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呪われた森の不幸な魔女

作者: 蜜橋

 森に行くのが好きだ。森では好きなだけ歌っても叫んでも、何をしても怒られない。森へ行くこと自体怒られるけど。

 でも大人が言うほど森は危なくないと思うんだ、危険な動物はいないし、毒を持った蛇も虫も出てこない。見たことない。

 けれど…大人たちは口を揃えてこういう。―森には魔女が居るから、近づいてはいけないよ。と。



「居るわけないじゃん、このご時世に魔女なんてさー!」

「おや、お前そんなこと言っていいのかい?罰当たりな事ばかり言ってると、次森に入った時魔女に遭遇して、お前さんなんかすーぐ蛇か蛙にされちまうんだから」

「フンッ、いいもんね。そうなったら一生森の奥底で暮らすから!」

「あっ、ちょっと待ちな!言った傍から森へ行くんじゃないだろうね?!」


 かーさんの言うことはどうも信じられない。今まで数えきれないくらい森に行って遊んでるけど、1回も魔女になんてあったことないもん。

 たまに風に乗って音色が聞こえるくらいで、そんなの魔女と関係ないだろ。聞くところに拠れば薬草を大量に持ってるとか、動物の死骸を煮詰めて薬品を作ってるとか、そんな噂ばっかりだけど…。

 この村が魔女に襲われたなんて噂、一度も聞かないし、何より、こないだ死んじゃった長老のお葬式に魔女が来てたって言うし。

 村人が失踪したって噂も、ない。大体そこに住んでるだけで魔女呼ばわりで、近づくなだなんて、失礼にもほどがあるよ。


「あー、やっぱり森はいいなあ。空気はおいしいし、木漏れ日が綺麗。何よりだーれもいないんだ。」


 でも、母さんから聞いた話で、一番リアリティがあって怖いものがあった。魔女と一緒にいると不幸になるって話。

 魔女は昔お父さんとお母さんと、お兄ちゃんと妹と一緒に、村に住んでた。でも冬のある日、お家が火事にあってしまった。

 魔女はちょうど外出してて家に居なくて、帰ってきた頃にはもう家族とお家が全焼だった…。お隣に住んでいた人も、お父さんとおばあさんを亡くしたし、家を半分失った。

 外出していた魔女と、何故か大きなハープだけが綺麗に残って、不幸の子として魔女は村から追放された。綺麗に残った、呪いのハープと一緒に。


「この、たまに聞こえてくる音色は、ハープのものなのかな」


 少しの恐怖とたくさんの好奇心。雑貨屋の隣に住んでる女たらしのリヌスから聞いた話だと、魔女はとっても美人なんだって。

 会ってみたい、でも、会ったことを母さんに知らせたらすごく怒られるだろうな。どうしよう…。


~♪~

「…あ、この曲、知ってる。…曲名は…ええと…」


 スカボロー・フェアだ。有名なバラード。僕はこの曲の曲調が好きで、結構この森でも歌う。けれど、この森でこの音色を聴くのは初めて。

 これは、会いに来いという合図だろうか。このハープの音が聞こえるなら、僕のあの歌声も向こうに届いていたはず。

 それでスカボロー・フェアを弾くならば、僕が今日も森に来ていることを知っていて、呼んでいるんじゃないだろうか。


「わかった…今いくよ」


 僕は意を決して、音の聞こえる方向へ、獣道に入って行った。もう後戻りできないかもしれないけれど、それでもいいや。



 年頃の少女は一人ハープを弾いていた。いや、一人ではない。

 リスや小鳥、鹿など様々な小動物たちが彼女の曲を聴きに来ている。彼女の友達の、“大きく真っ白な鳥”も。

 決して人間には心を許さない小動物たちも、彼女の奏でる繊細な音楽に惹かれる。彼女の心そのものの音色に心奪われてしまう。

 今日弾いているこの曲、これは少年が歌っていたものだった。少女には何の曲だかは分からなかったが、彼はこの曲が好きなようだった。

 しかし毎日彼の歌声を聴いて行くうち、この曲を覚えてしまった。弾けるようになってしまった。嗚呼、たった一人趣味で弾いているだけだったのに。

 毎日彼が私の曲に合わせて歌うから、彼の好きな曲を弾きたいと思うようになってしまった。声に出しても歌えるようになってしまった。


「♪Are you going to Scarborough Fair...」

「♪…Parsley, sage, rosemary and thyme」

「?!」


 少女が歌い始めると、急に動物たちの気配が消えた。その代わりにいつも聞こえていた、少年の声が耳に入ってきた。

 友達の、“大きく真っ白な鳥”もいつの間にかいなくなっていた。これは一体…。


「…それ、スカボロー・フェアでしょ。僕がいつも歌ってた」

「…曲名…知らない」

「えっ?…知らないの?」


 少年は少女に近づいて、おもむろにハープを触りだした。盲目である少女は、一体何が起きているのかさっぱり分からなかった。

 何故この子は、ここに居るの。あの日から、誰もこの小屋に近づこうとした者はいない。何故、人がここにいるの。


「立派なハープだね。手入れもよくされてて…そりゃあ綺麗な音が出るわけだ。あ、僕は、いつもこの森で歌を歌ってた人だよ。…スカボロー・フェアが聞こえて来たから、なんとなく、魔女に会いに来たの」

