01
『運勢・大吉』
こまかい日本語がそっから下にたらたら続いてたけど、あたしにとって重要なのは、いちばん上の、この一行。
なぜなら、じつは、人生・初の「大吉」だったんだ。
あたしは今年、18になる。だけど、ことは初めから述べたいと思います。
さかのぼること3年。中2の終わりに、あたしんち一家は引っ越した。
晴れなのに空が青くない、3月のあたまだった。
新天地はぱっとしなくて、うら寂れた商店街とか、晒されて古びた駅とか、派手派手しいヤンキーの実家とかがある、良くにも悪くにもコメントしがたい、印象の浅い、平たい町。
転校ってだけでもヘコむのに、たった一度の青春を費やす舞台がこんなじゃあ、これからきっと、少なからずあるはずのきらめきが、早くも曇ってしまうようだ。まあ、父親の転勤じゃ、中学生には太刀打ちできないんだけど。
新居に着くなり、母と運送屋さんがこまごまどたばた、大騒動をくり広げ始めた。
力仕事が片づいて手持ち無沙汰になった父と、もともと邪魔っけなあたしは、所在なくうろうろするばかり。挙げ句、近所の散策へと追いやられたのだった。
人並みに“おとーさん嫌い期”だったけど、不慣れな土地じゃ、別行動にはただならぬ勇気が要る。それに、たまにはかまってあげないと。あたしは一人っ子で、スキンシップを分担できる兄弟、いないし。
15時くらいだったと思う。空は灰色みを帯びてきていた。通りは人も車もまばらで、ほんのりと重みのある静けさが、あたしたちを包んだ。
少し歩いて、あたしはふと思った。
この町は、何だか全部、褪せている。新しい色もくっきりした色合いもそれなりにあるというのに、町全体に白っちゃけた粉をまいたような。
視界に入るどれもこれもが、淡くて、静かで、疲れてる。
ああ、車から眺めてて「印象が浅い」と感じたのは、こういうわけか。「村井塗装」の一文字ずつの看板が、まんべんなく剥がれかけてるのを見て、よーく分かった。
片側一車線の道が朴訥と続いていて、あたしは周りを観察しながら、父の少しあとを歩いた。
細い電柱には昔の番地で、時計店の案内板。根元のコンクリートはひびていて、しゃわっとした草が枯れている。向こうから、頭膨らましすぎたギャルが、ケータイを打ちながら歩いてくる。ギャルが今通過したのは、去年ばか売れした発泡酒と根強く残る地酒のポスターが並んだ、コンビニみたいな酒屋。時流に乗りたいのか古きを守りたいのか、コンセプト迷ってますって感じだ。
……うーん、何だろうな、このもやもや。ここがほんとに生まれ育ったとこなら、とっくに受け入れて許せてる。中途半端に放り込まれちゃったから、すんなりいかない何かが生じて、どんどん固く重たくなる。
「住みやすそうだよなあ」
振り返りながら父が言ったので、
「静かだもんね」
とだけ、あたしは答えた。
駅や商店街がある、繁華な方向とは逆へさらに進むと、異様に緑多い一角が見えてきた。公園かな、と思ったけど、日曜の午後なのに人声がしない。葉っぱが揺れる音しかしない。
「ああ、神社だなあ」
仰いだ父の視線を追うと、深くて濃い枝々の隙間から、きわめて違う色が覗いていた。
それは鳥居だった。他から甚だしく突出する、つやっつやで、ちかちかな朱赤色をしている。……ここって薄味な土地だよね? と、ちょっと困惑してしまうほどだ。
縦の柱は力強く威厳に満ち、堂々と立っている。交差する横の柱は何となく女性的な感じもして、両端で、すう、と天へ向かっていく。上品な和の曲線だ。
……きれい。
こんなに飾り気ないシンプルなかたちで、なのに鮮やかで華やかって不思議だ、とあたしは呆けて見とれた。
大げさな存在感を放つ鳥居は、ぼけた空と繁りまくった緑を、己を立てるよう従えて、見る者の意識を奪っていく、烈々と美しい門だった。
「お参りしていくか」
つかのま見上げてから、あたしたちは自然な成り行きでそこをくぐった。
この門構えだもん、中にはどんなにか立派なお社が? 好奇心が逸ったけれど、本体は正面にはないらしい。静謐の敷地は右折するように続いていた。
あたしは素直に敬虔な気持ちになって、愛らしいかたちの玉砂利をゆっくり、丁寧に踏みしめる。しんとした空気は、ここにふさわしい。ポケットにつっ込んでた手を出して、粛々と進んだ。絵馬がかけられた掲示板(?)の脇に椿の木があって、こっくりした桃色の花をたくさんつけていた。
……あれ?
なんか、目の前の建物は、期待した感じと違う。
鎮座していた、灰色にくすむ木造の拝殿。しょぼいお賽銭箱の上には、錆びつくして元の色が分からない鈴がふたつ、力なく提がっている。ついでに、気の毒で弱々しい綱も。あちこち見渡してみると、拝殿だけじゃなく、社務所も手水場も、うらわびしいたたずまいをしていた。
例外なの、鳥居だけなんだ……。近所に倣ったガッカリな有り様に、あたしは両手をコートへ戻した。うわあ、これからこんなとこで生活するなんて……。都会にこだわってはいないけど、せめて活気ある土地がよかったなあ。
すでに参拝している父に追いついて、あたしも急いで手を合わせた。
一日も早く、また転勤しますように!