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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
15/18

15


「志信っ!」

 きーんと直線的な怒声に振り返ると、雪だるまみたいな純白さのままで、ギャルが猛然と走り込んでくるところだった。とんでもない光景だ。


「待てって、美晴! お前、旦那の家に行かなきゃだめだろー! コラ、まず走んな!」

 雪だるまを追ってくるのはスーツの男の人。全体に造りがごっつい人だった。

「うっせぇな! その前にくじ引かなきゃなんねーんだよ!」


「もう引ーたじゃねぇか。同じ願かけで何回もくじしたって、意味ねんだよ。つか、ひっくり返しても出なかったろ? そーいうことなんだって、分かれ」

 息子はげんなり。

「てめえがあんな祝詞読むからだよ! いーからもっかい引かせな!」


 新婦と神主の掴み合いは、小坂さんが寸前で止めた。

「ねえ美晴ちゃん、そろそろ教えてよー。願い事って何だったの? 場合によっては、仲人(の娘)権力、行使します」

 さすがだ、町内会長(の娘)。


 中学生に怯み、神主の胸倉から手を離して、ギャルは小声で言った。

「……“生まれる子が、修一に似ますように”。あたしに似たら、100パー悪ガキになんじゃん」


 数秒、誰も動かなかった。

「そんで美晴ちゃん、何出したの?」


「大凶」

 数秒、誰もが腹筋に力を込めた。


 ひどく真面目な表情を目指し、完全に失敗した不自然な口元で、息子は結論づけた。

「まあ、諦めろ。俺のくじは当たんだよ、ばくぜんと」





 始まりは、こんなふうだった。思い返してみて、いっそう鮮明に浮かぶ記憶。

 今に続いている。あたしは今も同じ町にいる。おみくじ効果かどうかは、判然としないけど。


 まあでも、その秋に生まれた美晴ちゃん(今ではあたしもこう呼んでいる)の子は、すくすく母親に似てきているし、うちの父は現在、単身赴任中だ。あたしが高1の冬、辞令が出たのだった。

 残りたいと両親に言えたのは、もう子供じゃないって意思表示でもあったけど、留まって大事にしたいものを譲れなかったから。あの夢も、もう見なくなった。


 美晴ちゃんを追っかけてきたいかつい人は、大橋哲夫、という警察官。彼女や息子神主の同級生だ。

 哲夫くんは時々、勤務中に神社へやってくる。仕事の相談や愚痴を、幼なじみ相手に延々吐き出していくらしい。

 哲夫くんが帰る頃には必ず、息子の目がうつろになっている。


「そーやって、みんなの話聞くのも神主の仕事じゃんか」

「あんっなやたら熱血、ハゲ一人でじゅーぶん」

「し……、志信って……、ほんと性根からテキトーだよね」

「お前、まだ神主ナメてんな? 改心したんじゃなかったか」


 えっ、言及するとこ、そこ!? 一世一代の勇気で呼び捨てしてみたのに!

 乙女心、あっさりスルーされた、高2の夏。


 あたしはそこで、しゃらーり聞き流しやがった神主にめげず、じゃあ次は何味の飴、差し入れよう? って企んだ。“このへんの一員”らしく。



 信心あつく、日々にやわらかい人々がいて、深緑に守られた古い神社がある“このへん”とは、「咲待町〈さきまちちょう〉」。



 花開く何かを、心待ちに過ごす。

 それは、願い事に似ている。




若女〈わかおんな〉

;色入リ役の女の全般(観世が主用)


色入リ

;赤い色の入った装束、若い女性であることを示す。小面〈こおもて〉と同義。

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