「…そう」


 幼気な少年までも、自分を魔女と呼ぶ。少女はそれに対し、胸を痛めた。

 自分が一体何をしたと言うの、生きている者への僻みじゃないの。あの時の火事だって、母さんが火から目を離したのが原因なんじゃないの。

 暗い表情の少女とは反対に、少年は生き生きとしていた。小屋から匂ってくる嗅いだことのない不思議な香りに鼻をひくつかせ、少女の方を見た。


「ねえ、この匂いは何?何かを煮ているの?」

「怖くないの?」

「…え?」

「私が、怖くないの?」


 ここで漸く少年は、少女の表情が暗い事に気が付いた。少女は、魔女と呼ばれている自分のことが怖くないのかと問うた。

 少年は目を丸くしながら、ゆっくりと少女に歩み寄った。落ち葉のカサカサという音が近づいてきて、少女はぎゅっと体を強張らせた。

 間もなくして、少年の傷だらけの手が少女の白い頬に触れた。


「確かに髪の毛ながーくて、ながーいワンピース着てて、こんなところで一人ぼっちで、変な薬草集めてたらそりゃあちょっとは怖いけど…でも、会ってみたら結構美人だし、大人しいし、怖そうな雰囲気じゃないから」


 少年はそういうとにっこり笑いかけ、少女の頭をわしわしと撫でた。本物の花々で作られた髪飾りが乱れ、花びらが散った。

 少女は照れたように顔を赤くして撫でうけると、「ありがとう」と呟いて薄く微笑んだ。



 それからいくつか歌ったり弾いたりして、ゆっくりと時が過ぎて行った。森の中は魔法がかかっているかの様に時の流れがゆっくりだった。

 魔女は目が見えないんだって、魔女自身が言ってた。昔不慮の事故があって目を焼いてしまって、二度と開かないらしい。


「どうやって生活してるの?」

「ある程度何処に何があるかは分かるから…」

「ふうん…この森に、それ治せる薬ないのかな」

「……君は…優しいね」


 魔女はそういったけど、何が優しいのか僕には分からなかった。治せるものなら治した方がいいと思うし、せっかくこんな綺麗な森に住んでるのに、見れないなんて損だよ。

 でも、大人たちが言ってた印象と、今目の前にいる魔女の印象は全く違う。お家の中はお花やハーブでいっぱいでとってもいい香りだし、鍋の中も小動物の死骸なんかじゃなくて、干した薬草が煮詰められていた。

