス=クドノワール。
王子の、ひとり。
「ゼクス」
見なきゃ良かったと思いつつも、思考が追い付かずにただ呆然と自分の頭より高い位置にある顔を凝視する私。そしてそれをじっと見返す王子。王子と無言で見詰め合うという、この学園の女子が知れば確実に嫉妬で殺されるであろう状況に終止符を打ったのは、たった一言、それでも十分な存在感を放つ声。
未だに掴んだままであった私の腕から手を外し、自身の名を呼んだ声の方へと歩みを進める王子を無意識に目で追う。そしてその先に何があるのかを認識した私は息を詰めた。
仁科碧。
青柳三郎。
ヴァイス=サンクレア。
王子が、よにん。
…今まで以上に訳の分からない状況になったけれど、一つだけ確信した事がある。
これ、告白じゃないわ。