04
月曜だけど3月の平日はおとなしくて、まだまだなじみの薄い静穏が漂っていた。
朝のラッシュはもう終わっている。さして広くない一車線の道には、ご老人の姿がぽつぽつ見えた。
あちこちの枝木は、季節を窺うようにまだ動かない。鳥の鳴き声がたまに聞こえた。
白っぽく感じる景色は昨日と同じで、太陽もどこか曖昧だった。明け方に霞がかったのかな。空気は水の匂いがした。
マンションから通りへ出たら、左へ。そしてしばらく直進。古本屋の角でまた左に曲がって、さらに直進。道なりに、村井塗装や青木酒店が建っている。
両脇の街路樹が幅きかすようになってきたら、神社はもうすぐだ。
向かう先に見える、ど派手な鳥居ったら。こっちがむしろ太陽みたいだ。
そのうち、本体も改装するのかな。業者さん的な気配、まるでなかったけども。
頭の中でほよほよたゆたう、どーでもいい疑問とリンクするように、鳥居の朱い柱と柱の間で、白く小さなちょうちょがいくつも飛んでいた。
わぁ~、春到来かな……、
「マジふざけんなよ!」
神社の方から、吠えるような、女の人の声がした。
到来していたのは、ちょうちょでも春でもなかったのでした。
清められた朝の境内で爆発していたのは、昨日すれ違ったギャルだった。
ちょうちょに見えたのは全部、ちぎられたおみくじ。
あたしの視界に入ってきたのは、キレたギャルが中身をぶちまけ、そのうえ放り投げたらしい太筒と、筒に代わって掴まれる息子神主だった。
着物の襟じゃなく、喉あたりのマフラーを思いっきり引っぱられて。
「真摯に自分を見つめ直せ! 心がけ次第で、まだどうとでもなる! それでもまだ不安があんなら、この札を買え!」
「いらねーよ! 志信の札、効かねーじゃん!」
「これは違うって! お前の幸せと家内安全を願ってーー」
「ヤだよ! てめえの札で、あたし去年、事故ってんだよ!」
金髪ぐるぐるのギャルと息子が、社務所の前でわあわあしていた。
ギャルの右手は固く拳づくられ、神主は海老反りながらも商売している。
お邪魔するのもアレかと思い、あたしはしばらく見守ることにした。
「事故は俺のせいじゃねーだろ!」
「じゃー何のための護符なんだよ!」
「縁起モノみたいなもんだよ!」
……は?
「紙っきれひとつで一生安全だっつうなら、全車標準装備されるっての!」
Cみたいだった体勢を持ち直し、息子神主は本音をぶちまけた。
「お前の車、祓ったのウチじゃねえし! なのに俺の札のせいにすんじゃねー!」
みるみるAっぽくなり、ギャルの手を叩き落とす。巻き直すマフラーは唐草模様だった。
静かで凡庸な町だと思ってたけど、中は案外、騒がしいとこなのかもしれない。
ギャルも言い返した。
「そんな態度だから効き目ねんだよ! だいたい、いつもの仕事もテキトーじゃん! 「大吉」入ってるなんて……、入ってねーよ!!」
砂利に転がる筒を強く指差す。
「テキトーじゃねえ! 昨日補充したばっかだし、間違いなく1枚入れたんだよ!」
「あっ、それ……」
マズい、思わず介入してしまった。瞬時に二人の視線を受け、逃げようがなかった。
「あんた誰? 何か用?」
短い眉毛をぎゅっと寄せて、ギャルが睨みつけてくる。
「つーか「それ」って何? あんたも、ここのおみくじ引きに来たの?」
ちょっとヒくくらい睨まれて、あたしはうろたえて説明する。
「いやっ、違います! あのでも、昨日引きました。それ、大吉だったんで……」
「ハーーーー!? 志信が言ったの、聞いてた!? 1枚だよ、1枚! てメー何てことしたんだよ!!」
えーー!? よく分かんないけど、すいません!
……ん? 何で謝んなきゃならないの? 大吉って、取り置きとか予約制ですか?
「へー、あれ引いたんだ」
殺気立って近づいてくるギャルの後ろで、のんきに感心している神主。
「あんた、観光客? なら知ってるよね、志信のくじのこと」
「いいえっ。越してきた西谷です!」
ギャルは顔をつき出してあたしを観察する。小鼻へんに、点々とそばかすが見えた。
「あっそ。なら教えとく。この神社はねぇ、小っさいしボロいし、拝んでもご利益なさそーだけど、
おみくじだけは! 当たんの! 当たるっつうか……ばくぜんとね!」
凄まれて怖いのは怖いけど、最後、意味不明だった。
ばくぜんと、って何ですか。
「まあなんだ……、諦めろ。これもお前が受け入れるべき現実だってことだよ。な、だから俺はこの札で」
「それ買うくれぇなら、通販で壺か石か買う方がマシだよ!!」
要するに、ギャルはどうしても大吉を出したかったんだ。
くじを管理してるのが息子神主で、だけどこの人の札には効果がないらしい。大吉って、そんなスゴイもの?
あたしはポケットから紙を取り出した。広げて、めんどくさい日本語の部分を読んでみる。
『待ち人 来ずたよりあり』
待ってる人、いないなあ。
『病気 重し医師に頼め』
健康です。
『学問 困難なり勉学せよ』
それなりにやってきました。
などなど、
「これ、当てはまるとこないよ?」
しかも、良いこと書かれてなさげだった。お札同様、効き目ないんじゃないの?
疑わしく見やると、息子神主はさらっと言った。