 薬品もいっぱいあったけど、どれも風邪薬とか傷薬とか、身体にいいものばかりだ。何処が魔女の屋敷だよ!って感じ。

 それに魔女は、笑うと可愛いんだ。村の女の人たちみたいに大口開けて下品に笑わない。控えめで小さくて、消え入りそうな笑い方なんだ。

 守ってあげたくなるような…そんな儚さがある。


「魔女は、ずっと一人で生きてたんだよね」

「ううん…お友達、居るわ」

「えっ?誰?」

「真っ白で大きくて立派な鳥さん…今日は、どっかいっちゃった」

「と、鳥?!」


 僕の苦手な生き物ランキングベスト3に実は、鳥が入る。なんでかっていうと、せっかく植えた野菜を噛み千切っちゃうから。

 森にだってたくさん食べ物があるはずなのに、なんでわざわざうちの畑まで来て千切ってくのか、訳わかんない。そこが嫌い。


「…優しい鳥。君みたい」

「僕…?僕、畑荒らしたりしないよ」

「そうじゃなくて…寂しい時、側に居てくれる」


 よく意味が分からないけれど、その鳥が魔女の心の支えであることは読み取れた。魔女はずっと果てしない寂しさを胸に抱えて、ずっとここに住んでたんだろうな。

 ずーっと独りぼっちだなんて、僕には無理だ。母さんもトムんちのおばちゃんも、誰もいない世界なんて考えられない。


「村におりても、空気だから、誰とも話さない。久しぶりに人と話した…わ」

「……どうしてみんな、魔女のこと嫌うんだろうね」

「…呪われた子だから。」

「そんなの、勝手にみんなが言ってるだけじゃん。僕、魔女のこと好きだよ。魔女の奏でる旋律も、魔女の歌声も」


 僕がそういうと、魔女は開かぬ目を笑ませ、細い腕を伸ばして僕の栗色の髪を撫でた。魔女の腕はちょっと触っただけで折れてしまいそうなくらい細くて、白かった。


「…そんなこと言わないで。ずっとここに居てほしくなっちゃうから…。私と居たら、不幸になる。みんなそういってるでしょ。

本当よ。おかげで大きな白い鳥は立派な翼を持っているのに飛べない。私と関わると、不幸になるの」

「…僕も?」

「そうよ。きっと、お母さんに怒られるわ」

「ぷっ、それはそうだね」


 確かに魔女と会ったことを母さんに知られたら、小1時間は怒られちゃうかも。けどそれが不幸だとは思わない。

 でも魔女はどうして、やっと人に会えて話すこともできたのに、わざわざ突き放すんだろう。魔女が望むんなら僕、ずっとそばにいるのに。

 だって魔女は魔女じゃないもん。悪い子じゃないし、突き放す理由もない。


「今日はお帰り。道を教えてあげる」

「…また会いに来ていい?」

「……こっちよ」


 魔女は僕の手を引いて獣道に入って行った。道なき道だったけど、魔女は迷いなく進んでいった。

 もう夕方なのか、森の中は真っ暗で、道が良く見えなかった。魔女の視界はこんな感じなのかな。でも魔女は暗闇になれてるから、昼とか夜とか関係ないんだろうな。

 30分もしない内に僕たちは、村の麓…僕の家の近くに着いた。丁度母さんが、目の前にある畑で畑仕事をしていた。


「母さんだ」

「…そう。よかった」

「魔女、また遊びに行くね」

「……もう、うちに来てはだめ。お母さんに怒らちゃうわ」

「母さんは怒らないよ…だって、魔女は悪い子じゃないもん」

「君のお母さんは、私のことを知っている。私を嫌っている…。だから来ちゃだめ」


 魔女は頑なにそういうと、「さよなら」と言って僕に背を向けた。僕の背後から、僕に気付いた母さんが駆け寄ってきた。

 母さんは息を切らして僕の腕を乱暴につかむと、何かを怒鳴っていた。ぼうっとしてた僕の頭は、何て言われているのかははっきり理解できなかった。


「あんた、聞いてるの?!」

「え…なに、母さん」

「魔女と会っただろう!あれほど言ったのにあんたって子は…!」


 母さんは魔女と会っていたことを悟ると、何度も何度も僕を怒鳴りつけた。何でみんなみんな、魔女を苛める。

 魔女はとってもいい子で、とってもかわいくて美人で、薬のことはこの村の誰よりも詳しい。ハープの音色は繊細で綺麗で、魔女の心そのものなんだ。

 それなのに、誰にも迷惑なんてかけてないのに、母さんも、村長も雑貨屋のお父さんも鍛冶屋のじいちゃんも、みんなみんな魔女を嫌っている。

 どうして…?


「なんでみんな魔女を嫌うんだよ…!!とってもいい子なのに!!」


 僕の叫びは、誰にも届かないんだ。自分の母さんにも、誰にも…。



 窓辺の方で何かが羽ばたく音が聞こえた。きっとあの“大きく真っ白な鳥”だろう。今日は何故か、少年が来ていたからか、“大きく真っ白な鳥”は何処か散歩に行っていた。

 ろくに飛べない癖に、どこに行っていたの。と少女はその鳥を部屋に迎え入れた。“大きく真っ白な鳥”は何故か立派な翼を持っているのに、小屋の窓の高さ程度しか飛べない。

 多分自分のせいだ、と少女はため息を吐いた。自分と深く関わった者たちは、いつもいつも不幸に遭う。近いうちに、あの少年も…。


「ねえ、貴方は私と居れて幸せなの…?」


 少女は“大きく真っ白な鳥”を膝に抱き、撫でながらそれに問うた。鳥は軽く羽を上下させると、ため息を吐いて少女から顔をそむけた。

 少女も溜め息を吐いて、今夜の晩御飯の一品であるハーブサラダを一口食べた。鳥はそれをねだる様に首をもたげ、少女はレタスを一枚鳥へやった。


「私と居ると不幸になる…。あの子もあの子も、私と関わったことで不幸になった。流行病にかかり、そんなに体が弱かったわけでもないのに、私と関わった子たちだけが亡くなった。偶然だと思う?」


 村の人々は宛てのない悲しみを少女にぶつけ、今度こそ子供たちを森へ行かせぬように教育した。そこから誰も森に現れなくなった。

 少女に呪術を施されるだの、祟られるだの噂を流し、子供たちを脅して森は恐ろしいところだと知らしめた。ただ、一人の寂しい少女が住んでいるだけの森だと言うのに…。


「あの優しい子が…不幸に遭うなんて…いや」


 昔に少女に会いに来ていた子供たちは皆、魔女の噂を聞きつけて面白半分に少女を馬鹿にしに来た、意地の悪い子供たちだった。

 そんな子たちが死んだって少女はどうでも良かったのだが、それを村人たちは全て少女のせいにした。そうして迫害をうけるうち、少女は本当に自分のせいで子供たちが死んでしまったのではないかと感じるようになった。


 “大きく真っ白な鳥”は少女をちらりと見遣ると、柔らかい和毛で少女の頬を撫でた。それはまるで大丈夫だよと元気づけているようだった。



 昨日母さんから聞かされた話は、今まで誰からも聞いたことのない話だった。きっとみんな、言いたくなかったのだろう。とても辛い話だから。

 でもまさか、流行病でなんて、そんなのただの偶然に過ぎない。魔女が気に病むことではない。自分が不幸になるなんて、そんなことは絶対に、あり得ない。


「今日は一日、畑の手伝いしてもらうからね」

「…何で」

「決まってんだろ!お前さんが森に行かないためにだよ!嫌だったら宿屋のアンナのとこにいってバイトしてきな!」

「…あのねー、僕が不幸になるときは、魔女が辛い思いをしている時だから!母さんが僕を不幸にしてんじゃん!」

「屁理屈言ってんじゃないよ!…お前はただ、魔女に魅入られてるだけさ。よく言うだろ、妖しいものに男は魅せられ易いってね」


 魅せられている…ふうん、確かにそうかもしれないけれど、魅せられてるからって何だって話だよ。魔女は美人だし、美人に辛い思いをしてほしくないと思うのは、男として当然なんじゃないかな。

 母さんは中の下だから分からないかもしれないけどさ!父さんだって、魔女を見ればきっと助けてあげたくなると思う!

