05
「だろうな。パソコンでテキトーに作ってっから」
テキトー!?
愕然としたあたしに、ギャルが補足してくれた。
「普通は、くじって「運勢」より、下の、何かダラダラ書いてあるとこのが大事なんだよ。それに、大吉だから下のとこも全部最高とか、決まってねえし。
けど、志信くじは、願い事してから引くんだよ。で、運勢がイイほど叶うってわけ。叶うかどうかを試すくじ。
そうゆうの知ってて引くやつは、下のとこなんて読まねえよ」
何せ、テキトーなんだもんなあ。
「ムカつくのは、こいつが入れるくじに、ほとんど大吉がねえってことだよ。小吉とか凶とか、悪ぃのばっか」
「願い叶うとか、思い込みだろ? だったらこの札だってそうだろ。俺手製! 税込み5万で!」
高っ! さっき紙っきれって言ったのに!
「買わねーよ! つーかもーやめるっ! やめてやるー!!」
ギャルは力いっぱい叫ぶと、どこかへ走り去っていった。
境内は、しっとりした静寂をとり戻した。あたしも目的を思い出した。
「あの、だからあたし、おみくじのお金払わないと」
「あぁいーよ。引っ越し祝いってことで」
おみくじが?
…………。しょぼい、と思ったことは否定しない。顔に出る前に、話題を変えた。
「さっきの、やめるって何を?」
「あいつ、来月ここで結婚式すんの。たぶんそれ」
あの人、昔ながらのギャルだったのか。でも大吉が欲しくって、出ないからやめるって、
「不満でもあんのかなあ」
「さーなぁ。で、あんたは?」
おもむろに尋ねられた。
「あんたは、何、望むの」
ぽかんとしてしまった。だって、考えてなかったから。
返事を待っているのか、神主はただこっちを見ている。
「別になにも……。あ、そんで、これ」
預かった風邪薬を差し出した。
「ん? くすり?」
「うちのとーさん、営業なんで。使ってくださいって」
「へー、どうも。助かるわ。このかっこ、冬場厳しくってさ」
だろうなあ。
「昨日、何で正座なんかさせられてたんですか」
「お供えもんのお神酒、飲んだから。外掃除、さっむすぎて」
神主さんたちの世界って、そんなふうなんですか……。
知らないあたしは頷くしかない。でも、この人の人となりが、うっすら確認できた気がした。
「いや、俺がお神酒飲むって、ふつーのうちで、子供がビールの泡なめるようなもんだから」
えぇぇ? ほんとーかよ?
「うちは“お狐さまを大事にしろ”って、死んだじいさんの言いつけがあんだよ。そんでああなったの。まあここ、稲荷神社だし、当たり前だけども」
「でも、テキトーなんですね。神様とか、信じてないんでしょ?」
神主なのに。嫌味を込めて言うと、なぜか笑われた。
「じゃー、あんた信じてんの?」
「え? いや、そう言われると……」
だけど、あたしとあなたでは神様の重みが全然違うでしょうが。と言いたげなあたしに、笑ったまま神主は続けた。
「“苦しいときの神頼み”。人って、切羽つまってど~しよ~もなくなると、とにかく唱えんじゃん。“かみさま、ほとけさま”って。
昔っからそんなんばっか見てきて、どうやったら本気で信じられる?」
う、まあ、そうか。
「でもあれ、違うのな。神とか仏じゃなくて、実はみんな、未来の自分に頼むんだよ。
唱え終わったあとに、何かふっきれたり気分変わったりすんじゃん。そういう、先の、ちょっと変わった自分に」
あら?
「人生変えんのって、結局、自分だもんな」
なかなかイイことも言うんだ。風呂敷みたいなマフラー、巻いてるわりに。見たまんまの人であっても、今の発言にはポイント入れたいと思う。
調子の上がってきた太陽が、玉砂利を白く染め始めていた。素直な光を浴びて、おおらかな緑と安らかな白は人を落ちつかせるように、そうっと存在していた。
あたしはついでに、鳥居のギラギラさについて尋ねた。あれは何年か前に、大口の寄進があって修繕したのだそうだ。
しかしさすがに、他との差が甚だしい。よって今は、鋭意貯蓄中とのこと。
「じゃあ、さっきのギャル放っといていんですか?」
大事なお客さんじゃないの。
「あいつ、美晴っていうの。同級生。平気へーき、どーせすぐ、やめるのやめるっつって戻ってくっから」
「でもおみくじ、ばくぜんと当たるんですよね?」
「まあな!」
微妙に誇らしげなのがムカつく。自分の実力じゃないのに。
それに同級生のことなら、なおさら心配じゃないわけ?
「戻ってこないかもしんないじゃないですか」
「そんときは……まあ、それなりに困る」
「戻ってくるよう善処しなよ!」
「あ、あんた、この札買わね? ホラ、新しい土地で“家内安全”ーー」
「そこに大っきく“藤井美晴”って書いてあんじゃんか!」
テキトーだ! 根本的にテキトーなんだ! かつ、詐欺まがい!
勝手なイメージだけど、神主さんとかお坊さんとか、世の中から離れた神聖なる職業の人って、俗っぽい欲望からも遠いんだと思ってた。
さすがに皆無ってことはないだろうけど、そんな露骨に押し出さなくても! こっちはまた、勝手にガッカリだよ!