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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
9/18

09

「おかーさん、外なに?」

「あなたも清めてらっしゃい」

 憤懣しきりの母。買い物から戻るとドアの前にゴミが散乱していたらしい。「すぐ出てけ!」の書き置きつきで。

 出てけ、とはまたいかにも典型的な……。嫌がらせのことを言おうかどうか迷っていると、気持ちが鎮まらない母は、荒々しく立ち上がった。


「お祓いよ、お祓い! こんなしみったれたケチつけられて、そのうち何かあったらどうするの?」

「おかーさん、あのさ」

「お母さんはお父さんに電話するから、寿子は神主さんに予定聞いてきて」

「そっちも電話したらいーじゃん!」

 塩の次は、パシリ?


「寿子、熱意の問題よ! 一刻も早く、最善の状態に! お父さんの娘なんだから分かるでしょ!」

 営業マンのつれあいは、その信条を娘にも植えつけようとしてる。



 着替える暇ももらえずに、あたしは神社へと遣わされた。

 村井塗装に差しかかると、ガレージの脇で孝介がペンキ缶を広げ、色まみれになっていた。

「あれ? 西谷、今帰り?」

 そうだ、村井家なら知ってるかも。


「聞きたいんだけどさ、最近このへんで、店できたり潰れたりした?」

「はあ? みせ? ないよ、たぶん。少なくとも、親父んとこにはそんな話来てない」

「そっか」

 家に嫌がらせなんて、あたし個人への不満にしては度が過ぎている。母は平和な主婦だし。ということは、父の仕事関係に因縁つけたいやつなのかも、と思ったのにな。


「なに、何か特別な買いもん? ならあそこだろ、ちょっと遠いけど、隣町の「サカキ」。ホームセンターなわりに、いろいろ揃ってるらしいぜ」

 日曜大工すんじゃないんだよ! 塗装用品もいらないよ! うち、賃貸だから!

 カラフルな刷毛片手に、独特のアドバイスをくれる村井孝介へ、心の中でつっ込む。


「西谷んちって、親父さん薬屋なんだろ? サカキにも行ってんじゃないの? あそこ、敷地ん中にドラッグストアもあるし」

 引き返そうとする足が止まった。

「ドラッグストア?」


「うん。まあ、サカキができたときにも、客が減るっつってこのへんの店が騒いだんだけど。医療系まで持ってこられると、さすがになー、ちょっと“終わりだ”って感じ、するよなあ」

 あたしは脳みそをひっかき回す。町内にある薬屋、確か「キタノ薬局」。おじさんの薬剤師さんが、よろしく、って……。


「村井くん、キタノ薬局の子供とか、もしかして三中にいる?」

「北野? 2組の、北野由美子?」

「その子か!」

 父がサカキに出入りしてるかどうか、知らないけど、決めつけるのもよくないけど、でもその子が何か関わってる気がした。


「ありがと!」

 何が? って顔してる村井孝介を背に、道へ出てから、あたしは行く先に迷った。

 家? キタノ薬局? 神社?

 ……神社か。北野さんと決まったわけじゃないし、誰の仕業か分かったとしても、きっとかーさんはお祓いしたいだろう。



 夕暮れ始めた空と同じくらい、炎色の鳥居が向こうに見えていた。さして遠くないそこがはるか先に、億劫に感じた。

 嫌がらせ。つまり、たぶん、八つ当たり。やだなあ、こういうのを知ってしまうのは。降参する気なんてないけど、もし本当に考えた通りなら、うちが引っ越すのが解決策じゃないか。



『あの子、にし……何てったっけ?』



 また、あんな夢を見る。引っ越すたび、転校するたび、あたしは同じ夢を見る。

 登場人物は次々変わるのに、ストーリーは変わらない。


 とろっとした退廃が似合う境内は、いつものように無人で、全てが赤々と慈しみ深く染まっていた。ぶしつけに入り込んだあたしは、優しくつき放されそうな気がした。


 ケータイが震える。開く。またおかーさんだ。

『お父さん、土曜日休めるって。神主さんに聞いてみて』

 はいはい。っても誰もいないし。お家かな?


 境内をつっきる途中で、低く押し潰したような声が聞こえた。古いお社のところに、息子神主がいる。……お祓いは、絶対、宮司さんに依頼したい。ちょうどいいや。取り次いでもらおう。

「すいませーん」

 一人分の声だし電話中かと思ったけど、違った。


「お、どした?」

 息子は、萎れたハリセンみたいなのを持っていた。お仕事中だったんだ。

「うちで、お祓いお願いしたくって」

 逆光になって、神主の輪郭が炎色に縁どられる。焦げ茶色の髪が、違う色に見えた。


「祓い? 何の?」

 ああいうのは、何なんだろう? お清め?

「宮司さん、いますか?」

「ハゲはまだ帰ってねえけど……。……。あんた、クセついてんな」

「え?」


 息子神主がこっちへ近づいてくる。なぜだかとても苦々しい顔をして。

「クセ?」

「しみついて、フツーになってて、もう麻痺してんだろ?」


 何を言われてるんだか、さっぱり分からない。

 すぐ真正面までやってきた息子は、いきなり、あたしの手からケータイを掠めとった。

「ハイ、失礼」

 そして勝手に操作し始めた。


「なにっ? ちょっと、返してよっ」

 慌てて手を伸ばしたけど、悔しいことに、息子の身長+腕には敵わなかった。

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