 女たらしのリヌスだって、きっと魔女を見れば助けたい気持ちになるはずさ。女の人は自分より綺麗な人を見ると嫉妬するって聞いたけど。


「…この村の人に迷惑かけないって約束すれば、魔女に会いに行かせてくれる?」

「……はぁ?」

「昔に流行病で死んじゃった子たちみたいに、村で死んだりしなければ迷惑掛からないでしょう。それならいい?」

「なに…バカなこと言ってんだ…。アンタ本当に魔女に魅せられちまったんじゃないのかい?!」

「そんなこと、どうでもいいでしょ?僕はただ、魔女を助けたいんだ!

ずっと一人ぼっちで、不幸の子って呼ばれて迫害を受けて、これからもずっと一人で生きていかなきゃいけないなんて僕…想像しただけで全身が震える。魔女にそんな思い、してもらいたくないんだよ…」


 僕は母さんからの返事を待たずに家を飛び出た。そしておもむろに森の中に入り、あの屋敷を探した。目印もなしに獣道に入るのはとても危険な行為だけれど、僕は躊躇いもなく道なき道に足を踏み入れた。

 何て親不孝な息子だと、今頃母さんは嘆いていることだろう。でも、僕が居なくなったって母さんは一人じゃない。

 僕には優秀な兄弟が居る。僕は受からなかったけれど、兄貴と弟が受験に受かって学舎で授業をうけているんだ。

 だから母さんは僕が居なくたって、変わりないんだ。不出来な次男が一生すねかじりで村に居座るより、僕の命を有効活用したい。

 それが誰もから後ろ指指される行為だとしても。



「魔女の家の方向は、確か…」


 僕は微かな記憶を頼りに森へ足を踏み入れた。いつものように音色のない森は、何故だか、とても気味が悪かった。



 少女は決意した、もう二度とハープは弾かないと。この魔のハープの音色に魅入られて彼の少年がやってきてしまったのだとしたら、もう少年を不幸にしないためにも、弾かない方がいい。

 幸い少女の家は自然に囲まれており、目印がない限りたどり着くことは不可能だ。足で道を覚えるほかに方法がない盲目の彼女以外は、視覚に惑わされて結局は迷ってしまう。

 他、たどり着けるのだとしたら動物くらいである。


「鳥さん?…また居ないの?どうして…」


 最近しょっちゅう“大きく真っ白な鳥”がいつの間にか出かけてしまっている。一日一回は出払うことがあるのだが、しかし、ただでさえ寂しい時に居なくなってしまうなんて。

 少女は溜め息を吐いて薬草を煮込んでいる鍋の火を止めた。そしてそのまま蓋をして冷めるのを待つ。


「…一体どうして薬品を作るのか…数は足りているのに」


 少年はあの時、少女の作る薬品を見て言った。「すごいな、薬屋が開けるじゃん!うちの村に薬屋ないからさ、一つ持って帰りたいよ」と。

 もう二度と会わないと胸に誓った筈なのに手が勝手に動いて、足りてるはずの傷薬や風邪薬、滋養薬を作ってしまっている。何故、何故、何故…。


「お願いよ鳥さん…帰ってきて、どうにかなってしまう」


 人と関わった後の反動は思ったよりも遥かに大きい。昨日は楽しかった、とても楽しかった。だけどきっとあの感情は死ぬまで味わってはいけない思いだったのだ。

 だってこんなにも、今までと変わらない日常のはずなのに、とても、胸が苦しい…。


 お願い、大きくて真っ白な鳥さん…早く帰ってきて。少女の懇願は小さな小屋の天井に響く。



 どういうことだろう。さっきから同じ風景が何度も…同じところをぐるぐると回ってるような不思議な気分だ。いやそんな呑気なこと言ってる場合じゃなくて、絶対迷ってるって、これ。

 確か昨日魔女の家に行ったときはこの白くて小さい花が咲いてるところ辺りだった気がするんだけど、思い違いだったのかな。それとも単に化かされてるだけ?


「…っ、腹減った…」


 そろそろお昼の時間だけど、すぐに魔女の家に着くと思ってたから食べ物なんて持ってきていない。その辺の生ってる木の実を食べれば少しは違うかなとも思うけど、毒が入ってたらシャレにならない。

 どうして今日はハープを弾かないの、魔女。君に会いたい。また君の声を、君の音色を聴きたい。君の笑顔が見たい。


「魔女…ハープを弾いて…」


 お腹が空いて力が出なくて、僕は木にもたれかかった。やっぱり何故か僕は森の中を無意味に迂回し続けていただけだ、日が落ちる方向…村への方向がとても明るい。

 獣道だから迷うのは仕方ないと思っていたけれど、これじゃいつまでたっても魔女の下に行くことができない。

 鳥がきぃきぃと鳴いている、たった一匹で。…ん?鳥?


