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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
8/18

08

 入学式の朝、つまりあたしの転入日の朝も、同じ夢で目が覚めた。“新”て字にふさわしい光が、カーテンを透かして部屋を照らしていた。

 泣くようなことじゃない。なのに、触れたほっぺたでかすかに、乾いた涙の跡がかさついた。


 まるで当たり前みたいに、小坂さんが迎えに来てくれた。にこにこ「おはよう」と言う。何かが強張ったあたしはすぐに返せなくて、お母さんが先に口を開いた。

「おはよう、未央ちゃん。寿子をよろしくね」

「そんなぁこちらこそ。あたし、近くに年が近い女の子いなかったから、嬉しいんです。じゃ、寿子ちゃん、行こう」


 外は和やかに晴れていた。芽吹く小さな緑は安心しきっていて、開いた花はどこまでも健気だった。

 途中で、村井塗装の息子が加わった。次男・孝介は、小坂さんの幼なじみだ。

「ウス」

「おはよ」

「おはよう」


 三人で行く道には、小学生も高校生も歩いている。春特有の、日にあたためられた土の匂いがした。

「みんな、おんなじクラスだといいねえ」

「クラスより担任だろ。絶対、関本には当たりたくないよなー」

 小坂さんがおっとり言うと、村井孝介は顔をしかめた。


「関本ってね、生活指導で社会の先生。すごい厳しくって、ヤな先生なんだよ」

「へえ~」

 どこにでもいるなあ、そういうの。

 あれこれ話を聞くうちに、次第に校門が見えてきた。でっかい桜は七分咲きだ。


 はたして、小坂さんとあたしは4組、村井孝介は5組に落ちついた。

 入学式前のHRであたしはお披露目となった。見渡す生徒の中に小坂さんがいるから、いつもより気持ちが楽だった。


 式が終われば、また短いHR。委員とか係とかを選ぶ、お決まりのやつ。そつなく過ごして早い下校だ。

 がちゃがちゃふわふわ賑やかな教室で小坂さんと話していると、あたりが急に静まった。

「西谷寿子、ちょっと来なさい」

 身動きしないクラスメイトたちを眺めるようにして、入り口におじさん先生が立っていた。小坂さんがたじろぐ。


「関本だよ!」

 小声で言われて、あたしも驚いた。見るからに不機嫌な、生活指導の先生。何であたしが呼ばれんの?

 どこか別室へ行くでもなく、出てすぐの廊下で先生は切り出した。


「西谷、携帯電話を持ってるだろう。校則違反だ」

 思わず見上げると、先生は続けた。

「前の学校では知らないが、うちでは禁止なんだ。次に見つけたら、没収するからな」

 帰り始めた生徒たちが、通りがけに興味深く眺めていく。


 ケータイ、持ってる。ポケットに入ってる。何で先生が知ってるんだろう。

「分かったら、返事をしなさい」

「……はい、すみませんでした」


 関本が去っていくと、すぐに小坂さんが出てきた。

「何言われたの?」

「なんでもないよ」

 すぐに分かった。ケータイ持ってるところ、先生に見られたんじゃない、生徒に見られたんだ。みんな、たいていひそかに持ってる。それを、あえて関本に教えたんだ。生徒の誰かが。


 呆れた。転校生に嫌がらせなんて、小学生か! 残念ながら、かけらも堪えないけどね! あたしの転校歴、なめんなよ! 飽きるまでやりゃいいよ! たぶん、あたしの方が先に飽きるから!



 一人、心のうちで戦いを覚悟したものの、嫌がらせは蓄積すると疲れる。次の日は、机が逆向きになっていた。誰だか知らないが、やることが小っさいよ! しかも、小坂さんに知られてしまうし。

「こういうじめっとしたのは、女子のしわざだね!」

 素直に憤ってくれたことが、恥ずかしいような面映ゆいような、複雑な気分だった。


 上履きに砂が入ってたり、ロッカーの中身が散らされたり、教科書が神隠しされたり、いわれない悪口が黒板に殴り書きされたり、正体不明のまま可能な、典型的なやつが、それからひととおりお見舞いされた。

 さすがに問題になりそうだけど、くらってる本人が元気だからクラスメイトたちは見守るかまえにいた。


 ただ、疲れるだけのあたしに代わって、小坂さんが奮起した。

「もうあったまきた! つきとめて、やっつけてやろう!」

「いいよ! 放っといたら、そのうちなくなるから」

 彼女の行動力は侮れない。とんでもないのをお見舞い返しそうで。


「お人よしだよ、寿子ちゃん」

「昔もあったんだ、こういうの。自分のテリトリーに新しいのが入ると何となく拒否したい気持ち、分からなくもないし」

 あたしは首を振りながら、やんわり否定した。

 そうだ、新しさがなくなればいいのだ。あたしがなじんでしまえば。時間の問題でしかない。


「そうかなあ」

 釈然としない小坂さん。

「そんなもんだよ。気にして、べっこりくらうなんて、馬鹿みたいだよ」



 ところが、そんなもんではなかった。じめっとした嫌がらせは、家にまで達したのだった。


 部活に出た小坂さんと別れ、帰り道、ケータイがブルブル震えた。急いで開く。

『おつかいよろしく』

 母メールだった。

『お塩、一番大きな袋で買ってきて』

 は? しお? 漬けものにでも目覚めたのかな?


 内容はたったそれだけで、あたしは重ったい荷物(5kg)をよろよろ抱えて帰宅した。

 汗ばんで着いたマンションのドア付近には、何やら白いものが撒き散らされていた。これ……、塩?

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