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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
7/18

07

「小坂さん、あれじゃほんとにマズくない? 単にマリッジブルーとかじゃないの?」

「かもねぇ。さっ、神社行こう」

 えっ、なんで!?


 新参でも、こんなのはあたふたする。なのに前を歩く小坂さんは、すっかり元に戻っていた。

 来るときは、きっとあたしへ道案内してくれたんだと思う。ずっと表の通りを歩いてきた。

 今度は違う。住宅裏をつっきったり、路地をくねったり、とにかく近道をした。


 複雑な裏道を辿った先に、こもる濃緑が見えた。

「志信くーーん」

 鳥居をくぐったすぐのところに、息子神主が待機していた。


「よー未央、サンキュー」

 は?

「それじゃあ、あたしたち隠れてるねぇ」

 はあ??


 説明は後回しにされて、小坂さんに引っぱられ、あたしは境内奥の古いお社へ移動した。

 こないだ神主が正座してたみたく茂みの陰に低くひそむと、いくらもしないうちに興奮したギャルが走ってきた。


「やめんのやめる!」

 そうして、どんぐり柄マフラーの神主に向かって高らかに撤回したのだった。


「そーか、そりゃあよかったわ」

「でもてめえの札は買わねぇからな! んなもん、なくても……っ」

 ギャルのきんきん強い声が、不意に緩んだ。


「おう、何だ。言ってみろ」

 向かい合う神主は、にやにや笑っている。どことなく嬉しそうに、楽しそうに。

 するとギャルは突然、砂利の上にへたり込んでしまった。


 ここから見ていても、分かる。彼女は泣いていた。

「奥さんに向いてねえとか、あたしが一番知ってんだよ……。できそうにねぇもん……。でも……」


「ねえ、藤井さんは結婚したいの? したくないの?」

 ギャルの涙は衝撃的で、問わずにはいられなかった。

「美晴ちゃんと高木さんは、あ、高木さんて旦那さんになる人ね。本人たちはしたいはずだよ。だけど高木さんのご両親がね……」


 ああ、なるほど。見えてきた。

「でも一応、話はまとまったんでしょ?」

 自分で言ってから気づいた。まとまる理由があったんだ。

 たぶん、彼女のお腹の中に。


 小坂さんは頷いた。

「このへん全体の大事なの。町内のみんなが、美晴ちゃんの幸せを願ってるんだ」


 あたしは越してきたときに通った、駅から商店街までの買い物エリアを思い浮かべた。大型の複合商業施設はない。せいぜいが、チェーンのスーパーくらい。


 もしかして、昔ながらの式を推したのは、旦那さん側じゃなくて藤井さん側。というか、周りの町内が。

 きっと、それぞれのお店が心を尽くした品々を、結婚式に贈ろうとしてるんだ。お酒や、料理や、衣装や、音楽や、式にまつわる全てのものを。


 それって、本当にあたたかい。ものすごく幸せなことだ。

 砂利に座ったままのギャルを眺めて、思った。めいっぱい祝福されてんだから、根性で幸せになれ!

 だって、なりたいんだよね? さっきの言葉の続きは、嗚咽で充分に伝わる。


 神主はギャルに合わせて屈んだ。

「もう、やめるって言うの禁止な。

 枯木会のじーさんばーさんらが今月、定例温泉キャンセルして、何かえらく熱心に稽古してんだと。お前、やつらの心臓止めんなよ?」


 ギャルは涙顔で神主を睨んでたけど、それを聞いて吹き出した。


「出てってもよさそうだね」

 小坂さんが立ち上がる。こっちに気づいたギャルはまた目を吊り上げて、すぐにくしゃっと笑った。

 あたしは少し遅れて茂みを出た。

 境内の三人を、何だか、羨ましく思った。いいな、って、ちょっと切なくなった。




 日にちが過ぎるにつれて、あたしはいろいろと知識を得た。小坂さんのおかげだ。彼女と一緒に(=町内会のおつかいで)小学生みたいにあちこち出歩いた。


 花粉症持ちのご主人がいる花屋さん、ネーミング意味不明な、喫茶『もち米』、過剰に妖艶なマネキンが並ぶ呉服屋さん。薬局へは父より先に挨拶してしまった。村井塗装の次男は、同級生だったし。


 小さくてぼやけた町、というのは前の場所と比較した結果であって、ここはここで違う味わいがあるんじゃないかな。

 新学期を間近に迎える頃には、そう思えるようになっていた。


 それでも3月の終わりというのはどんな年でも気持ちが不安定になるもので、今年は転校が重なるせいなのか、穏やかな一日の合間に、ぞっと、わけもなく怖くなるときがあった。


 そんな心理が影響してるのかな。引っ越して以来、時々見てた夢がどんどんリアルになってきていた。

 夢の中で、あたしは前の学校にいる。廊下に立ち、教室を覗いているのだ。中に、かつてのクラスメイトたちがいる。


「理恵」

 笑いながら窓際に腰かけている。こっちを向いているのに、あたしには気づかない。

「香代!」

 その香水、お揃いで買ったやつだよね。そう声をかけても、やっぱり気づかない。


 話し声はちっとも聞こえない。

 なのに、楽しそうなそこから決まって一言だけ、理不尽に届く。



『あの子、にし……何てったっけ?』



 爽快な目覚めにはほど遠い。見るたびにショックで、だけど泣くようなことじゃない、しっかりしろよ、って言い聞かせる。

 起きてしまえば、夢は終わる。また、うす白い一日が始まる。



 



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