「キィ、キィ…」

「さっきまで一匹も鳥なんていなかったのに…しかもなんだあの鳥」


 この鬱蒼とした森に居るにはとても不似合いな真っ白で大きく、とても目立つ。こんな森に居るわけがない…しかも、一匹で。

 本来あんな目立つ鳥は集団で行動しているはずだ。例えば、湖とかで。


「どうして…、」


 こっちの姿に気付いているのに全く飛ぶ気配がない、いや、飛べないのか。先ほどから何度も立派な翼をはためかせては飛ぼうという姿勢を見せるのに、10cmほど浮いたところで地に降りてしまう。

 不思議だけど、でも、何かが引っかかる。見たことこそないけれど、何処かであの鳥の事を耳にした覚えがある。


―真っ白で大きくて立派な鳥さん…今日は、どっかいっちゃった

―大きな白い鳥は立派な翼を持っているのに飛べない。


 嗚呼、魔女が言ってた鳥だ、真っ白で大きく、立派な翼をもつ飛べない鳥。彼女に魅せられて飛ぶことを忘れてしまった可哀そうな鳥。



「なあ、君…“大きく真っ白な鳥”!君は魔女の友達なんだろう…?僕を連れて行ってくれ、魔女のところに!僕は、僕は…魔女のそばに居たいんだ!」

「……キィ」


 “大きく真っ白な鳥”は僕と一度だけ深い蒼の瞳を合わせるとがさがさと茂みの中へ入って行った。まるでついて来いと言ってるような、童話や絵本の中で導いてくれる動物は沢山いても、本当に導かれる日が来るなんて思わなかった。

 もしかしたら僕の勘違いだったりするかもしれない…でも、ついていくだけついていくことにした。魔女の家へ帰るのかもしれないし。


(魔女…君に会いたい、君と話がしたい…)



 一日家事をこなし農業をこなし、夫への気遣いも忘れぬ良妻、そして息子への愛を忘れぬ立派な三児の母である女は、今朝から様子がおかしかった。

 体が異常なまでに熱く眩暈もするし、いつもなら持てるはずの鍬が全く持ちあがらない。それなのに親不孝な息子は一人の魔女に魅せられて出て行ってしまった。


「ああ…っ、あの子の代わりは何処にも居ないのに…!」

「そう思い詰めるな、あいつも男だったってことだろう?」

「そうだけどお前さんはいいのかい…?!せっかく、やっと家を継いでくれる子だったんだよ…?ほかの兄弟は学舎に通って将来都会の町長さんにでもなろうって言うんだろうけどさあ!」

「お前のその病気はストレスからだよ、今日の家事は私がやっておくから…お前は寝てなさい」

「ああ…もう…、悪いねえあんた…」


 女の皺の寄った眼尻からは涙しか流れてこなかった。視界がぼやけて歪み、幼く可愛かった息子のあのころを思い出す。他の兄弟もまだ幼く、家で家事を手伝っていた時のことを。

 あの頃は可愛かった、何でも言うことを聞いてくれて、率先して母の手伝いを聞いていた。森へ行くなという言いつけを破り始めたのはいつのころだったか。

 上の兄弟二人は森や外には目もくれずに、本に夢中になって学者へ入りたがっていたが、あの子だけは年相応に子供で、朝から晩まで手伝いを放棄しては森で遊んでいたのだった。

 魔女が居るよと言っても怖い動物が居るよと言っても、見たことないからそんなもの居ないと言ってずっと気かなかった。この間なんて、ついにあの魔女と会ってしまった。

 あの子は生きながらに周りを不幸にしてしまう、そういう体質なのだ。例え直接的に自分が悪くないのだとしても、周りは彼女に耳を貸さない。何度も何度も、彼女がらみに事件が起こったのだから。


「あの子が死んじまうよぉ…、あんた…あんたぁ…」


 母親は熱にうなされながら助けを求めた。残念なことに、助けを求める母親の手を握るものは、日が暮れても現れることはなかった。

 そして母親は気づかなかった、この病気こそが彼自身の不幸であり、また、彼経由で降りかかった災禍だということを。



 少年と“大きく真っ白な鳥”は魔女と呼ばれた少女の住まう小屋に到着した。ハープが木漏れ日に当たってキラキラと輝いていたが、そこに少女の姿はなかった。

 少年はわき目も触れずに少女の住まう屋敷の扉を乱暴に開けてどかどかと中に入り込むと、少女の姿を懸命に探した。少女は、テーブルの上に腕を枕にして、一人眠っていた。


「魔女っ…!!」

「……」

「魔女、僕だよ…起きておくれよ、魔女!」


 死んだように息浅く眠る少女に、少年は顔面蒼白にして少女の体を揺すった。幸いなことに、少女の体は暖かくて、少年は少しだけほっとした。

 しばらく呼びかけて揺すっている内に、少女は漸く口を開いた。瞼の奥で微かに眼球が揺れたのも見える。少年はほっとして、再度少女を呼んだ。


「魔女…!よかった、」

「…?!貴方…どうして、ここにいるの」

「はは…またその質問?白くて大きな鳥が僕をここまで連れて来てくれたんだ、よかった、また会えた…。」

「どうして帰ってきたのが貴方なの…私が一番望んで、一番望んでいなかった相手…!」

「…?泣いてるの?どうして…どっか痛いの?」


 少女は目の前に居る少年を信じたくなかった、二度会ってしまったらもう二度と離れたくなくなってしまうことを自覚していたからだ。少年は自分を求めてここまでやってきてくれた、なんという…これ以上ありはしない悦び。

