13
「重要な購買層だし、無下にはできないらしくってね。でも、迷信て言っちゃったらアレだけど、うーん……なかなか、ちょっと、ねえ?」
理解を乞われて、息子も苦笑した。
「さすがに俺がそこ頷いちゃ、マズいすけど。そういや、あそこは祠だったか、あったらしいっすね。管轄外なんで、俺も詳しく知りません。けど地鎮してるはずですし、大丈夫でしょ」
からっとした息子を見て、思う。最後は絶対、テキトー発言だ。父はまんまと安心してしまった。
「ねえ、とーさん……」
思いきってみて、不甲斐なく詰まった。キタノ薬局が困ってるんだよ、なんて、どう切り出せばいいんだろう。
「西谷さん、この町内の薬局とは、商売してないんですか?」
「キタノさん? ああ、あそこさんからは昔、断られたらしいよ。うちみたいな、人も機械も一緒くたに扱う会社は信用ならん、って、先代さんに」
……え?
「差し出がましいんすけど、よかったらもっぺん、どうでしょうか? 代替わりしてっし……ぶっちゃけ、ちょっと苦しーんすよね」
父とあたしは仰天して、情けなさそうにたたずむ息子を凝視した。
「サカキよりゃあずっと利益、少ないでしょうけど……。ほら、昔ながらのとこって、カッコつけて意地張ったりすんじゃないですか。でもたぶん、今の主人は大歓迎だと思います」
これも「耳澄ましてりゃ、聞こえてくんの」?
「キタノって、漢方薬の扱い、多いんすよね。じーさんばーさんらが、病院行かねぇですませよう、とか思ってっからでしょう。そういう客足は、案外、サカキよりあっかも」
仰天から先に解けたのは父で、
「そうですか……。報告してみます」
と、戸惑いながら承諾した。
うららかな境内に残されて、あたしは息子の横顔を観察した。
なんていうか、ただ者を装うキレ者? なの??
「……オイ、もし親父さんとこの仕事増えたら、礼はのど飴でな」
「はい?」
息子はにんまりした。
「俺らの声って、商売道具だし? 風邪薬も、まあまあありがてーけど、予防の方が真心な感じ、すんだろ? 俺ちなみに、スースー系苦手。適度なやつな。ハゲは黒飴とか、大好物」
「もうお礼のはなし!?」
がめつい! しかも、全体的に小っさい!
なぜなんだろう、この人……。見直しかけた瞬間、ぶち壊してくれるのは。
いじくられたケータイには、息子・小坂さん・村井孝介分のメモリが増えていた。そして勝手に、ロック番号が設定されていた。きっと、あたしにメールを消させないように。
……人格の振り幅、ずいぶん極端なんですけど。
この否応ない施しに怒るよりも脱力して、やがて笑えてきた。久しぶりに、体の芯から笑えた。
可笑しくて、ではなく、何かがつき抜けたような、快さ、で。
迎えた27日、それはそれはきれいに晴れ渡った。老若男女、町内の人たちが大勢、神社へつめかけた。
商工会議所のおじさんたちが絶妙な音楽を奏でる中、鳥居をくぐって現れたギャルの白無垢が、きりっとした青空によく映えていた。盛大な光を浴びて、白く輝いていた。
角隠しの下でそっと俯く彼女は別人みたいに淑やかで、可愛らしくて、小坂さんと目を合わせ、含み笑いしてしまう。
高木さんは、誠実な眼鏡顔という、予想外な風貌だった。役所とか事務局とかに、何人かいそう。アームカバーと領収印がすごく似合う感じ。照れてはにかみ、心底嬉しそうだった。
「すっごくお似合いだよね!」
力の限りに拍手する小坂さん。そこはどうなのか今ひとつ同意しかねたけど、神主吊るし上げてまで大吉を求めた気持ちが分かるから、これから似合っていくんだろうな、と思った。
さて、荘重な空気のもと式が始まって、参列者一同、まず驚いた。
場をしきるふうに前へ進み出たのが、宮司さんじゃなくて息子だったから。
普段はそこらの若い人と同じく、ゆる~く整えられてる長くも短くもない髪が、きっちり後ろへ撫でつけられて、尻尾みたいなのがついた帽子(冠)を載せている。
お祓いのときと違う、深い深い紺色の上衣(袍)。
両手でヘラっぽい木(笏)を持っていて、まさに教科書で見たことある、平安の人。
白いハタキみたいなの(大麻〈おおぬさ〉)を慣れた仕草で、しゃらしゃら左右に振る。意外とさまになっていた。
神前式に立ち会うのが初めてで、あたしは全部を珍しく眺めていたのだけど、そんな外側意識を急に引っぱられた。
息子が、細長いハリセンを読み始めたのだ。