03
彼女たちは、型の練習をしていた。筒袖の白い着物に黒い袴を穿き、竹刀よりすら~っと長いなぎなたを振るう姿が、最高に凛々しく思えたのでした。
中学で剣道部だった未央まで心奪われ、二人で即入部。そしてあたしは、なにごとも、うわっつらだけ見ちゃイカンと知らされた。
強く、気高く、美しく見えた反面、そもそも棒持って闘うわけですから、痛いし。
実戦では、ほとんど剣道と同じ防具まとうから、重くて苦しいし。
外したら、全身どうしたって、汗臭醸すし。
「好きなだけじゃ、試合もなかなか勝てないしね……」
このスポーツ校みたく強豪じゃなくても負けばっかりです、我がなぎなた部。弱小で。
「早く着替えないと、クッサくなるよ?」
身支度を整えて、未央が言う。剣道で鍛えた彼女は部の副将で、今日は精鋭相手に健闘していたけど、あたしはひとつも勝てなかったや。
蒸した頭から手拭いを外したら、右肩に鈍い痛みが走った。向こうの、控えの2年生に手加減なく打たれたところだ。慣れたけど、痛いものは痛い。
「せめて一回戦くらい、勝ちたいなあ」
2年間苦楽をともにした、マイなぎなた。いい具合になじんできたのに、もうすぐ引退か。
「武道ってハマるよねえ」
一見、天然ぽい未央が実は行動派なのって、剣道が理由なのかも。
更衣室を出ると、女の子が一人、あたしたちを待ち受けていた。
「あのぉ、ふたりって、咲待町の人ですよね?」
明るい茶髪のその子は、おずおずと言った。
「稲荷神社はおみくじ当たるって聞いたんですけど、どんなお願いも大吉出たら叶うって、ほんとですか?」
あたしは未央と顔を見合わせて、それから彼女に答えた。
「どんな願いも、ってのはどうか分かんないけど、あたしは叶いましたよ」
「そうなんですか! ありがとうございます!」
途端に彼女はにっこりし、軽やかに駆けていった。後ろ姿にぽかんとしていると、未央は素早くケータイをとり出した。
「志信くんに連絡しないと!」
「なにを?」
「あの子、今日にも神社行くよ。大吉入れといてって言わなきゃ」
そっか、そりゃそうだ。アレが、昔美晴ちゃんが言ってた“観光客”だ。
『ヤだよ』
説明されると、志信はばっさり拒否した。
「どうして! お客さんだよ。おみくじひとつの売り上げでも、女子高生の口コミ侮れないよ!」
学校の向かいのコンビニ前で、未央は反論した。ケータイの反対側に耳をつけるあたしも、未央に賛成だ。
『どうしてもなにもねぇよ。気分。今、大吉入れる気分じゃねえの』
気分! きぶん!? あいつ、馬鹿なんじゃないの?
「意味分からないよ!」
未央が嘆くと、志信はさらに、
『どーせ、大した願かけじゃねえだろ。ナントカくんの彼女になれますよーに、とか? そんなのはな、自力でがんばりなさいよ』
テキトーに決めつけた。
二人揃って、顎外れそうになる。野郎、馬鹿なうえに女子の心をないがしろか!
「おじさんに言いつけるよ!」
『くじの管理は、じいさん直々に俺・全権だから、ハゲに言ってもムダ』
未央は力任せにケータイを切った。
「脳天どまんなかに“面”くらわせたい!」
「やったれ!」
コンビニから出てきた生徒がぎょっとして、あたしたちを、遠巻きに避けていった。
地団駄踏んで憤っていると、さっきの女の子が自転車で通りかかった。あたしたちを見つけて、小さく会釈してくれる。
「わあ! ちょっと待って! 今日は待って!」
「今、くじに大吉入ってないらしくって! そんなのフェアじゃないじゃん、だから今日はやめといた方がいいよ!」
彼女は止まって、ちょっとぽかんとしたあと、動揺することなく言った。
「……正反対にお願いすれば、叶う確率高いってことじゃないですか?」
「え? ……あ、ああ、そうかも」
「問題ないです。じゃあ、わたし行きますね」
青色の自転車は、颯爽と走っていった。
志信のモチベーションはいつものこととして、茶髪ちゃんのくじの行方は気になった。一旦学校へ戻ったあたしたちは厳かな場面に立ち会えなかったけど、帰りに神社へ寄ることにした。
閑散とした境内で、宮司さんが椿の手入れをしていた。
「こんにちはー。おじさん、女の子おみくじ引きに来たでしょう? どうでした?」
尋ねると、宮司さんはきょとんとした。
「ええ? そんな人来なかったよ?」
あれ? あの子、思い留まったのかな?
「志信くんは?」
「昼から向こうに行ったよ」
稲荷神社が維持できる、もうひとつの理由。息子がサラリーマン神主であること。
平日、志信は隣町にある大きな神社に勤めている。
あちら、“諏訪神社”は敷地もずいぶん広くて、建物も植木も全体的にしゃんとしている。
白髪をびしっと整えた宮司さんは何年も市の議員を兼ねていて、まさに土地の名士といったところ。奥さんが事務をしてて、短大生の娘さんがたまに手伝ってる。
諏訪神社……。あととりたる息子はおらず、日々、宮司さんを補佐する志信(22歳・独身)。家族ぐるみで昔から知り合い……。
……ひと寿、できあがっちまいそうでは?
毎日、胃が痛む思いです、あたし。