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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
3/18

03

 関わるべきか見守るべきか、ちょっと考えた。いやぁ放置だなあ、こんなのは。

 決断し、撤退し始めていると、


「ゴラーーー!! 真面目にやらんかーーー!!」


 もんのすごい重低音の怒鳴り声が、突然、そこらじゅうに響いた。あたしと神主は同じタイミングでびくついてしまった。


「も″う1時間、延長くらいたいかーー!」

 社務所の方からご立腹でやってきたのは、神主と同じ色の格好をした、頭つるつるのおじさんだった。その後ろにはうちの父がついてくる。


「稲荷さまに心底詫びたかっ! 己の浅はかな所業を悔いたかぁっ!?」

 それまでが静かすぎたせいか、よく通る雷鳴みたいな大声で、脳みそが揺れる。ていうか誰この人ー! 怖いよー! 髪の毛ないけど、眉毛もないって!


 硬直したあたしに目を留めて、つるつるおじさんは顔いっぱいで微笑んだ。

「おっ、西谷さんのお嬢さんですね? 騒々しくて申し訳ない。私はここの宮司、あれは息子です」

 あーびっくりした、そうなんですか。

 えっと、ぐ……?


「神社代表の神主を、ぐうじ、っていうんだよ」

 にこにこのまま、大変優しい声でおじさんは説明してくれた。


「神主っつうか、坊主だけどなー、どう見たって」

 一連を眺めていた息子神主が、ぶすったれた声で、正座したまま呟いた。

 すみません、あたしもそう思いました。


 すると宮司のおじさんは、うち震えつつもそっぽを向く息子から、あっさりマフラーを取り上げた。

「っっさっみ!」

「あと2時間だな! 風邪のひとつもひいてこい、馬鹿息子! さ! 西谷さん、お嬢さん! お茶でもお出ししましょう!」


 勢いよく振り返った額には、血管浮いてたりしてそうだった。

 あれだ……、怒った仏像……仁王? 宮司さん、あれに似てる。神主なのに。


 清々しく戻っていった宮司さんだけれど、西谷父娘は何となく、人道的に立ち去りにくかった。


「どうぞ、お気になさらず」

 息子も清々しい。さっきより震えてますけど。こんな罰(修行じゃないって、さすがに分かる)受けるほど、この人、何しでかしたんだろ?


「あの、今日越してきた、西谷です。今後ともよろしくお願いします」

 ともかく、父が声をかけた。この台詞、もう何回聞いたかな。今後ってどれくらい先までなんだろう。

 決まりきった初対面の言葉が空っぽで、重みも気持ちもないってことを、あたしはすでに知っていた。

 ……とか言ってみて、だから何がどうってことはないけど。


 転勤ばっかの生活は慌ただしいけれど、おかげで身についたものもある。

 ひとつは、ちっとも人見知りしないこと。


「初めましてー、西谷寿子〈にしや ひさこ〉です」

 父みたく人当たりのよい顔を作って、神主に笑いかけた。


「ども、伊沢志信〈いざわ しのぶ〉です」

 息子神主は座ったまま、頭を下げた。マフラーを失い、剥き出しの首元はいかにも寒そうで、哀れっぽかった。

 職業柄か、軽い会釈でも太ももあたりにきちんと置いた両手が、潔く、美しい。

 改めて真正面から見ると、なかなかかっこいいし。


「ほんと、俺におかまいなく。つーか、ハゲの話し相手、してやってください。暇してるんで」

 参拝客、あたしらだけですもんね。


 心配無用ってふうに息子が目を閉じてしまったので、父娘は母屋へ招かれることにした。

 転勤生活で得たもの・その2。ひとさまごとに、深く入り込まない。



 伊沢夫妻のもてなしを受け(奥さんは日本美人って感じだった。息子はお母さんに似たらしい。よかったね。)、新居へ帰りついたのは、すっかり夜だった。


 箱だらけの自分部屋で、はっと気がついた。コートに入れっぱなしの、おみくじ。お金払うのも枝に結ぶのも、忘れてた。ま、今度でいいか。


 神社で貼りつけていた笑顔がまだ頬に強張っていて、壁際の姿見に映ったのは自分のようで自分じゃないような人間だった。

 疲れた目元と、奇妙に緩んだ口元。ちぐはぐした違和感を、輪郭ごと“ぼんやり”が包んでいる。


 もしかして、あたしはもう、この町の住民になりつつある!?

 得たもの・その3。周囲に溶け込むのが早い。早すぎる気がする。




 新天地2日目は、寝覚めがよくなかった。前の学校の子たちの夢だった。切り替えだ、切り替え。自分に言い聞かせた。

 おかーさんを見習おう。彼女は今朝のゴミ出しでさっそく知り合いができたらしかった。


「昨日、寿子たちが行ってきた神社ね、来月あそこで結婚式あるんですって」

「へえ~、ホテルとかの神社じゃなくて?」

「神前式のあと、花婿さんのお宅で披露宴だって。そういう、昔ながらのお式もいいわねえ」


 父が新聞からふっと顔を上げた。

「そうだ、寿子。あの息子さんに、コレ持っていきなさい」

 渡されたのは、小瓶入りの風邪薬だった。


「うちので一番効くやつなんだ」

「はーい」

 父は、製薬会社の営業マン。しっかり宣伝してこいってわけだ。

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