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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
4/18

04

 月曜だけど3月の平日はおとなしくて、まだまだなじみの薄い静穏が漂っていた。

 朝のラッシュはもう終わっている。さして広くない一車線の道には、ご老人の姿がぽつぽつ見えた。


 あちこちの枝木は、季節を窺うようにまだ動かない。鳥の鳴き声がたまに聞こえた。

 白っぽく感じる景色は昨日と同じで、太陽もどこか曖昧だった。明け方に霞がかったのかな。空気は水の匂いがした。


 マンションから通りへ出たら、左へ。そしてしばらく直進。古本屋の角でまた左に曲がって、さらに直進。道なりに、村井塗装や青木酒店が建っている。

 両脇の街路樹が幅きかすようになってきたら、神社はもうすぐだ。


 向かう先に見える、ど派手な鳥居ったら。こっちがむしろ太陽みたいだ。

 そのうち、本体も改装するのかな。業者さん的な気配、まるでなかったけども。


 頭の中でほよほよたゆたう、どーでもいい疑問とリンクするように、鳥居の朱い柱と柱の間で、白く小さなちょうちょがいくつも飛んでいた。

 わぁ~、春到来かな……、


「マジふざけんなよ!」


 神社の方から、吠えるような、女の人の声がした。

 到来していたのは、ちょうちょでも春でもなかったのでした。



 清められた朝の境内で爆発していたのは、昨日すれ違ったギャルだった。

 ちょうちょに見えたのは全部、ちぎられたおみくじ。


 あたしの視界に入ってきたのは、キレたギャルが中身をぶちまけ、そのうえ放り投げたらしい太筒と、筒に代わって掴まれる息子神主だった。

 着物の襟じゃなく、喉あたりのマフラーを思いっきり引っぱられて。


「真摯に自分を見つめ直せ! 心がけ次第で、まだどうとでもなる! それでもまだ不安があんなら、この札を買え!」


「いらねーよ! 志信の札、効かねーじゃん!」

「これは違うって! お前の幸せと家内安全を願ってーー」

「ヤだよ! てめえの札で、あたし去年、事故ってんだよ!」


 金髪ぐるぐるのギャルと息子が、社務所の前でわあわあしていた。


 ギャルの右手は固く拳づくられ、神主は海老反りながらも商売している。

 お邪魔するのもアレかと思い、あたしはしばらく見守ることにした。


「事故は俺のせいじゃねーだろ!」

「じゃー何のための護符なんだよ!」

「縁起モノみたいなもんだよ!」


 ……は?


「紙っきれひとつで一生安全だっつうなら、全車標準装備されるっての!」


 Cみたいだった体勢を持ち直し、息子神主は本音をぶちまけた。


「お前の車、祓ったのウチじゃねえし! なのに俺の札のせいにすんじゃねー!」

 みるみるAっぽくなり、ギャルの手を叩き落とす。巻き直すマフラーは唐草模様だった。

 静かで凡庸な町だと思ってたけど、中は案外、騒がしいとこなのかもしれない。


 ギャルも言い返した。

「そんな態度だから効き目ねんだよ! だいたい、いつもの仕事もテキトーじゃん! 「大吉」入ってるなんて……、入ってねーよ!!」

 砂利に転がる筒を強く指差す。


「テキトーじゃねえ! 昨日補充したばっかだし、間違いなく1枚入れたんだよ!」

「あっ、それ……」

 マズい、思わず介入してしまった。瞬時に二人の視線を受け、逃げようがなかった。


「あんた誰? 何か用?」

 短い眉毛をぎゅっと寄せて、ギャルが睨みつけてくる。

「つーか「それ」って何? あんたも、ここのおみくじ引きに来たの?」

 ちょっとヒくくらい睨まれて、あたしはうろたえて説明する。


「いやっ、違います! あのでも、昨日引きました。それ、大吉だったんで……」

「ハーーーー!? 志信が言ったの、聞いてた!? 1枚だよ、1枚! てメー何てことしたんだよ!!」


 えーー!? よく分かんないけど、すいません!

 ……ん? 何で謝んなきゃならないの? 大吉って、取り置きとか予約制ですか?


「へー、あれ引いたんだ」

 殺気立って近づいてくるギャルの後ろで、のんきに感心している神主。


「あんた、観光客? なら知ってるよね、志信のくじのこと」

「いいえっ。越してきた西谷です!」

 ギャルは顔をつき出してあたしを観察する。小鼻へんに、点々とそばかすが見えた。


「あっそ。なら教えとく。この神社はねぇ、小っさいしボロいし、拝んでもご利益なさそーだけど、

 おみくじだけは! 当たんの! 当たるっつうか……ばくぜんとね!」


 凄まれて怖いのは怖いけど、最後、意味不明だった。

 ばくぜんと、って何ですか。


「まあなんだ……、諦めろ。これもお前が受け入れるべき現実だってことだよ。な、だから俺はこの札で」

「それ買うくれぇなら、通販で壺か石か買う方がマシだよ!!」


 要するに、ギャルはどうしても大吉を出したかったんだ。

 くじを管理してるのが息子神主で、だけどこの人の札には効果がないらしい。大吉って、そんなスゴイもの?


 あたしはポケットから紙を取り出した。広げて、めんどくさい日本語の部分を読んでみる。


『待ち人 来ずたよりあり』

 待ってる人、いないなあ。

『病気 重し医師に頼め』

 健康です。

『学問 困難なり勉学せよ』

 それなりにやってきました。


 などなど、

「これ、当てはまるとこないよ?」

 しかも、良いこと書かれてなさげだった。お札同様、効き目ないんじゃないの?

 疑わしく見やると、息子神主はさらっと言った。

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