籠嬢
ノックの音がした。もう何度目だと呆れながら、私は無視をする。
コン、コン、コン、と綺麗に並び立てた3つの音は、少し響いた後に何処かへ消えていく。
私がここに住み始めてから早20年、幾度と無くドアをノックされ、そして私はそれを無視し続けてきた。
ノックをされ続ける原因はといえば、私にあるのだが……。
話せば長くなる。今から20年前、私はここを見つけ、気に入った。理由はと言えば、あまり人が来ないということだけ。ただそれだけの理由でも、人嫌いな私には素晴らしく思えた。
日が当たらないことも、生白い肌を晒すのも嫌な私からすればありがたい。引き籠もり生活が長過ぎて、健康的な肌色というものも亡くしてしまった。
話が逸れた。私がしている悪い事を話さなければ。私は20年前からここに住み着き、引き籠もり生活をしている。ただ、家賃を払った事が無いのだ。
だから思うに、最近回数の増えたノック音は家主や持ち主が家賃を請求しに来ているのだ。だが生憎、私はこの20年間仕事などしていないし、小遣いをくれるような良心的な親は持ち合わせていない。だから無視をするしかない。
そういえば一度だけ、追い返す為にドアの上から相手を見て驚かせた事があったっけ。その時は執拗にノックをされ続けて、私も気が立っていた。普段の冷静な私ならば居留守を使ってやり過ごすのだけど、何度も何度もノックをされ、挙げ句の果てには私を変な名前で呼ぶのだ。
人間誰しも、生まれた時に親から貰った名前がある。私はそれを凄く気に入っていたのだ。少なくともーー
「はーなーこさん、あーそびーましょー」
そう、花子さん等と言う変な名前では
「誰が花子さんか!」
……またやってしまった。目立つのは嫌いなのに、またここにいることがバレてしまう。
早く、諦めてくれればいいのに……。
○ ○ ○
「昨日出たんだって」
「出た、って何?」
「3階の女子トイレ」
「あー、花子さんって呼ぶと怒る花子さんでしょ? みんなもう飽きてるよ」
「まあ行ったのは1年生らしいからね。今まで無かったものがあるって言うなら、どんな人でも1回見てみるもんでしょ。そんで、その子らも私達みたいに話すのよ」
了