 全身が震えるほど歓喜した。零れる涙と共にぶるぶると背筋が震えた。今までこんなにも自分を求めて来てくれる人が現れただろうか、いや、現れてはくれなかった。


「ごめんなさい…嬉しくて…嗚呼…貴方は、本当に…あの時の貴方?それとも幻…?」

「いいや、目の前にいるのはまぎれもなく僕だよ、あの時の…ね。まだ不安なら歌うよ、スカボロー・フェアを」

「……嗚呼!本当に、貴方…会えて…悲しいわ、いいえ、嬉しいわ」


 少女と少年は手を取り合い、昨日は話し合えなかった様々な事を話した。これは運命だ、彼女と彼を結ぶ真っ赤な糸は何者にも切れやしない。

 星の話、家で読んだ本の話、神話、料理の話、家族の話…いつまで経っても、日が暮れても話題が尽きることはなかった。

 少女はテーブルに伏せながら、少年の手を握って告白をした。


「私は…貴方が好き。貴方もきっと…同じ気持ち…。ねえ、ずっとここに居て。不幸になんかさせない…だから」


 少年は少女からの告白に微かに頬を染めて、至極嬉しそうな表情をした。少年の手を握る少女の白い手を少年は握り返すと、少女を抱きしめて自らの気持ちを伝えた。


「…魔女、僕も魔女の事大好きだよ。…でもね魔女、たまに母さんのところに帰っちゃだめかな…?」


 少女の家を探している時もずっと心残りだったのが、母の様子だった。家を無我夢中で飛び出してきたのでよくは見えなかったのだが、母の反対を押し切って出て来た時の母の顔は、とても悲しげであった。

 それに何故だが今とても、胸騒ぎがする。家には父が居るから何かあっても平気だと思うのだが、まさか過労で倒れてしまったりしたら…そう考えると、母の様子が気になって仕方がない。

 しかし、テーブルから顔を上げた少女の表情はそれを快く思っているものではなかった。


「……それは、駄目。そしたら貴方のお母さんは不幸になる…お母さんを不幸にしたくないでしょう?」

「そりゃあそうだけど…、でも僕、母さんの言いつけを破って出て来ちゃったんだ」

「…え、」


 少年がそういうと少女は口を開けて立ち上がり、「それは駄目、謝りに行こう」と珍しく強い口調で言った。少年は少しほっとして少女同様立ち上がり、こくりとうなずいた。

 少女はやはり、少年が驚くほどこの森の地理に詳しく、少年が少女の家を探し回っていた時間よりもはるかに早く、村のふもとに着くことができた。

 枝や蔓の位置も把握しているのか、彼女は一度も枝葉に頭をぶつけることなく、蔓に足を引っ掛けることもなく、無事に村へ着くことができたのであった。


「母さんっ…!!」


 少年は部屋に入るや否や驚愕した。今朝まで元気だった母が、病床に伏していたからである。熱にうなされて汗だくの母に少年は駆け寄ると、手を握って涙を流した。

 思えば兄二人が学舎に通うようになってから、母の過保護が増した。それまでは危ないから気を付けな程度で済んでいた注意が、最近になって行くなと言い始めたのだ。それはきっと母からの心のSOSだったのかもしれない。

 寂しいから側にいておくれと、そういう暗示だったのかもしれない。


「……」

「ああ母さん…、ごめんよ僕…気づかないでごめん…!」

「……あ…」

「…魔女?」


 少女は一向に中に入ってこようとしない、それどころか、何かにひどく怯えている。開け放たれた玄関扉の外にたたずむ少女の様子が変な事は、鈍感な少年にも分かった。理由は理解しかねれど。


「どうしたの、魔女」

「ごめんなさい…ごめんなさ…っ、きっと私の所為……嗚呼、神様…!」

「!?…これが…魔女の呪いだっていうのかい?」

「そうに違いないわ!!だって、だって…あの様子は、流行病にかかった子達と同じような症状だもの」

「…え?」


 少年は目を見開いて少女を見つめた。その後母を見つめ、少年はもう一度目を見開いた。確かに異常なまでの高熱だし、咳も出ているし、噂に聞いた流行病の症状に当てはまるけれど…いや、今はそんなことは、気にすべきことではない。

 たしかこの病気は“風邪”と呼ばれる病気だ。そして魔女の部屋にある薬草の本に、解熱鎮痛咳止めと“風邪”の症状に効く効能のある薬草が載っていた。

 そして少年が見た限りでは、少女の部屋にその薬草が干されていたはずである。


「魔女、家に戻って薬を取りに行こう…今朝は元気だったんだ!一晩中看病してあげれば、きっと直る!この村には医者も薬屋もないから…だから…あんな病気程度で死んじゃうんだよ、魔女の所為じゃないから…早く、薬を取りに行こう!」

「もういや…!私なんて、私なんて…この世に生れ落ちなければ…!!」

「馬鹿言ってる暇があったら力を貸してくれ!!この村に居る人間の中で君が一番薬に詳しいんだから…!!」

「っ…!!だってどうせ、使って効かなかったら変な妙薬を飲ませただとか、霊薬だとか言われるわ!私はつつましく暮らしたいだけなのに…どうしてみんな私を責めるの?!私だけ!!」

