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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
11/18

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 凪いだり騒いだり移ろいはしても、たとえ別の土地へ行くことになっても、必ずひとつ、帰る場所があるってことだ。ぴったり収まるかたちが、壊れずに残ってるってことだ。

 うちのような、擦りきれた言葉じゃない。言葉にならない、錆びるほど在り続けた、強靭なかたちを北野さんは持ってるのに。


 大切なものを守る手段は、嫌がらせじゃないだろう。この子はそれを知ってるはずだ。憎悪に怒りが加わって、さっきから噴火寸前なのが証拠だ。


「じゃあ、今すぐ出てってよ。次が来たら、それはまた考えるから」

「キタノ薬局が潰れるまで、こんな不毛なこと続けんの?」

 分かってんでしょ! 無視すんな!


「あんたさあ! うちは被害者なんだよっ! あんたこそ、何も感じないの? 自分の父親が、同じ町内の店潰すの、手伝ってんじゃんか!」

「分かるよ! あたしはーー」

「出てってよ! でもどうせ、あんたも引く気ないんでしょ? なら、サカキの隣にでも引っ越せば? 何もしてません、みたいな顔で“ここ”に、いんな!」


 すでに朝練が始まっていて、あたりは人の行き来がなくなっていた。北野さんの声はがらんとした昇降口に反響して、あたしをもびりびり震わせた。

 覆いのない言葉は強く眩しくて、あたしの奥を表に曝した。あたしの隙間を、さらに抉った。


 長くはいないから、静かに時間だけ数えよう。そう決意したのに、揺らぎそうになった。

 北野さんを培ったもの。ぴったり収まるもの。ぎくしゃく体を滑り込ませてきたあたしには、絶対に分からない温度。


 あたしは、あたしだって、それが欲しいよ。


 黙った相手に反意を見たのか、彼女はさらに苛立った。

「何とか言いなよ!」

 強張るほど力で満ちていた腕が、感情をばねに振り上げられる。痛い! と思った瞬間、生じた音は、あたしの頬からではなかった。


「北野!」

「由美子ちゃん!」

 油圧式の玄関扉が、鈍く閉まった音だった。痛くない代わりに、掲げられた北野さんの腕を、村井孝介が押さえにかかっていた。

「大丈夫!? 叩かれたの?」

小坂さんがあたしを覗き込む。二人とも、何で?


「昨日、志信くんに言われたんだよ。寿子ちゃんが、覚悟決めそうだって」

「かくご?」

 問うと、小坂さんはにやりとした。

「志信くんの予想は当たるんだよ。あたし、きっと決着つけに行くんだと思って」


「西谷、詳しく言ってくれりゃあいいのに。一人で話つけるなんて、無謀だって」

 北野さんを解放しながら、村井孝介が言った。

「あんたたち、この子の味方すんの!?」

「そうだよ。由美子ちゃんのやったことは、全然正しくない」

「サカキに対抗するってんなら、俺らだって協力するけど」


 二人をも睨みつけ、北野さんは顔を歪めた。

「北野さん、だから」

「黙ってよ。余所者に言われたくない。うちを気の毒とか思うんなら、自分で言った通り、さっさと出てって」

 吐き捨てて、北野さんは行ってしまった。



 杭打たれたように、あたしは動けなかった。

「寿子ちゃん、出てくって?」

「……そのうちに、って話。あたし、しょっちゅう転校してるから」

 声が震えてしまいそうなのを、必死にこらえた。


(この二人なら、あの夢に出てこないでくれるかな?)

 ふと、思った。

(あたしの名前、覚えててくれるかな?)

 思うというより、望みたかった。そして思い出した。どこにいたときも、毎回同じく期待したのを。


「ごめん、迷惑かけちゃったね。叩かれてないし、大丈夫だよ」

 ようやく傍らの小坂さんに微笑めた。大丈夫、笑顔の繕い方は上級なんだ。

「寿子ちゃん、志信くんが言ってたんだけど……」

 しぼんだ声で言う、彼女の呼吸がぎこちない。“友達になろう”とか、お願いだからここで改まって言わないでほしい。

 あたしはもう、期待した先で落胆する自分が嫌なんだ。


「ああ、もしかしてケータイのこと? 何でもないよ、そっちも平気」

 無理に会話を打ち切って、あたしは教室へ急いだ。夢の中にいるときみたく、隔てて、隔たれて、苦しかった。





「寿子ー、起きてるのー? そろそろ出るわよー」

 土曜の朝。揃って、本気スーツ。さあ神社へ! と意気込む両親に、「留守番してたい」が通じるわけなかった。


 桜はじきに終わる。軽やかな空の下、道端やら庭先やら空き地やらで、うすれた桃色と淡い黄緑色の可憐な取り合わせが、小さな風を受けていた。

 思えば、越してきてからあたしはけっこう、神社へ足を運んでる。なのに今日初めて、存在に気がついた。


 真っ赤な鳥居の真ん中・上方、灰白い石(額束というんだそう)に、すっきりといかめしい字体で“稲荷神社”と記されていた。そんなわりに、狐の石像、見当たらないけど。


 いつもの白着物・浅葱袴に乾草色の上衣をまとい、黒い帽子を被った宮司さんと、いつものままの息子が待っていた。

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