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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
6/18

06

「あっ! また結ぶの忘れた!」

 うちに着いてから思い出した。……いいや、持っとこう。願い事して引いたんじゃないし。


(一日も早く、また転勤しますように)


 あれは、願い事に含まれるのかな。

 だってここ、何か薄いとこだし。染まっていくのに気乗りしなくて。

 だけど、心底本気で唱えたわけでもなくて。ていうか今、ほんとに叶ってほしいこと、別にない。


“未来の自分に頼む”


 言いたいことは分かる。けど今いち、ぴんとこない。

 気分が変わっても事態が変わらないなら、解決しないんじゃないかな。

 気持ちだけじゃあ、どうにもならない。


 うん、あたしは神様とか、そういう精神的な何かを信じてないんだね。


 改めて認識したら、でもこれって普通だと思うんだけど、だけど、何かが乏しい感じもした。

 なんでだろ? 神主が言ってたように、人を動かすのはたいてい、人だ。

 神様にすがらなくたって、世の中を知ることはできるし。


 ……ん? あれ? あたし、どんな結論が欲しいんだ?

 ?????


 もやっとしたけど、新天地2日目の人間には、もっと気になることがある。

 ベッドに寝転んでケータイを開いた。メール、なし。


「理恵も香代も元気かなあ」

 映画行く約束、もうなくなったよね。香代は先輩に告るって言ってたけど、どうなったかなあ。

「…………」

 かといって、自分からメールする気力は湧かなかった。


 さっきのものとは成分の違う欠乏が、心臓の奥あたりにじわっとしている。

 これは、よくなじんだ感覚だ。1週間もすれば、治る。


 治るんだ、いつもいつも。じわっとするのは、最初だけだ。

 痛いのは、今だけだ。



「寿子ー、ちょっと来なさーい」

 沈むあたしを消すように、急に呼ばれた。

「あら、熱あるの? ほっぺ赤いわよ」

「ううん、うとうとしてただけ。なに?」

 お母さんは玄関にいた。


「こちらね、町内会長さんのお嬢さんで、小坂未央ちゃん。寿子と同い年なのよ」

「はじめまして。寿子ちゃんが4月から三中って聞いて、あいさつに。わざわざ来てもらっちゃって、ごめんね」


 応対されていたのは女の子だった。つるんとした髪が肩までで、素朴で真面目そうな雰囲気。

 きっと、彼女の性格が滲むんだろう。柔らかくほわんとした声や微笑み、気安い空気には、作った感じや偵察(?)する感じは全然なかった。


「そんなことないよ。こっちこそ、わざわざありがとう。え、ここのマンション?」

「うん、1階上だよ。お母さんから聞いたんだ。よろしくね」


 主婦間のネットワークって、尋常じゃなく速くて太い。引っ越すたびに実感するよ。

 あ、そうだ。

「藤井美晴さんって人に会ったんだけどね」


 あたしは神社での出来事を話した。すると徐々に小坂さんの顔が、驚き、曇り、強張り、と変わっていった。

「まあぁ、それは大変ねえ」

 その2に則って、あっさり処理する母。小坂さんには、そわそわも加わった。


「そんな、どうしよう。とりやめなんて、絶対だめですよ!」

 え、どうして? ギャルはけっこう深刻そうだったのに。

「何かわけありっぽかったよ」


 いち話題のつもりで話したのに、もくろんだような井戸端的空気にはならなかった。

 小坂さんは断固たる口調で言った。


「明日聞きに行く! 寿子ちゃんも一緒に!」

「あたし!? なんで!?」

「美晴ちゃんの結婚は、このへん全体の大事だから!」


 すでにあたしも、このへんの一員になったようです。




 かくして3日目、有無など言えぬまま、あたしは小坂さんにお供して『ヘヤーカット・藤井』を訪れた。

 ヘ“ヤ”ーにふさわしく、宇宙飛行士みたいなアレをかぶってたのは、おばさま・おばあさま方ばかり。店の奥に通されると、すっぴんのギャルが現れた。


 聞けば、小坂さんのご両親が仲人らしい。脈々と受け継ぐ血があるのか、たおやか&おっとりふうな彼女は、挨拶すらすっ飛ばして詰め寄った。


「やめるって、本気じゃないよね?」

 中学生に質されて、ギャルは渋い顔をする。

「式は来月だよ? 今さら……」

「未央、あんたにはまだ、あたしの気持ち理解できないよ」


 小坂さんはともかく、あたしはもちろん理解できない。このへん全体の大事とかいうのも分からない。

 だから、今できる質問をした。

「あの、願い事って何だったんですか?」


 何となーく予想してたけど、やっぱり。消極的ながら受け答えしてたギャルは、あたしに問いで小キレた。

「こんなとこで軽く言えっか! やめっつったらやめだよ! 分かったか!」

 分かってもいいけど、分かりませんよ! でも掴まれそうだし、退くことにした。

 しかしここで、小坂さんのスイッチが入った。パチって音がしたみたいだった。


「じゃー帰ってそう報告するよっ。美晴ちゃんにも高木さんにも、別の相手紹介するようにって!」

 仲人の血は、そっち方向に作用すんの!?

 優しげな外見とかけ離れた声に、お店から流れてきていたざわめきも止まった。


「寿子ちゃん、帰ろ!」

 唖然とするギャルを捨て置いて、小坂さんは身を翻す。完熟宇宙飛行士たちの、興味津々な眼差しを浴びながら、あたしたちは外へ出た。

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