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こよいこよいこ  作者:
かみさまほとけさま・若女
10/18

10

「このケータイ、メールひとっつもねえな。送ったのも、受けたのも」

 息子は静かな声で言った。

「ソッコー消すの? なんで?」

 わずかに垂れ気味で、涼しげな目がじっと見下ろしてきた。突かれたように息が止まって、咄嗟にてきとうな言い訳もできなかった。


 当たってるからだ。

 あたしはメールを残さない。送ったものも、もらったものも、すぐに消す。だって……。


 凍ったあたしをしばらく眺めて、息子は淡々と言葉を連ねた。

「人ってな、相手によって態度変えんの。されたのと同じこと、すんの。閉められたんなら、閉める」

 夕日に混じるような、まろやかな声音なのに、鋭いもので刺された気分だった。

「あんたは、消すから消されんだよ」


『あの子、にし……何てったっけ?』


 差し出されたケータイをもぎとって、あたしは反撃した。

「別にいーでしょ、消したって! それに、おあいこじゃん、あたしは消されたけど、向こうだって消されたんだよ!」

 これが、うまくやってくこつなんだよ。いちいち情を残してたら、転校なんてできない。新しさが、いつまで経っても消えない。


「まあな。でも何が残ってんの? その、スッカスカのケータイん中」

「うっさい! ほっといてよ! えらっそうに説教すんな!」

 こいつ、何で分かんの? あたしそんなヤバい空気してたかな?


「説教じゃねんだけどな……。ま、いーや。祓いのこと、ハゲに言っとくわ。あとで電話する」

 荒げたあたしを怒りも宥めもせず、息子はすたすたと母屋へ戻っていった。とてもとても、あたしは顔を上げられなかった。



 心から悔しい。あんなのんきなやつに見抜かれた。いいかげんなくせに、人の奥に踏み込んでくるなよ! ひどく頭にきながら帰った。


 通り過ぎる本屋も酒屋も、キタノ薬局もギャル藤井も村井塗装も、ご近所の小坂家もあんたんとこの神社も、きっとそのうち、そりゃあもうものすごくそのうち、「お世話になりましたー」って挨拶しにいくことになるんだよ!

 そしたら「お元気でー」なんて言われて、1週間もすれば空き家は埋まるし、その頃にはあたしの中の隙間だって埋まるんだよ!


 めいっぱい吐き出しながら、でも、悔しいと思う自分が息子より腹立たしかった。


「何が残ってんの? その、スッカスカのケータイん中」


 メールを消すあたし。メールを待つあたし。

 切り替えるあたし。夢を見るあたし。


 がんがん渦巻いて、4月の日暮れは無神経にやわらかくて、強く握りしめるケータイはいつだって誰かと繋がる道具であるはずなのに、それなりに登録されているメモリなのに、今あたしに応えてくれそうな人は、誰もいなかった。




 その日のうちに宮司さんから連絡があって、お祓いは土曜に決まったようだった。

キタノ薬局疑惑は、親に言えなかった。父さんの名刺入れを探したら、例のドラッグストアの人のものを何枚も見つけたからだ。

 確信へ至りそうな推測が、やりきれなかった。


 使い込んだ、父の「今後ともよろしく」。身についた、あたしのつくり笑顔。

“ご町内のみなさま、縁あってこのたび、こちらへ参りました。何も騒がず、害しませんので、つかのま、そっと住まわせてくださいませ。”


 あたしは場所を変えるたびに、当たり障りなく振る舞うことを優先させた。日々が滑らかに進むことを一番に望んだ。嫌がらせなんか、だから簡単に受け流せた。

 手探りの新しい場所で、ようやく通じた、と嬉しかったものが呆気なく壊れることを知っていて、その方がはるかに耐え難かったからだ。


 この町に、あたしはいつまでいられるだろう。次の引っ越しは、そう遠くないはずだ。

 ヒリヒリしていた気持ちに、昨日までと同じく、蓋をする。しょうがない。そもそも、太刀打ちできないんだ。


 なら、せめて。




 翌日、あたしは朝練並みに早く学校へ行った。いろんなユニフォームが忙しなく行き交う中、2組の下駄箱のそばで、顔も知らない北野さんを待つ。しばらくそうしていたら、正面で立ち止まる足が、視界の隅に入った。

 あたしを見て目を見開き、動けなくなった女の子。

「北野由美子さん?」


 丸っこい顔に縁なし眼鏡をかけて、とてもまともそうな感じだ。けど、名前を呼ばれてその子は、とても明確な憎悪を表情にのぼらせた。

「そうだけど、誰?」

「4組の西谷です。いろいろ手間かけさしたみたいだけど、必要ないよって言いたくて」

「何のこと? 意味分かんない」


 そんなあからさまに睨んできといて、意味分かんないはずないだろう。あたしはそのまま続けた。

「うちのとーさん、転勤族なんで。わざわざ手紙くれなくても、そのうち出てくよ」

「へぇ、そうなんだ」

 北野さんの右頬が、痙攣したみたいに少し持ち上がった。


「けど言っとくよ。うちが出てっても、すぐ別の人が来るよ。だって取引先があるんだもん。そのたびに嫌がらせって、疲れない?」

 ていうか、虚しくない?

「……なんのこと?」

「ひとつも自分ちのためになってないよってこと。はりきる方向、別だよ」


 あなたのうちは、ずっとこの町に根ざしてるんでしょう? それがどういう意味持つか、考えたことある?

 幾世代もかけて、北野家が途切れず続いてきたってことでしょう?

 ねえ、それはたった数十年じゃ築けないんだよ。

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