「僕は何があっても君の味方だよ!!たとえ君がどんな嘘を吐いていたとしても、どんなに呪われていても僕は君のせいなんかにしない…見くびるな!!ほら、早く!!」


 少年は少女の手を取っては、おもむろに森の中へ入った。また迷うかもしれないと思ったけれど、一刻の猶予もない。無我夢中で手を引いていたため、いつの間にか手を引かれていることに気づけなかった。

 少女が、目の前で走っていた。細い脚で獣道を一心不乱に、涙を流しながら。少年も泣きたかったが、すると少女の涙を拭うものが居なくなると思って、涙をこらえた。


 それから間もなくして少女の屋敷に着くと、少女は薬液の詰まった瓶や干された薬草をおもむろに取り出して少年に持たせた。

 少年は少女の手際の良さに違和感を覚えたが、必死に行動する少女にただ感謝するばかりであった。


「魔女…母さんの看病が終わったら…本当のことを話してくれるかい」

「…本当の、こと?」

「うん。昔から今この瞬間までのこと。例えそれがどんなものであったとしても僕は責めないと約束するから…」

「何を言っているの、…意味がよく分からないわ」

「聞かせてくれないなら魔女とは一緒に居れない。魔女には隠し事をしてもらいたくないんだ」

「…分かった、けれど、今はお母さんが先」


 少女と少年は大量の薬品をもって森を駆けた。獣道に慣れた足はもう石や小枝、蔓などに躓くことなく道をゆくことができた。

 少年たちは家に入ると早速母親の許へ行き看病を始めた。冷たい濡れた布で額を冷やし汗を拭って、目の覚まさない母に薬液を飲ませた。

 目を覚まさない限りは固形物を飲ませることは難しいので、今は薬液だけを飲ませることにした。少しむせてしまったが、心なしか熱が引いて来たような気がする。


「母さん…」


 はやく、目を覚まして…よくなってくれ。


 しばらく看病を続けてく内に、漸く、母は目を覚ました。焦点の合わない目で実の息子の顔を見ると、熱によって潤んでいた瞳から涙が零れ落ちた。

 息子は心底ほっとし、母親の手を握って涙を流した。少女は、張りつめていた糸が切れたかのように床に座り込み、心の底から安堵した。



 それから、気づいたら寝てしまっていたらしく、少年は目を覚ますと母の寝室にあるソファの上にいた。辺りを見渡すと病床に伏していたはずの母も魔女と呼ばれた少女もいなくて、少年は困惑した。

 しかし閉まりの悪い寝室の扉が、冷たい風に二人の声を乗せて少年の耳に届けてくれた。少年は目を閉じ、耳を澄ませた。

 それは笑い声であった。それは静かな声であった。それは、申し訳なさそうな声であった。

 少年は立ち上がり、二人の許へ行くことにした。今なら母を説得できるかもしれない…そう思ったからである。


「母さん」

「あらおはよう…昨日はありがとうねぇ」

「…もう具合は大丈夫なのかい?」

「ああこの通りさ。…森の魔女にも世話になったね」


 少年の母は森の魔女を見遣り、そして微笑みかけた。森の魔女は口角を上げて笑うと、なんだか申し訳なさそうに俯いてしまった。少年はまだ少女が、自分の呪いが故に母が病にかかってしまったのだと負い目を感じているのだと思った。

 朝ごはんのベーコンと卵、それからパンを食しながら、少年は切り出した。


「母さん。…昨日は勝手に出て行っちゃってごめん…でも、僕は魔女が好きなんだ。それだけは何も変わらないんだ。…どうか、森に住むことを許してほしい」

「…それに関しては、好きにするがいいさ…あんたはとんだ強運の持ち主だ。きっと呪いなんかにゃ負けないだろう。でもね…」

「でも…何?」

「この先何があっても、村のみんなには迷惑をかけちゃいけないよ。非難を浴びるのはあんただけじゃない…今度こそ魔女が処刑されてしまうさ」


 母の声は真剣で、曇りのない澄んだ声であった。少年は母の許しを確信すると、にっと口角を上げて自信満々な笑みを浮かべた。

 魔女は終始黙っていたが、少年も女も気には留めなかった。


「いいね。女の子を泣かすんじゃないよ…不幸だった女の子を、あんたが幸せにしてやるんだ。」

「分かってる。神様に誓ってやるさ!…行こう、魔女」

「……うん」


 少年は少女の手を取り、母から持たされた荷物を片手に家を出た。そして少女に道案内をしてもらいながら、二人は獣道を歩いた。

 少女の色素の薄いウェーブのかかった髪の毛が風に揺らされて、木漏れ日に当たって輝く。少年は、少女を改めて綺麗だと思った。


 少女がずっと暗い表情で黙っていることに、少年は道を半分くらい進んでからようやっと気が付くことができた。気づくのが遅すぎるくらいである。


「…?魔女、どうしたの?」

「……いいえ、何が?」

「さっきからずっと黙ってる」

「…いつ聞かれるのかと、少し、不安になっているだけ」

「…ああ…。家に着いたら、ゆっくり話そうか」


 間もなくして二人は魔女の小さな家に着き、玄関扉を開けた。中はがらんとしており、誰もいなかった。当然と言えば当然だが…。


「…魔女、聞かせて。」


 椅子に座り、少年の澄んだ声が問う。


「君は…目が見えているね?」


 少女は昨日干していた薬草を手に取りながら口を開き、繊細な声を紡いだ。闇に溶けてなくなってしまいそうな声音であった。


「何故そう…思うの」

「…これは僕の勘なんだけど…昨日母さんのとこに行った時、君は細かな枝や蔓を避けて歩いていた。流石に長年この森に住んでいるからと言って、蔓や枝何ていう不変でないものの配置まで覚えられるわけないだろ?

…それと、僕の家に行った時だ。君は家の中にも入らず、母さんに触れることもなく母さんが病に倒れたことを察したよね。それに病の症状まで言い当てた。流石に僕の狼狽える様子だけでは確信を得られるとも思えないし…そういうことだ。更にいうと――」

「…っ見えてないわ!!見えていない…!!」


 少年が論破していくうち、少女は声を荒げてそれを否定した。少女の額には汗が滲んでおり、閉じられた瞼からは今にも涙が零れ落ちそうだった。

 少年は目を丸くして少女を見つめた。少女は首を左右に振りながら、ただひたすらに否定することしかできなかった。


「…ごめん。言い方が悪かったね。僕は君の目が見えているのか否かを問題にしてるんじゃなくて…どうして君が見えていないのを主張したがるのか、なんだ。」

「え…、?」


 少年は冷静に、少女の緊張で震える手を握って言葉を紡ぐ。少女は怪訝そうに細い眉を歪めた。


「君の目が見えてることは、昨日既に分かってたんだ…。ごめんよ、罪人を裁くような言い方をして。僕はね、魔女に嘘を吐いてもらいたくないだけなんだ…どうして、愛しい人がそんな嘘を吐くのかが知りたいだけさ」

「……」


 少女ははじめ、苦虫をかみ砕いたような表情を浮かべてから、やがて唾をのみ込み、


 ゆっくり、ゆっくりと言葉を丁寧に紡いだ。


「だって…貴方は、…私が不幸だから、一緒にいてくれるんでしょう…?目が見える私なんて…いいえ、本当は貴方と会うまで本当に目なんて見えてなかった…貴方が来てから急に視界が開けて……でも…貴方は一緒にいてくれるって言ったでしょう?貴方は優しい人。だから…私が不幸だから、私みたいな人と一緒にいてくれるって言ったんでしょう?

だから不幸じゃない私なんていらないの…貴方に必要とされない私は、もう、私じゃないから……でもどうして…貴方は頭がいいの、見破ってしまうなんて」

「?!…落ち着いて、魔女…僕はそんなこと一言も言ってないだろ?」

「じゃあずっと一緒にいてくれるの?私がこの閉ざした目を開いても、ずっと?」


 少女の目からは透明な雫が流れ落ちている。少しだけ過呼吸になりかけている少女の背を摩りながら、少年は懸命に頷いて少女の思いに答えた。


「ずっと一緒に居るって誓ったじゃないか…ああもう、母さんとの約束…すでに破っちゃったよ…。好きだよ魔女、永遠に好きだ…だから、目を開けて。」

「うん…うん…開けるわ、開ける…。」


 少女は長年閉ざしていた重たい瞼を開け、硝子玉のような澄んだ水色の瞳で少年の茶色の瞳を見つめた。少年は少女と視線を絡ませると、にっこり微笑んで少女を抱きしめた。

 もう少女は不幸な女の子ではない。それは少年のお蔭でもあり、自分自身が勝ち取ったものでもある。


 少女は気づいていないだけであった。自らを不幸にしているのは自分なのだと、自分に呪いをかけていたのは自分自身であったのだと。

 だが中々、人の子と言うのは無自覚と言う悪魔に囚われがちだ。自分で自分のことを自覚するのは、少々骨が折れるものである。

 誰かが、手助けをしなければ。


 少年と少女は長い口づけを交わし、窓の外を見上げた。真っ白で立派な翼を持った大きな鳥は少女の呪いから解放され、今高らかに飛翔した。


「見て。あの鳥…まるであの子みたい」

「ああ…あの鳥もきっと、幸福に気づくことができたんだよ。」


 少女は、もう孤独な寂しい魔女ではなく。


 一人の幸せな花嫁になったことを、少年以外知らないのであった。

ここまで読んで下さりありがとうございました。

自分が不幸だ不幸だと思いこんでいても、他人から見れば些細な事ってよくありますよね。そういう話を書いてみたかったんです。

少年と少女の名前を最後まで出しませんでしたが、意味があると言えばあります。でも特に深い意味はないです。名前なんてなくたって運命は変わらない…と言うのを示したかったのと、あと名固定観念が生まれちゃうのが嫌だったんです。

読みづらい小説ですみません。諸々自分なりに工夫して書いてるので、あとは読者様からいろいろ想像して読んでいただければ嬉しいなと思います。


閲覧ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり、人(魔女も含めて)は一人では生きていけないんですよね。誰かと支えあって行かなければ。 魔女と少年のお話ですが、普通に生活している中にもこういう場面はよくある気がします。 人の噂…
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